46.休日2 ② 強者を求めて
訓練場を出ると、トラヒコはタオルで汗を拭った。汗ばむ程度には身体を動かしても、歯ごたえのある訓練ができる相手は、ここ数日いない。ライムも実家へ帰省中、B級の冒険者たちはギルドの依頼で出掛けている。他のC級冒険者たちでは、相手にもならない。
自分がC級冒険者となった今、そして他国の冒険者たちの実力を知った今、以前から竜の筆にいたC級のレベルが如何に低いか、身をもって感じる。あの後、リキやミツカから、「今回の受験者のレベルは物凄く高かった」と言われたが、トラヒコからすればギルドの他のC級冒険者たちは、どうやって試験を突破したのか疑問であった。それについてはミツカの答えに一応は納得している。
「例えば今回の2次試験、戦いの中でもしも敵わないと感じた時に、全滅を免れるために撤退するという選択をとっても合格したかもしれない。よくあることよ。冒険譚の中のダンジョンが再現されて、攻略途中で入口に引き返した受験者が合格したりね。もちろんちゃんとC級相当の実力を示したうえで、自分には手に負えないと判断し撤退。それも冒険者としては大切なことよ。いつも、モカちゃんが言ってるでしょ?『命ある限り、冒険に失敗はありません』って」
そんなの、ありかよとトラヒコは憤ったが、確かに実践で仲間や自分に危険が及んだ際に冷静な判断で撤退することは重要だろうな、とも思った。つまり、ギルドの他のC級冒険者たちは、冒険者としての総合点ではC級に相当するのだろう。しかし、戦闘力は・・・。
「こんなんじゃ、ちっとも訓練になりゃしない」
それを、本人たちの前で言わなくなったあたり、トラヒコの成長と言ってもいいだろう。
それにしても、訓練相手がいないということは、トラヒコにとって大きな悩みの種である。また、ライムたちやB級の冒険者たちが戻ってきて、切磋琢磨しあう仲間たちの存在があったとしても、圧倒的な実力差の相手にどこまで通用するかを試したい気持ちが抑えきれない。リキは強いが、体術と刀とでは勝手が違う。今こそ、シン・・・シンリュウに挑んでみるのもいいかもしれないと思ったが、こんな時に限ってギルドで飲んだくれてはいない。S級冒険者と知った今、圧倒的な強者としては理想の相手なのだが、何かしらの任務についている可能性も考えないではない。
もう1人、理想の相手になり得る存在がいる。試験の後に聞いた、ブジンカ国の双刀女、サクラの姉。
「トラヒコ、お前、ついにA級に挑もうってか・・・。しかも、いつぞやの宴での冗談と違って、本気みたいだな・・・」
ルンポが溜息をつく。
「俺は、あの時だって冗談じゃなかった。でも、確かにあの時はそう思われても仕方ないくらい弱かった。今でも、敵わないとは思うけど、それでもどこまで通用するのか試してみたい」
トラヒコは真剣な顔でそう言うと、でんえんのウェイトレスが持ってきてくれた茶を啜る。
「そうだな。あの時は、確か、いきなり斬りかかったら・・・とか言ってたが、今はそんなことは考えてないだろう。いやあ、成長したもんだ」
ルンポに肩を叩かれそうになって、やんわりと制しながらトラヒコが問う。
「それで、カエデって人がどこにいるのか、知ってるか?」
ルンポはジョッキを片手に、「たしか、そうだな・・・」と思い出そうとする。
「だいたい、A級冒険者ってのは普通の冒険者が出来ない依頼や、任務をこなすんだ。だからギルドどころか、ライオンタウンにいるかどうかも・・・」
「ついこの前、受付で聞いた。ライオンタウンには戻っているらしい。ついでに目撃情報もあった」
「あ、そうか・・・じゃあ、そうだな、その場所にいけば・・・」
「行ったけど、もういなかった」
「ああ、なるほど。そうは言ってもなあ・・・あ、ヨモギちゃん、ちょっといいかい」
近くの机を拭いていたヨモギに、ルンポが声を掛ける。
「A級のカエデちゃんっているだろう?よく行く場所とか、知ってたりするかい?」
台拭きを持っていない方の手を頬にあてて思案するヨモギ。
「あ、そういえば。カエデさん、甘いものがお好きって聞いたことあります」
ライオンタウン中の甘味処やカフェを手当たり次第に探すつもりで街に繰り出したが、普段そういった店に行き慣れていないせいで地図とにらめっこすることになり、途方に暮れるトラヒコ。あまりこういったことで頼りたくはないが、ユウヒに案内をしてもらおうかと真剣に悩んでいたところに、丁度後ろから声を掛けられた。
「あれ、トラヒコ。どうしたの、地図なんか持って」
振り向くと、休日の装いのユウヒが立っている。そういえば、喫茶店から出てくる女性がよくこんな服装をしているなと思いながら、トラヒコは渋々返事をする。
「ああ・・・お前が、もし暇なら、案内を頼みたい。甘味処とか、喫茶店とか」
沈黙。ユウヒが、引き攣ったような表情で返す。
「うわ・・・なにそれ、デートのお誘い・・・?」
沈黙。
「いや、そんなわけがない」
沈黙。
「ごめんだけど、うち、これから用事あるから・・・またね」
そそくさと去る、ユウヒ。妙な勘違いをされた腹立たしさをなんとか抑えて、やけくそになって歩き出そうとしたトラヒコであったが、またユウヒに呼び止められた。
「あのさ、甘いもの食べれる場所だったら、西の通りにいっぱいあるよ!」
そう言うと、ユウヒは今度こそ去っていった。
西の通りを歩くと、トラヒコは自分がとても場違いなのではと思えてならない。着飾った男女、1食5千ブクもする店、甘い香り、店の装飾は華やかであったり可愛らしいものであったりクラシカルであったり。トラヒコは、店の中を覗いて回る気にもなれず、身を隠すようにして手頃な柱の陰に入った。
突然、通りがざわめく。並ぶ店のうちの1つに、いかにも高級そうな車が横付けされた。そして店からは、いかにもその高級車に乗り込みそうな、お嬢様という呼び方が相応しい女性が現れる。すぐに運転席からスーツ姿の男が現れて、後部座席のドアを開けた。
お嬢様、の姿をトラヒコはまじまじと見つめてしまう。普段、女性のことをこんなふうに見つめることはないのに、まるでギルドの女好きなおっさん連中のように、目が離せない。透き通るような肌、彫刻のようなグレーの髪色、ふわっとした長いスカート越しにも綺麗な脚だと確信でき、くびれた腰、ブラウスの下についても邪な想像が浮かんでしまう。極めつけは、顔の美しさだ。横顔だけで吸い込まれそうな魅力がある。もしも目が合ってしまえば・・・。決して、トラヒコだけがそう思っている訳ではないことは明白だ。通りのざわめきは、このお嬢様に向けられたもので、なかには声も発することが出来ないまま、ただ口をあんぐりと開けて見つめるだけの男もいる。
トラヒコが、このお嬢様から視線を逸らすことが出来たのは、続いて店から出てきたもう1人の女性のおかげであった。鮮やかな花模様の着物に、真っ赤な袴。長い漆黒の髪は後ろで一つ結びにしている。サクラと、同じように・・・。顔立ちもどことなく、サクラに似ている。そして。確かにトラヒコと目が合い、油断のない笑みを送られた。
「ミロア、わたしはここで」
高級車の後部座席に乗り込むお嬢様に声をかけ、車が走り去るのを見送ってから、一直線にトラヒコへ向かってくる、袴の女性。通りのざわめきはおさまり、こちらに注意を向ける者はいない。
「やあ。あんた、随分張り切ってわたしのことを見てたじゃない。わたしに惚れたの?」
そうでないことは分かっているような口振りだ。
「もしかして、いや、そうだと思って聞きますが、カエデさん、ですか?」
トラヒコの問いに、袴の女性の笑みは広がった。
「ああ、そうだよ。あんた、初顔だね?冒険者?ただのファンってわけでもないらしい。腕試しってところかな?」
カエデが指で示す先には、トラヒコが思わず具現化してしまった刀。
「あ、えっと・・・。俺は、トラヒコといいます。竜の筆の冒険者で・・・この前C級冒険者試験で、貴女の妹から貴女の話を聞きました。お願いです。俺に稽古をつけてください」
トラヒコは刀を収納すると、改めてカエデに向き合い、頭を下げた。
「へえ、サクラと。あの子、元気にやってた?随分、手紙の返事を溜めちゃってたからね・・・怒ってなかった?」
稽古、の部分には返事がない。曖昧に頷くトラヒコを見て、カエデは「よかった、よかった」と頷き、歩き去ろうとする。
「ちょっと待て・・・待ってください。俺、めちゃくちゃ強い人に自分がどこまで戦えるか、試したいんです。だから・・・」
カエデはトラヒコを振り返り、ついてきなと言うように手招きした。
カエデは延々と歩き続け、トラヒコも黙ってついて行く。ついにライオンタウンを出て、草原の中の小高い丘に辿り着いた。
丘を登ると、見晴らしもよく、夕暮れ時の今は見上げると、橙色と紫色が混ざった中に光る気の早い星たちの姿もよくわかる。そして、丘の頂上は天然の訓練場のように均されている。
「腕試しは大歓迎なんだけどさ、1回だけにしときな」
カエデの声に、今度は自覚して刀を具現化するトラヒコ。
「いいよ、いつでも」
カエデは、袴の左腰のあたりをさっと払う。バチバチと火の粉が飛び散り、その火の粉が刀の形を成してゆく。トラヒコが刀を抜いても、カエデの刀は鞘におさまったままだ。それでも、凄まじい圧を感じる。試験の時は、仮想空間の範囲内だったから、実際に能力をぶつけ合っても互いに怪我の心配がなかった。しかし、もう後には引けない。今更、やっぱり木刀での稽古にしましょう、なんてことは口が裂けても言えない。
トラヒコが刀に風の魔力を込めると、あたりに突風が吹き荒れた。カエデの袴が、結んだ黒髪が、揺れる。
「へえ、風の刀使いか。それじゃあ、サクラとも相性が良かっただろうね」
カエデは、トラヒコが込める全力の魔力にも全く動じていない。
トラヒコが、覚悟を決めて刀を振るう。風の斬撃がカエデに向かうが、カエデは表情も変えぬまま、最低限の動きでそれらを捌く。その動きを見て、トラヒコは確信した。本気で斬りかかっていい。
一瞬で間合いを詰め、袈裟斬り、一文字、逆袈裟、と刀を振るうトラヒコ。カエデは刀を抜くこともなく、笑みすら浮かべて、それらを足捌きで避けてゆく。トラヒコは、一旦間合いをとると、刀をおさめ、居合の構えを取った。
「居合 疾風」
トラヒコが刀を抜きはらい、宙に風の魔力で一文字が描かれて、カエデに迫る。
「へえ」
カエデの笑みが広がる。そして、カエデが刀を抜いた。薄明のなかでカエデの刀が眩しい程に燃えている。迫りくる風の一文字に対し、右の手で柄を握り垂直に刃を向けると、重心を落とし、左手で右手を押すようにして迎え打った。一歩も動かずして、トラヒコの技を真っ二つにしてしまった。そして。
カエデの姿が消えた。トラヒコがはっと身体をのけ反ろうとした時には、既に目の前に燃える切っ先が突き付けられていた。
「勝負あり」
カエデが刀を鞘におさめると、辺りが突然闇に覆われたように感じられた。日はすっかりと落ちていて、影のようなカエデの後ろ姿から目が離せぬまま、トラヒコは膝から崩れ落ちた。
「いい太刀筋だよ。でも常に力が入りすぎ。それだけ。あとは、経験を積めばいいとこまでいくよ」
歩き去ろうとするカエデに、慌ててトラヒコが声を掛ける。
「ありがとうございました!次は、木刀で、じっくりと稽古つけてください!」
「げっ」と声が漏れるカエデ。
「あのさ、普通はまず木刀からなんじゃないかな・・・」
思わず立ち止まって振り返るカエデ。そこには暗闇の中でもわかるくらいに、真っすぐカエデのことを見つめ、「お願いします」と一礼するトラヒコ。
トラヒコは、尊敬できる強者に巡り合うことが出来て、嬉しさがこみ上げていた。マスターに報告したい。それから、あいつら・・・仲間たちにも報告しよう。ルンポのおっさんには、大袈裟に騒がれそうだから黙っていよう、と思うトラヒコであった。
ライオンタウンの街明かりへ、カエデの背を追って帰路につく。




