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52.鬼の首を取ったなら ③

 部屋の肖像画、トラヒコの言っていた1番端の絵に描かれた人物が着る着物には、確かにブジンカ国の紋章があった。トウタの差し出した木箱と肖像画を交互に見ているユウヒに気がついたか、トウタが言い添える。

「英雄は、あの方だ。あの方が、この国の姫・・・今となっては王政もなくなり、英雄の末裔が国を治めることになっているが、鬼たちにさらわれた当時の姫君を助け出された。ざっと、240年程前のことになる」

トウタの言葉に、ネガが「じゃあ、外では20年くらいっすね」とライムに囁く。

 ライムが、トラヒコ、ユウヒ、ネガへ確認をするように頷き、木箱の蓋を開ける。中には、古びた紙が重なって三つ折りになっていた。ライムが顔を上げると、トウタが「読んでくれ」と頷く。ライムも頷き返し、紙の束を取り出すと、そっと広げた。


 「この手記を読み、意味を理解できる者は、私と同じ冒険者なのであろう。私はここで、もう間もなく死ぬ。そう選んだのだ。完結は、いずれやってくる冒険者たちに任せる。何故、私がここで人生を終わらせるのか。もう私には、当時の私と同じ歳になる孫もいる。このまま生き続ければ、おそらく孫たちが子どもを産み、ひょっとしたらその先も・・・。どうやら、私は外の世界の時間に合わせて歳を取っていくようだ。妻が寿命を迎え、そもそも私がこの世界に残った意味も失われた。私も妻の後を追うつもりだ。だが、その前に。この手記を読む者が抱いているであろう疑問へ、答えておかなければならない」

 「私はある任務を遂行するために、ニマール国へやってきた。任務は、大きく分けて2つ。外の世界が今どうなっているのか、何度か外に出て確かめたことがある。既に1つめの任務は完了しているようだ。2つめの任務は、知ったところでこのランクの冒険譚へ挑む程度の冒険者が手出しできるようなものでもない。念のため、手記の中で不都合な箇所の処分についてはヒイラギ隊長へ一任することにした。では、まず1つめの任務、『プロローグ以前の当該記録抹消について定期確認』である。我々は長年に渡り、各国でプロローグが現れる以前の世界について『該当箇所』を抹消してきた。それでも、漏れがある可能性は排除できないため、定期的な確認をしているのである。その確認の旅の中で、もう1つの任務である、『メイン・ストーリーの探索』を行っていた。その合間に拾った本を鑑定し、めぼしい物資を取り出すことが出来そうな本には、入って調達することもしていた。この本も、そんな中の1つに過ぎなかったのだ」

 「この本のあらすじは、今や私の介入により、当時と違ったものになっているのだろう。私が入った当時のあらすじは、『この世界では人間と鬼が遥か昔から争いを続けている。鬼は人間の執着する財宝を狙い、人間は強さの象徴として鬼の角をもぎ取った。ある時、人間の国に若き姫が生まれる。人間たちは姫が奪われないようにと必死になり、その執着を感じ取った鬼たちは姫を奪おうと押し掛けるのであった』、このようなものだった。私は、ただ財宝を回収し、鬼の角を持ち帰ったら外で何か役立つかもしれない、くらいの気持ちでこの世界に入った。当時、姫は18歳、年頃の女性だった。人間たちは18年間、鬼たちが姫を奪おうとする攻撃になんとか抵抗していたが、鬼の側は人間の抵抗に合わせて進化を遂げる生き物のようで、人間たちに多くの被害が出ていた。私は情報を集めてさっさと鬼の元へ向かおうとしたのだが、想定外の事態が起きた。書き残しておくことは気恥ずかしいが、もう今更だろう。私は、姫に一目惚れしてしまったのだ。登場人物を好きになるなんて考えたこともなかった。周囲には、あの本の誰々に恋をしただの、憧れただの、情けないことを言う者もいたが、まさか自分がその立場になるなんて。結局は、その姫への恋心から、こうして本の中で死ぬことになるのだから、最も情けないのは私自身であるが・・・」

 「そんな姫が、ついに鬼たちにさらわれた。私は、物資の調達ついでにこの本を完結させてしまおうかと考えた。この冒険譚はCランク程度、ならば私1人でも完結させられないこともないと。姫を助け出し、人間たちの元へ返したら完結となるだろうから、少しの間だけ姫と良いことが出来ればいい、くらいの甘い考えであった。鬼たちを倒すところまでは、順調にいった。姫が私に抱き着き、感謝し、好意を伝えてくるところまでも、順調にいった。国へ戻る途中、都合よく雨が降ってきたので、洞窟に入り休憩を取り、そこで愛し合うところまでも順調だった。しかし、随分と遠回りをして姫と共に国へ帰っても、私が英雄として崇められることはあっても、この本は完結にならなかった。私にとっては、姫との仲も深まっていたところだったので、むしろ好都合であったのだが、そのせいで姫と離れ難くなっていたことも事実であった。姫の妊娠がわかった頃、外の世界からヒイラギ隊の1人が私の様子を見にやって来た。それはそうだろう、物資の調達に旅立っただけなのに、1週間ほど帰ってこないのだから。私はその者に事情を話した。呆れた顔でその者が帰っていき、しばらくして今度はヒイラギ隊長が直々にいらっしゃった。その頃には、姫・・・妻のお腹も膨らみ始めていて、私もこの世界への未練が日に日に大きくなっていくことが分かっていた。私はヒイラギ隊長へ懇願した。せめて、お腹の子どもが生まれるまで待って欲しいと。ヒイラギ隊長は慈悲深い方だ、私の我儘を聞き入れてくださった」

 「子どもが生まれ、私は外の世界へ戻る決意を固めた。妻に別れを告げようとしたその日、ヒイラギ隊長が再びいらっしゃった。『梟からの命令』を持って。『梟』は、私が登場人物との間に子どもをもうけたと知り、良い実験ができると考えたらしい。私はこの世界に留まることとなった。確かに、この実験はいくつか重大な発見をもたらした。冒険者と登場人物との間に生まれた子どもに限り、外の世界で生存できること。子どもが生まれてから、この本には2人しか入ることが出来なくなった。子どもの命がカウントされているのである。恐る恐る、子どもを抱いて外の世界に出てみたが、子どもは消滅しなかった。しかし、孫の代になると外に出られないようだ。孫が生まれてからも、外から2人入ることが出来た。梟は大変満足しているらしい。一方で、私はあれほど未練があったこの世界から、逃げ出したくなっていた。鬼たちが全滅していないことは分かっていたが、鬼たちがいずれ欲しがるのは、今の人間たちが執着している、平和であろう。そのために、鬼は力を蓄えている。そして、鬼たちにとって最大の障害となり得るのは、私や英雄の末裔の存在だろう。鬼たちは真っ先に、私や私の子孫を潰しにやってくる。鬼たちは進化を続けている。私はまだ戦えるかもしれないが、人間たちや私の子孫はどうだろうか。そんななか、妻が死んだ。大病に罹っていたわけでもない。単に寿命がきたのだ。子どもも成長した。孫たちも・・・私はいつまでこの世界を守らなければいけない?」

 「軽い気持ちでこの世界に入って、軽い気持ちで争いに介入した。戦争はどちらから仕掛けたものか、鬼が財宝を奪ったのが先か、人間が鬼の角を奪ったのが先か、そんなことは分からない。どちらが悪いわけでもないかもしれないのに、私は勝手に人間の味方をした。妻を守るためだ。私なりの理由はあったが、鬼たちの側の理由など知らないまま壊滅させた。鬼の残党たちが長い時間をかけて準備しているのは、平和を奪うためだと自分に言い聞かせてはいないか。もしかしたら、私への復讐かもしれないではないか。私は弱い、英雄などではない、そんな重い覚悟を背負っていられない。梟の実験もいつまで続くのか分からない。妻はもういない。もう、疲れてしまった。眠るように命を絶つことが出来る毒が、この世界にはある。それを使うことにした」

 「ヒイラギ隊長に聞いたところ、私が死ねば、『梟の力』であらすじは抹消され、この本はニマール国のどこかに捨て置かれるということだ。つまり、新たにこの本は鑑定され、いずれ冒険者がやってくるだろう。何年後かは分からない。既に進化を続けた鬼たちが、人間を襲い始めているかもしれない。英雄の末裔も狙われているかもしれない。どうか、この手記を読む冒険者諸君、英雄の、私の末裔を守ってくれ。今にも逃げ出そうとしている私には出来なかった。どうか・・・」


 7枚にわたる手記を、息を詰めるようにして読んでいたライムたちは、全てに目を通すと解放されたように脱力した。

「この手記を、トウタさんはご覧になったこと、ありますか?」

ライムの問いに、トウタが頷く。

「しかし、大半が理解不能であった。代々英雄の末裔に受け継がれてきたものだが、おそらく私の親を含め先祖も理解できなかったことだろう。分かるのは、英雄が外の世界からやってきて、姫君を助け出し、その間に我々英雄の子孫が生まれ、そして英雄が自害した。英雄の手記はこれで全てだ。もしかしたら、処分された箇所があるのかもしれないが、一応は文章として途切れていたりはしていない」

ネガが、放心したようにソファにもたれかかる。

「情報量が、えげつないっす・・・」

ユウヒもネガと全く同じ姿勢になる。

「あり得ないと思ってたことが、全部あり得たとか・・・あり得ない・・・」

トラヒコが手記から顔をあげ、トウタに述べる。

「俺たちが把握していることも伝えよう。まず、鬼たちは、少なくとも知性のない鬼は、あんたが英雄の末裔だとは知らないようだ。以前、外の世界で俺たちは鬼と対峙した。赤くて、二本足で、武器の類もなく肉弾戦のみだった。そいつに対して、あんたとは似ても似つかない奴が、『ボクが英雄だ』と宣言したんだが、本能的に追いかけて行った」

トウタは興味深くそれを聞き、返す。

「それはきっと、歩兵鬼だろう。歩兵鬼、羽鬼、馬鬼の知性は大差ない。剣鬼、魔鬼あたりは不明だが、『英雄ノ末裔ハ、ドコダ?』と繰り返すだけだったという。私の居場所も分からなければ、姿もおそらくは・・・」

「では、その上がどうかってところだな。とはいえ、鬼たちは大群をなして手当たり次第に街や村を襲っている。そして、あんたがやられれば少なからず人間側は動揺する。鬼たちは人間の執着に敏感だってことだから、執着の対象が失われたことは分かるはずだ。数打てば当たる、の戦法なんだろう。そして、鬼たちの行動原理が、『奪う』なのか、『手に入れる』なのか、微妙な差だが結果は大きい。『奪う』なら、英雄の末裔を倒すことで人間の平和の象徴を奪うことが出来るだろう。『手に入れる』ためには、鬼にとっての平和が訪れなければいけない。抽象的なものを鬼が求めているのは初めてなんだろう?だとすると、結果はわからないが、鬼にとっての平和が人間にとって必ずしも良いとは限らない」

トラヒコの言葉に、ライムはふと浮かんだ疑問をぶつける。

「でも、鬼は人間の執着するものを求めるわけだから、鬼にとっての平和が人間の手放したいものだとしたら、鬼は欲しくないんじゃないかな・・・ややこしいけどね」

トラヒコは黙って、考え込むように顎をさする。ネガは天井を見上げてぶつぶつと何か考えをまとめているようだったが、ユウヒは既に考えることを放棄したようだ。


 昨夜と同様、部屋に戻ると、4人は頭を突き合わせて話し合った。

「あの手記、めちゃくちゃ重要なものっすよ。なんとかして外に持ち帰りたいっすね」

ネガの言葉に、ユウヒも「そうそう」と同意する。

「なんか意味わかんないこともあったよ、プロローグとか、メイン・ストーリーとか」

「ああ。プロローグについては、実際に言及されたものを見るのは初めてだ」

そう言うトラヒコを、不思議そうに見つめるユウヒとネガ。トラヒコはライムに意味深な視線を送るが、ライムは思案に暮れていてそれに気がつかなかった。

「ところで、冒険者と登場人物の間に子どもが生まれて、しかも子どもの代までなら外に出られるって、大発見っすよね?なんで実験者は結果を公表していないのか、分からないっす。それに、あらすじを消せる、とか・・・聞いたこともないっすよ」

ネガが、「やっぱりあの手記は持ち帰った方がいいっす」と頷くのと同時に、部屋のドアが勢いよくノックされた。昨夜のメイドのノックではなさそうだ。

「大変です!!」

こちらが応答する前に、ドアが破られそうな勢いで開かれた。トウタの護衛についていた男である。


 「鬼の襲撃です、おびただしい数の鬼が、街に向かってやってきています!!」

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