47.休日2 ③ 天才回復魔導士
クジラシティの大病院。遠方から難病の治療を求める患者が訪れたり、国内で発生した事故、事件で重傷を負った急患が運び込まれてきたり、慌ただしく混みあっている。まさに今、遠く離れたベア渓谷で出現した魔物に襲われた患者が、その付近の街から転送されてきた。街から街へ、クジラシティまで転送魔法を繰り返し、辿り着くのである。患者は頭部を含め左半身を酷く損傷している。回復魔導士が3人がかりで傷の修復を行うが、出血量や損傷の箇所が多く、筋組織の縫合や骨の接合が間に合わない。
「インテ先生、こっちです!」
駆け付ける、若い回復魔導士。くしゃくしゃの鳥の巣頭を笑う者は誰もいない。
「脳と頭骨の損傷を優先します。脊髄は・・・第7胸椎からの損傷、肝臓の機能回復をお願いします」
そう言うと、インテと呼ばれた回復魔導士は人差し指を割れた頭部へあて、瞬時に回復魔法を流し込む。光が液体のように、とろけるような動きをみせる。
インテは、同時に運び込まれた別の急患に対しても、他の回復魔導士たちへ指示を出す。迅速な処置で、患者たちは一命をとりとめた。
「お疲れ様です、インテ先生」
休憩室のソファに座り、目を瞑ったまま顔を天井へ向けているインテに、他の回復魔導士が白湯を差し出す。
「ありがとうございます。先程の患者、しばらくは言語障害が残るかもしれませんが、機能回復訓練を継続すれば、ほぼ元通りになるでしょう」
そう言うと、一気に白湯を飲み干し、インテは立ち上がった。
「先生、午後から入院患者のカンファレンスが3件ありますが、出席されますか?」
インテは窓の外を見つめ、1つ大きな欠伸をし、「はい、それまでには戻ります」と、空になったコップを流しに置き、部屋を出た。
クジラシティの駅は広い。何度か道を間違えながら、やっとの思いで駅を出たネガは、そびえたつビル群を見上げてしばらく言葉を失った。先日試験で行ったマクル国の中心部も大都会であったが、雰囲気が随分違う。あちらは、最新テクノロジーを詰め込んだ繁華街という印象だったが、こちらはビジネスの中心地といった具合である。国全体としては緑豊かな田舎街が多いニマール国であるが、クジラシティだけは大都会と言って過言ではない。他国からも仕事で訪れる者は多い。
ネガは首が痛くなってきたことで我に返ると、鳥の巣頭をポリポリと掻いた。
「無事、兄者に会えるっすかね・・・」
不安にはなるが、とりあえず周辺地図を表示する魔具を取り出す。試験の後、奮発して購入したのだ。地図から待ち合わせの店を検索し、歩き出す。いつまでもグズグズと立ち止まっているばかりではなくなった。冒険者になって1年、少しは成長したのではないかと、ネガは思う。
途中、人波に飲まれそうになりながらも、ネガはなんとか待ち合わせの店へ辿り着いた。しかし今度は、あまりに洗練された雰囲気の入口に尻込みしてしまう。どう考えても、自分などが入っていい店ではない気がする。店の前を行ったり来たりし、鳥の巣頭をボリボリ掻くと、意を決して入ろうか、いややめようか、と挙動不審になっているネガの後ろから、「どうした?何故入っていない」と声がする。久しぶりに聞く声に、ネガは恐る恐る振り返る。
「あ、兄者・・・」
「久しぶりだな、ネガ」
ネガの兄、天才回復魔導士のインテである。
高級料理店のテーブルで、ネガは固まっていた。故郷、キリンビレッジにはまず間違いなく、こんな店は存在しない。テーブル同士が離れているうえに、客も静かな口調のため、1番近いテーブルの会話も聞こえない。竜の筆の食堂でんえんでは、賑やかさ故に内緒話が出来るのだが、こういう密談の場もあるのかとネガは感心した。
インテは慣れたように飲み物と料理を注文した。メニューの文字だけでは料理を想像できないネガに、「気分は、肉か、魚か、どっちだ」と助け船を出してくれるインテ。
「兄者、やっぱり流石っすね・・・。おいらと同じ田舎育ちなのに、すっかり大都会に馴染んでるっす」
ふふっと、愉快そうに笑うインテ。
「そんなことで褒められたのは、いつ以来かな。近頃は、私がクジラシティで生まれ育ったと信じて疑わない人も多い。というか、私が田舎育ちだとは信じたくないようだ。何故だろうな」
「そ、そりゃ、稀代の天才回復魔導士が、そんな片田舎出身だなんて、イメージが悪いっすよ。それに幼い頃からクジラシティで英才教育を受けた人たちからしたら、許せないかもしれないっす」
ネガの言葉に、瞼を持ち上げるインテ。
「何故だ。別に天才がどこから生まれようが、関係ないだろう。それにクジラシティでしか勉強が出来ないわけでもなかろうに」
「ああ・・・そういうところが天才なんすよ、きっと」
ネガが呆れたように、そしてどこか嬉しそうに、鳥の巣頭を掻いた。
料理が運ばれてくる。食事中、インテは無言になる。美味しいものを食べている時に話しかけられるのを嫌うのだ。幼い頃からのインテの性分を、ネガはよく分かっているので、ネガも無言で肉を口に入れた。とろける。
「お、美味しいっす・・・」
思わず漏れる独り言。インテは言葉を返さないが、ちらっとネガの顔を見て自分の食事に戻った。
食事を終えると、インテはそそくさと帰る準備を始めた。仕事が忙しいのだろう。ネガは、思い切ってインテに声を掛ける。
「あ、あの、いくつか質問があるっす・・・けど、もし時間があったら・・・」
インテは時計を見ると、ネガに視線を戻す。
「簡潔に、質問を全てよこしてくれ。まとめて返答する」
ネガは、慌てて聞きたいことを思い浮かべ、あたふたと整理する。
「えっと、まず・・・増強魔法のコツ、とか・・・もちろん教科書での知識はある程度押さえてるっすけど、兄者の臨床での経験から助言がもらいたいっす。あと、これはあまり大きな声で言えないっすけど、おいらたちは冒険譚の中から登場人物の女の子を出してしまったっす、でも消滅せずにまだ生きてるみたいっす。これの理由を、兄者はどう考えるか知りたいっす。登場人物は現実世界を想像することが出来なくて脳の許容量を超えた情報のせいで死亡するって研究があるっすけど、はじめのうちは登場人物が消滅してたらしいっす。これは現実世界の想像力が足りなかったからだって説もあるみたいっすけど・・・。それから、聖地アーケ、ウボンレイ族のことで何か兄者が知ってることがあれば・・・」
インテは黙ってネガの言葉に耳を傾けながら、指で鳥の巣頭をくるくると撫でていた。
「増強魔法についてだが、解剖学や神経学、増強部位への魔力の流し方や反動についてを理解している前提で助言するのなら、魔力は流す量ではなく向きに気をつけろ。次に、冒険譚から出現した登場人物についてだが、専門外だ。まあ、私の私見でよければ話そう。さっき、お前がまさに体験していたじゃないか。メニューの文字を見て、料理の姿を想像できなかっただろう。しかし、実際に料理を見たら、食べたら、次からは料理のイメージが湧く。文字と実物が結びつく。しかし、メニューに書かれているのはその料理だけじゃない。つまり私の見解では、この世界の想像力が、冒険譚から出現する人間というものに対して及んでいなかったと考える。そもそも、この世界、私たちが現実世界と呼ぶこの世界も1つの冒険譚の中の話かもしれない。最後に、聖地アーケやら、ウボンレイ族やら・・・私は百科事典ではない。知らん」
一気に答えを述べると、インテは近くの店員に視線を送り、軽く頷いた。時間切れ、なのだろう。
「久しぶりに会えて良かったよ。父さんや母さんによろしくな。なかなかキリンビレッジには帰れないが、元気にしていたと伝えてくれ。といっても、お前も今は実家暮らしではないけどな」
やってきた店員に、インテが支払いをする。ネガは財布を出そうとして、やめた。その代わり、店員が去ってすぐ、立ち上がりかけるインテを呼び止めるように呟いた。
「兄者、やっぱり凄いっす。クジラシティみたいな大都会に来て、国中で知られていて、自分のことも『私』なんて呼んでそれが似合ってて・・・」
インテは、しげしげとネガの顔を見つめていたが、やがてふふっと愉快そうに微笑んだ。
「私がクジラシティに来たのは、回復魔導士としての技術を高めるために1番良い環境だと判断したからだ。別に大都会だから来た訳じゃない。それにお前も、冒険者として1番良い環境だと判断したから、ライオンタウンへ行ったんじゃないのか?」
「あ・・・」
ネガが、ぽかんと口を開ける。
「お前は昔から、冒険者ごっこが好きだったじゃないか。いつか冒険者になると。回復魔法を学び始めたと聞いた時も、パーティーの回復役を選んだのだと思っていた。だから私は、お前がライオンタウンへ行ったと聞いても、冒険者になったと聞いても、何も驚くことはなかったぞ」
ふと、ジームドンク教授に出会った時のことを思い出すネガ。そうか、自分がギルドに加入したのは、教授に憧れてというだけではなかったのだと、今更になって思う。
「あと、一人称だが・・・。それは、まあ・・・天才回復魔導士が、おら、とか、おいら、とか言ってたら、恥ずかしいかもと・・・イメージだ、イメージ」
ここにきて、突然らしくないことを言いながら照れるインテに、ネガは思わず笑ってしまった。
「おいらは、ずっと、おいらって呼ぶままでいるっすよ」
店を出て、インテはネガを振り返り、しばらくネガの顔をじっと見つめて、口を開いた。
「お前のそういう頑固なところ、大事にしてくれよ」
不思議そうな顔で見つめ返すネガから視線を逸らしたインテが、ネガにしか聞こえないくらいの声で呟く。
「それが、お前の強さだと、お、お、おらはそう思うっすから」
そう言うと、インテは人波の方へ歩き出す。インテの背中が波に飲み込まれる寸前に、はっとしたネガが数歩駆け出した。
「兄者!ありがとうっす!また会いに来るっすからね!!」
人波の中、インテが振り返らないまま挙げた手は、ほんの数秒で飲み込まれてしまった。
歩き出すネガの足取りは、珍しく自信に満ちていた。




