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50.鬼の首を取ったなら ①

 「かつて、英雄が故郷を守るため、そして奪われた財宝やさらわれた姫を取り戻すため、鬼たちの国を滅ぼした。世界は平和を取り戻したのだが、鬼の子どもたちは英雄に対し復讐の炎を燃やしていた。ある日、鬼たちは決起し、人間たちの国へ攻撃をしかけるのだった」

閉ざされた巨大な門の前で、ライムたちはジャンベがこの冒険譚を鑑定した際のあらすじを振り返る。

「じゃあ、俺たちは人間側について、鬼と戦えってことか?」

トラヒコの口調には、そう単純ではないだろう、と続きそうな含みがある。

「あらすじだけじゃ、簡単に判断できないよね。どうしても僕たちはオロチ山でのことがあるから、鬼を悪者だと思ってしまうけれど。ちゃんと自分たちで確かめよう」

ライムが返す。これまでの冒険から、あらすじに惑わされず、自分たちが冒険したうえで判断することの大切さを学んできた。

「まずは、言葉が通じそうな人間側の事情を把握した方がいいっすかね」

ネガが巨大な門を見上げる。

「ここ、人間の国・・・なのよね?開いたら鬼がうじゃうじゃ出てきたりとか・・・ないよね?」

ユウヒもネガと一緒に門を見上げる。その時。

 「お前たち、何者だ!どこから来た!」

門の上から、見張りらしい男たちが顔を出し、ライムたちへ威嚇するように声を荒らげた。そのうちの1人が弓を構え、ネガとユウヒが「ひいっ」と後ずさりする。

「僕たち、敵ではありません!お話しだけでも出来ませんか?」

ライムが呼びかけるが、見張りたちの警戒は解けず、さらにもう1人が弓を構えた。トラヒコは落ち着き払った顔で見張りたちを見上げる。その様子に憤ったのか、ついに見張りの1人が矢を放った。

 トラヒコが瞬時に刀を具現化し、矢を迎え斬る。それを合図に、見張りたちが立ち上がり一斉に弓を構えて、矢を放つ。身を隠していた見張りを合わせると10人弱、放たれた矢が降り注ぐが地に刺さる前に空中で燃え尽きてしまった。ユウヒの炎魔法である。

「なによ、いきなり!うちら、鬼のこととか聞ききたいだけなのに!」

ユウヒの言葉、というよりも炎に、見張りたちがどよめく。次第に、どよめきが大きくなるが、これは門の向こう側での出来事に対してのようであった。

「門を開け!!」

見張りの1人が叫ぶ。ガラガラと音を立てて開いた門から、大量の護衛に囲まれて、1人の男が現れた。桃色の羽織に純白の着物。腰には一振りの刀。冷静で隙のない表情の男は、4人の前まで来ると、護衛を後ろに下がらせた。

「いきなりの無礼を許してくれ。鬼たちの攻撃に備えて、国全体の気が立っているのだ」

堂々とした態度ではあるが、歳の頃はライムたちより少しだけ上といったところだろうか。そして、かなりの美男子である。

「本来ならば客人は歓迎したいのだが、この状況だ。よければ、どこからお越しになったか教えてくれないか」

ネガとユウヒが顔を見合わせる。トラヒコは、ライムに任せたというように天を仰ぐ。そして。

「僕たちは、ここではない、別の世界から来ました」

ライムが、意を決したように一歩前へ出て、男にだけ聞こえるように答えた。男は驚いたように一瞬目を見開いてライムを見つめたが、やがて口元が綻び、「はっはっは」と笑った。

「面白い。それならば、この世界の情勢も知らぬだろう。おい、この御方々は客人だ。それも、信用のおける、な。丁重にもてなすように」

男が振り返り、護衛の者たちに伝えると、護衛は一斉に「はっ」と姿勢を正し、ライムたちへ道を開けた。男に続いて、ライムたちは巨大な門をくぐる。両脇を護衛が挟むようにして歩く。

「私の名はトウタ・・・まあ、長い名前だからな、その先は覚えなくてよい。トウタと呼んでくれ」

近くにいた護衛が振り返るが、「よい」とトウタが一声掛けると、その護衛は一礼して歩みを進めた。


 「ねえ、よかったのかな、外の世界から来たこと言って」

ユウヒがライムに囁く。それを聞いたトラヒコが、鼻で笑う。

「あれだけ話し合ったじゃないか。それに、あの男、トウタは受け入れている。今更ぐちぐち言うな」

「だって・・・」

ユウヒがいつものように嚙みつこうとするが、勢いがない。

「おいらたち、もう同じ過ちは繰り返したくないっすもんね」

ネガの言葉に、ユウヒも頷く。

「うん。これで、冒険譚の中のことは、冒険譚の中で終わらせる覚悟が出来る」

ライムたちは事前に、もしも冒険譚の中でどこから来たのかを尋ねられた時には、正直に外の世界から来たことを申告しようと決めていた。もちろん、無暗にそう返すのではなく、そう返すことで不利益にならない場合のみという条件も付け加えてはある。肝心なのは、中と外との線引きをはっきりとして、中の出来事や関係性を外に持ち出さないということ。マスターの教えを守ろうという決意である。

 しかし、その話し合いの後に何冊もの冒険譚を完結させたが、登場人物からライムたちの素性を尋ねられることはなかった。トウタが、初めてである。

「それにしても、お前、ナガレさんの時みたいに騒がないんだな。きゃあ、イケメン!とか言って」

トラヒコがからかうと、ユウヒは頬を膨らませて言い返す。

「あのねえ、うちの好みはワイルドで色気のある年上の人なの。まあ、あの人も綺麗な顔してるけどさ、好みじゃないの」

トラヒコとユウヒのいつものいがみ合いを尻目に、ライムがトウタに尋ねた。

「トウタさん、この世界の状況を、簡単に教えていただけませんか?」

ゴロゴロと音を立てて、大砲をのせた砲車が道をゆく。それとすれ違いながら、トウタが返す。

「ライム、と言ったか。本当に、何の情報も知らない者として、教えよう。まずこの世界では、人間と鬼が途方もない年月をかけて戦争をしている。鬼は強く、大抵の人間では歯が立たない。しかし、歴史上で1つの転換期があった。英雄の出現だ。さあ、続きはこの中で話そう」

ネガが、「うわあ、大きいっすねえ」と声をあげる。広い庭園には、左右で同じ景色が広がっている。その奥にある宮殿も、中央で線を引くと、まるで鏡のように同じ作りだ。

「我が宮殿へ、ようこそ」


 宮殿の中は、トウタや護衛の者からはぐれたら迷子になってしまいそうであった。沢山の部屋、入り組んだ廊下。トウタは1つの部屋の前で足を止め、「私と、この者たちだけにしてくれ」と護衛に命じた。護衛たちは顔を見合わせたが、廊下に1人だけが残ると、後は一礼をしてその場を去った。

 部屋の中も広かった。トウタは羽織を脱ぐと、衣桁に掛ける。ところどころ、宮殿の中の様子や、護衛たち、先程通ってきた門の中の人たちの様子と、トウタとに、ちぐはぐな印象がある。着ているものの違いが大きいのだろうか、着物姿なのは、トウタだけであった。しかし、部屋の壁に飾られたいくつもの肖像画に描かれている人々は、皆が着物姿であるようだった。

「さあ、続きを話そう。座ってくれ」

トウタが、大きなソファーを指し示す。4人が座ると、向いにトウタが座る。部屋のドアがノックされ、メイドが飲み物と軽食を運んできて、すぐに立ち去った。

「美味しそう、いいのかな?」

ユウヒがちらちらと、菓子を見ているのに気付いたか、トウタが「ああ、好きに手を付けてくれ」と声を掛ける。

「さて、人間と鬼との連綿と続く戦争の歴史に、転換期が訪れた。当時は、鬼たちによって人間たちの財宝が強奪されていた。それは、おそらく鬼たちが、人間たちの大切にする物を『良い物』として認知していたからだろうが、中には国の誇りや貴重な歴史を司る物もあったらしい。さらに、鬼たちは国の姫君をさらった。鬼たちにとっては、人間たちが財宝よりも大切にする存在は、さぞかし『良い物』として映ったに違いない。そんな時に現れたのが、英雄だ。英雄は無類の強さで、鬼たちを圧倒した。鬼たちの根城へ乗り込み、さらわれた姫や、奪われた財宝を取り返したのだ。世界に平和が訪れた、かに思えた。確かに、そこから数十年は平和が続いた。しかし、英雄の死後、平和は崩された。鬼たちも世代が変わり、今度は人間たちに恨みを持った鬼たちが復讐をしに攻め入ってきたのだ。それが、ここ数年のこと。今、人間たちは鬼たちの攻撃に日々怯えている。いくつかの街が襲撃され、甚大な被害が出ている。住民が全滅した村もあるらしい。我々は今にも、反撃に転じなければならない、そういう状況だ」

菓子に喜んでいたユウヒも、食べかけたクッキーを皿に置いてしまうくらい、話の後半、トウタの声色は悲痛に満ちていた。うなだれるネガ。

「人間と、鬼との戦力差は、どれくらいなんでしょうか」

ライムが真剣な眼差しで問うと、トウタは力なく首を横に振ったが、自らを奮い立たせるように顔を上げた。

「正直なところ、大砲や銃器を使っても、歩兵鬼や羽鬼を迎え撃つので精一杯だ。攻撃が集中すれば、馬鬼も、あるいは・・・」

はっと、4人の表情を見て察したようにトウタが言葉を止める。

「そうだったな。鬼の種類も説明しなければいけない。鬼には8種。歩兵鬼は最も数が多く、鬼の中では最も弱い・・・人間にとっては脅威だがな。羽鬼は、強さ自体は歩兵鬼とさほど変わらないが、飛ぶことが出来る。馬鬼は文字通り四つ足で素早く駆ける鬼で、頭は角の生えた馬そのものだ。そして、ここからは数がぐっと減る。剣鬼と、魔鬼。大きさは、人間よりも少し大きい程度だが、剣鬼は剣を、魔鬼は魔法を使う。なので、先程門の前で、あなた方が刀を抜き、魔法を発っした時には、あるいはと思った。あなた方が言葉を使えて良かった。ここまでの鬼は、人間の言葉を使えないからな。しかし、武将鬼と龍鬼、そして鬼たちの王、王鬼は、人間の言葉を使う、らしい」

トウタは、改まった様子で、姿勢を正す。

「外の世界から来たというあなた方に、こんな申し入れをするのは憚られるが・・・。あなた方は、この状況を打破するために遣わされた、新たな英雄なのかもしれない。どうか、助太刀頂けないか」

頭を下げる、トウタ。

 ライムは、隣に座るネガ、その向こうのユウヒと顔を見合わせた。トラヒコは、ここで真意を示すことはしないだろうとライムは思った。2人と目くばせし、ライムはトウタに向き直る。

「トウタさん、一晩だけ、考えてもよろしいですか?」

トウタは精悍な目で、頷いた。


 トウタが鈴を鳴らすと、護衛が扉を開け、メイドがやってきた。今夜は、宮殿の1室を使わせてもらえるようだ。部屋を出る前に、トラヒコが肖像画の人物たちと、トウタを見比べ、何事か考えている様子に、ライムは気がついていた。

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