53.鬼の首を取ったなら ④
ほとんど走るような勢いで、足早に宮殿の廊下を進む護衛の男は、ライムたちへ手短に現況を報告した。
「街の門に向かい、おびただしい数の鬼が向かってきています。その数、歩兵鬼、羽鬼、馬鬼がそれぞれ50体程、剣鬼と魔鬼が馬鬼に乗ってそれぞれ25体程、おそらく英雄の末裔であらせられるトウタマルオオヒカリノミコトが、この街におられることを確信しているのかと」
ライムは、唐突に述べられたトウタの正式名を聞き、「長い名前」だとトウタが言っていたことを思い出した。ユウヒも、「トウタさんの名前、長っ」と反応する。
「どうして英雄の末裔がここにいるってバレたっすかね?」
ネガの問いに、階段を駆け下りてから護衛が答えた。先程までの丁寧な口調は崩れている。おそらくこちらが、この護衛の男の素なのだろう。
「鬼たちは、人間の住む街や村を襲って回り、執着の方向を探っていたようだ。だから、徐々にこの街へ近づいてきていた。民が、この街におられる英雄の末裔を、平和の象徴を、失いたくないという執着を感じながら。末裔様からは、そのように聞いている。そして・・・」
宮殿を出て、護衛はライムたちに振り返った。
「我々護衛は、末裔様をお守りしないよう命じられている。末裔様への執着を捨てるようにと。居場所さえ、教えては頂けなかった。私は、あなた方をここへお連れするよう命じられただけだ。もう、行かねば」
そう急いで述べると、護衛はあの巨大な門の方角へ一目散に走っていった。
「やっぱり、うちらは人間側として戦うしかないんじゃない?」
ユウヒの言葉に、ネガがゆっくりと頷く。
「この本の完結をどうするか、決めるのはおいらたちっす。英雄は、つまり前の冒険者は、どこかでこの本を完結させたくないと思っていたっす。手記にあったように完結させられない事情もあったとは思うっすけど・・・おいらたちでこの本を完結させるしかないっす。そのためには・・・」
腕組みをして門の方角を見つめていたトラヒコが、呟く。
「英雄も、軽い気持ちで介入して勝手に人間の味方をした、と手記に書いていた。余所者が戦争に首を突っ込むんだ、そもそもが、どちらが正しいなんて偉そうに決める権利なんてない。介入するなら、俺たちの自分勝手な正義感を、この世界に押し付けるしかないんだよ」
ライムは、その通りだと思った。もしかしたら、戦争に介入せず、鬼と対峙することなく、状況を見守るという選択肢もあるかもしれない。しかし、トウタを見捨てたくないという思いが欠片でもあるのなら、自分の意思に従うべきだと感じた。
「じゃあ、みんな、トウタさんを守ろう。人間が執着する平和を守ろう。そのためには、鬼たちがもう人間と戦うことが出来なくなるくらい、完膚なきまでに撲滅しなければいけないかもしれないけど・・・。トラヒコの言うように、部外者がどちらかの味方をすると決めた以上、覚悟しないとね」
ライムの言葉に、トラヒコも、ユウヒも、ネガも頷いた。
がさっと宮殿の庭の植木が揺れ、4人が臨戦態勢を取るが、現れたのはトウタであった。
「すまない、護衛には私の居場所を知られるわけにはいかなかったんだ。鬼たちは、人間が執着を向ける先を追うことが出来るという仮説を立てた。それはおそらく正しい。だから、私は護衛に紛れて鬼と戦う」
トウタは、着物ではなく、護衛たちが着ていた服へと着替えている。
「あなた方は、私にそこまでの執着はないだろう?それとも、私を守ろうとしてくれているのか?どちらにせよ、私はあなた方にも居場所を知られないようにする。どうか、助太刀をして頂けるなら、私ではなく民衆を守って戦ってくれたまえ」
ネガが、「おいらたちの執着が鬼たちに伝わったら、民衆がターゲットになりそうっすけど・・・」と向けると、トウタは首を横に振った。
「大丈夫だ。策は練ってある。そしてその策には、あなた方の協力も必要になってくる。民衆を守りながら鬼たちと戦いつつ、民衆へ『英雄の末裔は、あちらの方角の山へと向かった』と噂を広めてほしい。民衆の執着は、あの山の方角へ向く。鬼たちがそれを感じたら、街を離れてそちらへ向かうだろう。そして・・・」
「山へ向かう鬼たちは、こちらに背を向ける形になる。そこを一斉に砲撃しようってことか」
トラヒコが、街中をゴロゴロと移動する砲車に目をやる。トウタは、「その通り」と頷いた。
「でも、今回の襲撃は凌げるかもしれませんが、王鬼をはじめ鬼の軍勢はまだまだいるのですよね?」
ライムが疑問を述べたところで、門の方角から激しい音が鳴り響き、街中から悲鳴があがった。
「ああ。しかし、鬼たちはこの街ではなく山を目指すようになるだろう。その間に、こちらから攻め込む」
トウタはそう答えると、今しがた通りを走っていった兵士と同じ鉄兜を被った。確かに、トウタがこの格好をしていると知らなければ、護衛や兵士に紛れることが出来そうだ。武器も、腰にはいつも差していたいた刀ではなく、護衛や兵士と同じ剣になっている。
「あの、無事にこの襲撃を乗り切ったら、うちらも一緒に攻め込みますんで!ト、トウタマルオオ・・・」
ユウヒの言葉に振り返るトウタは、鉄兜のせいで表情がよく分からないが、制止するように突き出した右手は力がない。
「どうか、それ以上は・・・。トウタマルだ。オオヒカリは代々の末裔皆が名乗ることになっている。ミコトは敬称らしい。この世界にはない言葉だが、それがかえって、英雄の末裔の証となっている。それが、私は少し、気恥ずかしい。この世界の者には言えんがな。さて、それでは」
トウタは兵士の姿で門へ向かって駆け出した。
「英雄が、そう呼ぶように言い伝えたんすかね」
ネガがトウタを見送りながら呟く。
「なんか、最初は姫を助け出して英雄と崇められて、チヤホヤされてるのが気持ちよさそうだったじゃん、あの手記。だからはじめのうちに偉そうな名前で名乗っててもおかしくない、かも」
ユウヒは手厳しいが、トラヒコが同意するように鼻で笑った。珍しく、意見があったようである。
「じゃあ、僕たちも行こうか」
ライムの言葉を合図に、4人は武器を具現化させた。
門へと向かう大通りを駆けてゆくと、見張り台の上から男が何事か叫び、後方へ波が押し寄せるように民衆や兵士らがその叫びを伝えてゆき、ライムたちにもついに届いた。しかし、その叫びの内容はもう、ライムたちの目にはっきりと事実として映し出されていた。
「門が、破られる!!」
巨大な門がある程度まではじわじわと開き、突然轟音を立てて一気に開き切った。あの日、オロチ山で対峙した赤鬼が、あの時は2体を相手にするのがやっとであった赤鬼が、群れを成して突っ込んでくる。上空には先程まで弓や銃が放たれていたが、それをすり抜けてついに羽鬼も姿を見せた。
「上は任せて!」
ユウヒが、建物の外階段を駆け上がると、杖先から炎を放つ。
「ライム、トラヒコ、少しだけ待って欲しいっす」
ネガが、2人の腕や背中、腹部、太ももや脹脛など、主要な筋肉を触れていき、そのたびにネガの腕輪が光る。
「増強魔法っす。おいらは、この後はユウヒに付きっきりになると思うっす、魔力の増強の方が細かい作業が多いっすから」
ネガが、息を切らせながら、ユウヒに続いて階段を駆け上がる。
「ネガ、ありがとう!」
ライムはそう言うと、トラヒコと並んで歩兵鬼の群れに突っ込んでゆく。身体が軽い。力も漲る。それだけではない、あの日のオロチ山にいた自分よりも、今の自分は数倍強くなっているという自信がある。それは、トラヒコも、ユウヒも、ネガも、そうだろう。
グローブに波動を込めると、ライムは腰をかがめ、正拳を前方へ突き出した。波動は鬼の群れの先頭へぶつかると、数体の鬼の突進を止め、後ろへとよろめいた鬼たちが後方の鬼をさらに足止めする。動きの鈍った鬼たちを、トラヒコが風を纏った刀で斬り抜けてゆく。さらに、ライムも波動を纏った打撃で鬼たちに膝をつかせる。ライムとトラヒコの動きに士気の上がった兵士たちが、剣を抜き歩兵鬼たちへ飛び掛かる。
近くに、ドサッと音を立てて、焦げた羽鬼が落ちる。夜空を緋色に染める炎の玉や、真っすぐに噴き出す炎の線が、羽鬼たちを襲う。さらに、兵士たちが放つ銃も羽鬼たちを撃ち抜いている。門の方ではこれ以上の侵入を防ごうと、街の外へ向かって弓や銃が放たれ、時折砲撃の轟音が鳴り響く。報告にあった馬鬼や、剣鬼、魔鬼が街へ侵入してきていないところを見ると、防衛も上手くいっているのかもしれない。
ネガの増強魔法のおかげか、疲労がほとんどない。ライムは、C級冒険者試験の時のことを思い出したが、その時と比べて、力の増強よりも持久力の増強に重きが置かれているように感じる。ネガの判断なのだろう。拳を振るいながら、ネガに感謝するライム。トラヒコの刀捌きは、ネガの増強魔法だけでなく、訓練の賜物だろう。以前にも増して素早く力強く、無駄がない。そして、トラヒコは刀を鞘に納めると、居合の構えを取った。
「一気に片づけるぞ。居合 疾風」
トラヒコが刀を抜きはらい、風の一文字が歩兵鬼たちを一気に斬り裂いた。さらに、門の中へ身体を捻じ込もうとしていた歩兵鬼たちにも斬撃は及び、鬼たちの死体で門は堰き止められた。上空の羽鬼たちが、空へ放たれる攻撃をかいくぐり、地上へ降り立つ。しかし、1体につき5人程の兵士が飛び掛かり、羽を斬り脚を斬り、最後には首を斬った。ライムも波動を飛ばしたり拳を振るったりし、トラヒコは羽鬼が地上へ降り立つ前に風の斬撃を飛ばして斬り落とした。
「あ、そう言えば。皆さん!英雄の末裔は、あちらの山へ向かいました!」
ライムはトウタに頼まれていたことを思い出し、周囲へ向かって叫ぶ。トラヒコも、山を指さして、「英雄の末裔はあっちだ!」と叫ぶ。
先程、後方へ波が押し寄せるように広まっていったと同様に、「英雄の末裔が山へ向かっている」という情報は街中へ広まっていく。民衆の、英雄の末裔を、平和の象徴を案ずる執着が、山へと向いてゆく。
その時であった。見張り台の上の男が、何事かを叫んでいる。しかし今度は、伝言の波は間に合わなかった。
角を生やした大きな馬が、街の壁を飛び越えて姿を現した。背には剣を携えた鬼が乗っている。それに続いて、何体もの馬鬼と、それに乗った剣鬼、魔鬼が、街へと侵入してしまった。見張り台からの伝言の波が、今になって届く。
「歩兵鬼は街を迂回して山に向かったが、馬鬼たちは助走をつけて街へ飛び込んでくる」
トウタも、これは誤算であっただろう。もしも街中へ侵入出来てしまえば、山への最短ルートはこの街を突っ切ることになる。
「道を開けろ!こいつらは、山へ向かうはずだ!」
トラヒコが叫び、兵士たちは攻撃をやめると馬鬼たちの進路を開けた。剣鬼や魔鬼が馬鬼を駆り、大通りを駆け抜けてゆく。それらが、目の前を通り過ぎる瞬間、ライムはそれらが進む先へ目をやり、気がついた。
逃げ遅れた子どもが、通りの真ん中で転び、泣いている。
ライムは無我夢中で駆け出した。トラヒコも気がつき、先頭の馬鬼の脚へ風の斬撃を飛ばす。民衆も一斉に、子どもを守ろうと駆け出した。
子どもの命を守りたいと、街中の執着が、集中した。
剣鬼が腰の剣を抜き、馬鬼に乗ったまま地面すれすれに剣先を向けると、子どもに襲い掛かる。それを止めようとした兵士たちが、弾き飛ばされ、斬り裂かれる。剣鬼の剣を、トラヒコの刀が、止めた。跳びあがったライムが、剣鬼の頭部へ拳を叩きこむ。兵士たちの銃が、馬鬼へ撃ち込まれ、魔鬼が掲げた杖のようなものから出る光線で応じる。その魔鬼たちを、炎魔法が直撃し、振り返って魔鬼が放った光線と、ユウヒの炎魔法がぶつかり合う。ネガが、斬り裂かれた兵士たちに回復魔法を施してゆく。
しかし、子どもへと向かった執着を感じ取った鬼たちは、子どもの元へ辿り着こうとする。
「こいつら、子どもの命を奪いたいわけじゃなさそうだ。邪魔する奴らの命はどうでもいいみたいだがな」
トラヒコが、馬鬼から降りた剣鬼たちと斬り結びながら、そばで波動の拳を飛ばすライムに向ける。確かに、馬鬼に乗った剣鬼や魔鬼は、子どもを追いかけて兵士や民衆に攻撃を振るうが、子どもへそれが当たることはない。命を奪うのではなく、手に入れたいのかもしれない。しかし、どちらにしても防がなければいけない。
「ちょっと、試してみたいことがあるんだ。あの時のジャンベみたいに・・・僕が、英雄の末裔だ!!」
ライムがそう叫ぶと、一瞬、鬼たちの動きが止み、一斉にライムへと視線が注がれる。しかし、すぐに子どもを運んで逃げる民衆たちの追跡に戻ってしまう。
「ダメだ、みんなの執着はあの子に向いているから、本物の英雄の末裔ならまだしも、僕がそんなこと言ってもみんなの執着の向きは変わらない・・・」
ライムは唇を噛み、腰を落とすと連続で正拳を繰り出した。無数の波動が飛び、鬼たちに命中する。それでも、転がった鬼たちの死骸を飛び越えながら進む鬼たち全てには当たらない。今や、先頭の鬼の剣が、子どもを抱えた民に届いてしまいそうである。その時。
「私が、英雄の末裔だ!!」
鉄兜を脱ぎ捨てたトウタが、大通りの真ん中で叫んでいる。鬼たちは、先程ライムが試した時のように振り返った。ライムの時と違うのは、鬼たちがじっと、トウタを凝視していることである。民衆たちのざわめきが広まる。人々の執着が、トウタへと向いてゆく。
一斉に、鬼たちが踵を返し、トウタへと迫る。トウタは剣を抜くと、迎え撃った。ライム、トラヒコ、ユウヒもトウタの元へ集まり、加勢する。ネガは、倒れる兵士たちを回復しながら、「もうすぐ増強魔法が切れるっす!切れた瞬間に強い疲労が全身に広がるかもっすけど、魔力を調整したっすから動けなくなる程じゃないはずっす!」と叫ぶ。
トウタとトラヒコが剣鬼の攻撃を、ライムとユウヒが魔鬼の攻撃を跳ね返す。しかし、先程までとは鬼たちの勢いが桁違いだ。本物の英雄の末裔を見つけて、鬼たちの士気、というものがあるのかは不明だが、とにかくトウタへと向かおうとする意志は強い。
「くっ!」
トウタの呻き声に振り返ると、トウタの振るっていた剣が折れ、対峙していた剣鬼がトウタの身体を鷲掴みにしているところであった。
「させるか!」
トラヒコがすかさず斬りかかるが、魔鬼の光線に阻まれる。トウタが、4人へ向かって叫ぶ。
「私はこのまま、鬼たちの巣窟へ行く!計画通りとはいかなかったが、いずれ攻め入るつもりであった場所だ!新たな英雄たちよ、どうか共に!!」
トウタを掴んだ剣鬼は馬鬼に跨ると、街の外へ向かって疾走した。他の鬼たちもそれに続く。
「後を追わなきゃ!」
ユウヒが声をあげて走り出そうとし、それをライムとネガが止めた。
「姫も、子どもも、すぐに殺されはしなかったっす。英雄の末裔だって、きっと・・・」
ネガの言葉に、ライムも続ける。
「考えてたんだ。トウタさんを殺してしまえば、人間たちが執着している平和とは違うものになってしまう。人間が執着しないものは、鬼たちだって欲しくないだろうからね」
「でも、鬼たちの考えることなんて、全部が全部分かってるわけじゃないんだから・・・」
ユウヒはそう言いながらも、なんとか納得しようとしているようだ。
「いずれにせよ、このまま鬼の巣窟へ攻め入っても、お前らはまともに戦える体力も魔力も残っていないだろう。俺だけで鬼を撲滅するのは、流石に厳しいだろうからな」
トラヒコの言葉に、ユウヒがぼそっと、「あんただって、随分疲れてるじゃない」と零す。
「夜が明けるまで、回復に努めよう。鬼が向かう方向を・・・」
ライムが言いかけると、トウタの護衛の男が馬に跨って駆け寄ってくる。
「我々にお任せあれ」
護衛の男は、やはり馬に乗った数人の兵士たちを引き連れ、鬼たちの後を追って駆け出した。
今に至るまで気がつかなかったが、街の至るところで火の手が上がっている。街の消防団が鐘を鳴らして駆け付けているようだ。
突然、どっと疲れがこみ上げてくる。ネガの言う通り、増強魔法が切れたのだろう。ふらふらと瓦礫にもたれかかるライムであるが、倒れこむ程ではない。トラヒコに至っては、顔色も変えていない。その横で、ユウヒは地面に座り込んでいる。ネガも、この世界の医療技術で間に合う怪我人は医者に任せ、そうでない者へのみ回復魔法を使っているが、片手で額を押さえている。
夜はまだ、明けない。




