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48.休日2 ④ 熱くて明るい炎

 今日は、ギルドの方からではなくて、でんえんの入口から入る。「いらっしゃいませ!」とユウヒに声を掛けてくれたのは、ヨモギ。昼食時を過ぎて、客はまばらになっている。

「もうちょっとでハクビさん、手が空くと思うので」

店の隅の席に座ったユウヒに、ヨモギが冷たいお茶を出してくれる。

「あ、全然、ゆっくりで。うち、本読んで待ってます」

カバンから、竜の筆の図書室で借りた本を取り出すユウヒ。ページをパラパラと捲るが、実際にはもう、目を通してある。そのうえで、思い切ってハクビに教えてもらおうと思ったのだ。

 魔法、について。


 最後の客が出て行って、ヨモギが暖簾を下げてくる。夕方までの小休止だ。ヨモギは軽くハクビと言葉を交わすと、ギルドの方へと出て行った。

 ハクビが、厨房でフライパンや鍋を魔法で引き寄せる。そこまでは見慣れた光景であったが、直後に「えっ」と思わず驚きの声をあげた。空中に、おそらく水でできた「手」が現れて、調理器具を洗いだしたのだ。

「はいよ、お待たせ」

自分の手を拭きながらハクビがやってくる。ユウヒの向いに腰を下ろすと、じっとユウヒの顔をみつめた。

「えっと、時間をとってくださって、ありがとうございます。教えて欲しいことが・・・今のでまた増えちゃったけど、でも魔法のことで知りたいことがあるんです」

ハクビは、「ふうん」とユウヒから視線を外し、ポケットからタバコの箱を取り出す。

「吸っても平気かい?」

「あ、全然大丈夫です。ああ、女の人が吸うタバコの匂い、久しぶりだなあ」

何気なく呟くユウヒの表情にちらっと視線を送ると、ハクビはタバコに火をつけた。そして煙を吐き出し、問う。

「で、教えて欲しいことってのは、なんだい」

ユウヒは、ハクビが吐き出した煙に突っ込むように顔を近づけ、声を落とす。

「あの、ハクビさんが、S級冒険者だってことは、知ってます」

煙が鼻に入ったか咳き込むユウヒに、ハクビは目をぱちぱちとさせ、慌てて煙を手で払った。

「ああ、そのこと。別に隠してるわけでもない。誰も聞いちゃこないからね、言わないだけさ」

目鼻をごしごしとさせ、ユウヒが続ける。

「で、そのうえで、魔法について教えて欲しいんです。まず・・・」

また煙の中に突っ込んできそうな勢いのユウヒを手で制し、ハクビはタバコの火を消した。

「ちょっと待ちな。はあ、落ち着いて吸えたもんじゃない。で、魔法?あんた、属性は火だろう。わたしは氷、正反対じゃないか」

「それなんです。氷、たぶん、水属性の魔法を応用してるんですよね?むしろ、水の魔法を使われてるとこ、さっき初めて見ましたけど・・・。属性の力を応用して、っていうのは本にも書いてありました。でもそれって、めっちゃ難しいって・・・。うち、この前の試験で、ううん、ほんとはもっと前から思ってて勉強してたけど、なかなか属性の応用ができなくって、ただ炎を飛ばしたり、燃え上がらせたりするだけで・・・」

話が止まらなくなるユウヒを、「ちょっと待った」と静止するハクビ。

「あんた、やっぱり火だ、炎だよ。熱すぎる。もともとね、水は応用しやすい属性なんだ。液体から、個体にもなりゃ、気体にもなる。ちゃんと操れるようになりゃ、かなり細かな動きもできる。それに、わたしはいつも水魔法を使っているじゃないか」

そう言うと、ハクビは窓際の花瓶を浮かせる。よく見ると、底に薄く水の膜ができている。

「あ、それ、そうやって浮かせてたんだ・・・」

感嘆するユウヒ。

「魔力を上手く制御できない下手くそがやったら、そこらじゅう水溜まりだらけになるけどね。で、火の応用だって?あんた、試験でも色々と試してたみたいじゃないか」

C級冒険者試験が終わり、ギルドに受験者一行が戻ってきたその日のうちに、話を聞きたがる者たちへジャンベが報告してまわった。ハクビは客たちに、何度も試験の様子を聞かされ、まるで自分が会場で見ていたような気分になっていた。

「直線的な火の攻撃魔法だけじゃなくて、多方向から攻撃が出来る火の玉。罠として起動できる地面からの炎上。それに、大規模な攻撃用の巨大な火の塊。随分工夫したもんだと思ったけどね」

えへへ、と照れるユウヒであったが、慌てて首を横に振る。

「でもでも、なんていうか・・・単純なんですよね、うちの魔法。ああ、さっき顔を見たから余計に思い出しちゃうんですけど、トラヒコからもよく言われてて。炎上・・・『蒲公英』って名前をつけたんですけど、足元から炎上する魔法。それは、結構考えたつもりなんですけど、準備に時間がかかっちゃうし・・・」

「それじゃあ、準備する間は他の奴らを頼るこったね。それが嫌なら、あんた自身が時間を稼ぐ魔法を覚えりゃいい」

うう、と頭を抱えるユウヒ。

「その通り、なんですよね・・・。でも、でもばっかり言ってて嫌になっちゃうんですけど、でも、実際に魔法を使いながら色々試してると、うち魔力の制御もダメダメだってことを思い知らされて・・・。いくつも同時に魔法を操るためには、もっと繊細なコントロールが必要なんだけど、本に載ってる方法を試しても全然ダメで・・・」

タバコの箱をいじりながら、ハクビが窓の外を見て、溜息をつく。

「甘えんじゃないよ。そう簡単にいきゃ、誰が訓練なんてするかね。ただ、あんたは魔力が人より多いだろう?それにその性格、コントロールなんてのが1番苦手な類じゃないか」

図星なユウヒ。

「魔力は、多い方なのかもしれないです。だから、少しずつ使おうと思っても、強い相手と戦ってると、自分の能力を超えて溢れちゃって・・・それでも、ハクビさんに比べたら全然なんだと思いますけど、あの、ハクビさんはどうやって制御を・・・あれ、ってかハクビさんって魔法を使う時の魔具って?」

思わず、ハクビの全身を上から下まで見てしまうユウヒ。もしかして、故郷のワキナ諸島オオルリ島の長老と同じように、魔具や武器なしで魔法が使えるのかもしれない。

「ふん。ここだよ、ここ」

ハクビが、自身の恰幅のよい腹部を指さす。

「食っちまったんだ。ってのは冗談だが、もうしばらく武器は外に出してないね。収納したままでも、ちょっとした魔法くらいなら使えるのさ。これも、魔法の制御だよ。こんなふうに・・・」

ハクビが指さした辺り、腹部が青く光る。そして、厨房で皿洗いをしていた水の「手」が、呼び寄せられるようにハクビのもとへ飛んでくると、「手」の形から球体に、そして球体から細かく枝のように水が噴き出し、その枝の先からは花が咲くようにさらに細かい球体ができ、ハクビを囲むように網目の細かい水の籠ができあがった。さらに、今度は水が2人の人型になり、踊りを披露する。「わあっ」と見惚れるユウヒであったが、次は水が2人の座る席以外の店内を包み、時が止まってしまったように周囲の音を遮断する。


 「こんなことも、魔力の制御が上手けりゃ、できるのさ」

窓の外を通る車の音や、通行人の会話が、つい先程まで聞こえていたのに。感嘆で言葉も出ないユウヒに、ハクビが続ける。

「これで内緒話も出来るだろう。あんたがさっき言ってた長老さんってのは、魔法を使う時こんなふうに光ってたかい?」

ハクビの身体に、ぼんやりと青く、杖のような形が浮かび上がっている。ユウヒは、やっと言葉を思い出したかのようだ。

「ううん、そんなふうには光ってなかったような・・・。なんていうか、普通にぼんって火を出して・・・でも、そんなこと出来っこないですよね。ハクビさんのこれを見て、よく探したら長老もどこか光ってたのかもしれないって思いました」

てへっと笑うユウヒに、真面目な顔でハクビが返す。

「昔は、魔具なんてなくても人は魔法を使えたらしい。嘘か本当か、そんなの知ったこっちゃないけどね。あんたのところの長老さんは、もしかしたらそういう人なのかもしれないよ」

なんと返したらよいものかと戸惑うユウヒであったが、すぐにハクビは話題を変えた。

「ところで、あんた、苦労しただろう。はっきり言って、ワキナ諸島の人らの見た目は、大陸の基準じゃ派手だからね。でも、人を惹きつける。ワキナ出身の役者は多いし、ファッションだって真似する若者も多いじゃないか。特に、不良娘たちなんて、あんたそっくりの見た目にしたがる。目元をキラキラさせて、髪も染めちゃってさ」

ユウヒは、「あはは・・・」と、これまたなんと返したものかと、笑うしかない。しかし、この見た目のせいで大陸へ来て苦労したのは事実だ。

「たしかに、うち、島を出てきてびっくりしました。なんか、めっちゃモテるなって。でも、変に言い寄ってくる怖い大人も多くて。そんな時に助けてくれたのが、不良娘・・・みたいな人たちでした」

ハクビがタバコの箱を机に置く。

「それでか。あんたが、タバコの匂いを懐かしがってたのは」

「そうなんです。うちも、実はちょっとだけ、吸ったことあって・・・内緒ですよ、ここだけの話で」

顔の前で手を合わせるユウヒを見て、微笑むハクビ。

「あんたがモテるのは、見た目だけの話じゃないとは思うけどね。で、更生して今に至るってわけかい」

ユウヒは、改めて音の入ってこない、そして漏れていかないこの空間を見渡す。

「うち、その子たちに、ちょっとなんて言うか・・・そういうふうに思いたくないけど、騙された?裏切られた?利用された?っていうのかな。売られそうになったんです。お金持ちの男の人に」

ユウヒはそのまま続けた。

「大きな屋敷の離れへ行くように言われて、そこにはうち以外にも何人か女の子がいて。これから何が起きるのか、みんな想像してるみたいで泣いてる子が多かった。うちも不安というか、絶望というか、なんとか今からでも逃げられないかなとか、そもそもうち、何のために島を出たんだよって後悔とか、そういうので・・・。そんな時、そこにいた、うちよりも少しだけ年上な感じのお姉さんが声をかけてくれたんです。『大丈夫よ、希望を捨てないで』って。希望なんてもともとなかったけど、不思議と温かい気持ちになれた。うん、なんとなく、ジャンベみたいな。周りも明るくしてくれるような子で。そういえば、肌の色もジャンベみたいに綺麗な褐色だったような。その子のおかげで、みんな少しずつ、落ち着いてきたんです。うちも、島では子どもたちの中でお姉さんポジションだったから、その子と一緒にみんなに声掛けて」

ユウヒの視線は窓の外であったが、見ているのは過去であると、ハクビには分かった。

「そしたら突然、離れの玄関の扉が開いて。みんな、くっついて震えてましたけど、入ってきたのは自警団の人たちで、『もう大丈夫だよ』って。安心して、めっちゃ泣いちゃいました。一緒にみんなに声を掛けてた子も泣いてて。自警団の人たちと離れを出ながら、希望捨てなくてよかったって、その子に言ったんです。そしたら、その子が教えてくれたんですけど、うちが来る前に大人の男の人が2人現れて、その子に『希望を捨てちゃダメだよ』って言ってくれたみたいで。『わたしは、その人たちの言ったことを、みんなに伝えただけなの』って。その人たちが、もしかしたら自警団に知らせてくれたのかもしれないですね。あ、でも、わたしたちを買おうとした人は、自首したんだったっけ・・・それで、その日のうちに電車に飛び乗って・・・」

ハクビは言葉を挟まず、ユウヒの話に耳を傾ける。はっと、突然ユウヒが過去から今に戻ってきたような表情をして、はじめてハクビは声を掛けた。

「巡り巡って、ここに辿り着いてくれて良かったよ」

ユウヒは頷き、いつの間にか零れていた涙を指で拭った。


 「さて、そろそろこれ、仕舞うからね」

ハクビが、部屋を満たす水を指さす。ユウヒは、そういえば部屋中が水浸しになっているのではと心配になったが、ハクビが手をあげてかき混ぜるような動作をすると途端に水が渦を巻いてハクビの腹部、その中の杖に吸い込まれてゆき、水がすっかりなくなった後は食堂の中に雫1滴残っていなかった。そして、水の代わりに外界の音が一気に流れ込んでくる。

「やっぱり、ハクビさん、凄い。凄すぎて、魔法の制御の仕方はあんまり分からなかったけど・・・」

ユウヒが感嘆しながらも苦笑すると、ハクビは溜息をつきながらユウヒの顔を見た。

「本の最初にあるだろう、深呼吸のイメージだって。全身の血管に酸素を行き渡らせるような感覚で魔力を流せって。でも、それはあくまでも理論上の話さ。あんたの場合は、全速力で走って息のあがった状態で呼吸を整える要領だ。魔力が多いと、乱れも大きくなる。それはどうしようもない。だから、如何に早く上手く乱れを抑えられるかだ」

ユウヒが、目を輝かせる。

「ハクビさん・・・!もし、もしもよかったらなんですけど・・・」

ハクビがまた溜息をつくが、どことなく嬉しそうな笑みも浮かべている。

「どうせ1人じゃ上手くいかないって言うんだろう。いいよ、仕事の合間に見てやろう。その代わり、あんた、しばらく店の手伝いやんな」

ちょうど、ヨモギがでんえんに戻ってきた。

「ヨモギ、少しの間だけど、後輩ができたよ。仕事教えてやんな」

ユウヒは目を輝かせたまま、ヨモギに満面の笑顔を向けて、「よろしくお願いします!先輩」と頭を下げた。

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