45.休日2 ① 帰省
ラクダ村は農業で生計を立てている家が多い。収穫物を買い取りに車で現れるのは人口の多い街からの業者で、遠くはクジラシティから遥々やってくる者もいる。八百屋や、肉屋、飲食店、知る人ぞ知る農産物の仕入れ先なのである。
レモンは、運転手と一緒にトラックの荷台へ、氷魔法の込められた魔具箱をせっせと積み込む。中には新鮮な野菜がたっぷりだ。農家の老婆が、「いっつも思うけれど、都会の人たちは便利な物を持ってるねえ」と感心したような声をあげる。そして周囲に気づかれぬよう、小声で「懐かしい」と零す。トラックが走り去るのは、ライオンタウンへの方角だ。レモンはトラックが見えなくなってからも、しばらくはじっとその方角を見つめていた。しかし、すぐに「レモンちゃん!」と声を掛けられ、「はーい、今行くよ」と威勢よく返すと、畑へ駆け出した。
村に受け入れてもらえるように。自分だけではなく、兄の忘れ形見が少しでも村で何事もなく過ごせるようにと、一生懸命だった。冒険譚とは関係ない振りをして、村の仕事を精一杯手伝い、人付き合いも上手くこなし。それでも、兄の子には辛い思いばかりさせてきた。今頃は、達者でやっているのだろうか。
ライムが村を出て、もう1年が経つ。
家に戻り、湯を浴びて汗を流すと、レモンは柔軟体操をはじめる。一通り身体をほぐすと、静かに構えをとった。そして、前方にゆっくりとした蹴り。脚は蹴りだされた状態のまま、ぴたっと静止する。身体をゆっくりと捻り宙へ舞うと、今度は目にも留まらぬ速さで回し蹴りを放つ。その後も、緩急をつけた動作で体術の型を続ける。汗ばむ様子もない。息も乱れない。
ふと、玄関の前に気配を感じて、レモンは動きを止めた。コン、コン、と遠慮がちにドアをノックされる。村の人間なら、もっと無遠慮に、ドアの前でレモンの名前を呼ぶだろう。少しだけ警戒をするが、ノックの様子から悪い人間ではないように思う。それも、お人好しで、気弱な、優柔不断の・・・。
「ただいま、レモン姉さん」
ドアを開けると、去年よりも少しだけ背が伸びて、随分と鍛えられた様子の兄の子が立っていた。
ライムは1年ぶりの帰省に緊張していた。村の人たちからは歓迎されないだろうと思っていたし、レモン姉さんだって温かく迎えてくれる保障はない。「逃げ帰ってきたか!」と怒られてしまうかもしれない。
ライオンタウンから村まで、1年前と全く同じ道を辿って帰ったのに、あの時よりも2時間程早く着いた。村に入り、実家への道を歩いていると、見知った村人たちが驚いたように囁きあっているのが見えた。思い切ってライムが会釈をすると、慌てて顔を背けてどこかへ行ってしまった。しかし、すぐに戻ってきては、ライムの後ろ姿を目で追う。村人たちは一様に、ライムの姿を見て驚いた。ばったりと、1年前までなら嫌な笑みを浮かべてライムをいじめてきた集団に出くわしたが、その集団ですら驚いて道を譲った。ライムは首を傾げながら、実家へ到着する。何度か深呼吸し、ドアをノック。しばらくすると、レモン姉さんがドアを開けてくれた。しばらく、じっとライムを見つめていたレモン姉さんであったが、「入んな」と中へ迎え入れてくれた。
「ちゃんと冒険者としてやってるみたいだね」
レモン姉さんは、ライムに茶を淹れてくれた。去年とは見違えるほど筋肉質になった身体。そして、落ち着いた雰囲気になった。歩き方からして、違う。
「うん、なんとかね。ライオンタウンの、竜の筆っていうギルドに所属できたんだ。皆さんとってもいい人たちで。それに、仲間が出来たんだよ。4人組のパーティーで・・・それで、この前、C級冒険者試験に合格したんだ。これなら、レモン姉さんに報告できるかなって、思ったんだけど・・・」
レモン姉さんは、ライムの自信なさげな報告に、表情を変えることなく頷く。
「そりゃ、あんだけ張り切って村を出て冒険者になったんだ。それくらいなってもらわないと困る」
ライムはその返しに、妙な満足感を覚えた。
「そうだよね。うん、僕はここで立ち止まっちゃいけないんだ」
レモン姉さんの顔を見て、先程よりも自信を持ったような笑みを浮かべる。
「姉さん、僕、姉さんの論文を読んだよ」
レモン姉さんの目が、わずかに動揺した。
「僕たち、冒険譚の中から、登場人物を現実に連れ出してしまったんだ。後悔・・・は少しあるけど、それだけじゃない。その登場人物の子は、今も生きている。意識はないけどね。これって、論文にあったみたいに、冒険譚の世界が現実を飲み込んできているから、なのかな」
ライムは言葉を続ける。一方で、レモン姉さんはただ黙って、ライムの顔を見つめている。
「あと、僕、聞いたんだ。仲間の1人が、ワキナ諸島出身で、そこの長老は魔具を使わずに炎の魔法を使えたみたいなんだ。これも、姉さんの論文にあったよね。昔は、魔具なしで魔法が使えたって。それに・・・」
「あんた、何が言いたいんだ?」
レモン姉さんの声には、怒気が込められている。
「姉さんは、ハッコっていう人を知っているでしょ?今は国の研究機関で1番の研究者だって。姉さんがそんな人と一緒に論文を書いていたなんて、知らなかった。だって、姉さんは畑仕事ばっかりしていて、体術では僕をボコボコにして、勉強なんて全然教えてくれなくて・・・」
「あ?」
レモン姉さんから、先程とは違う種類の怒りが飛んでくる。
「姉さん、なんで研究を辞めちゃったの?もしかして、父さんのことと、何か関係ある?」
レモン姉さんが、口をつぐむ。
「僕、知りたいんだ。姉さんのことも、父さんのことも、冒険譚のことも」
「知りたい、知りたいって、ガキじゃあるまいし。あんた、冒険者なんだろ?自分で調べりゃいいじゃないか。それとも、わたしから力ずくで聞き出すかい?」
レモン姉さんが、拳を鳴らし、玄関の外へ向けて顎をしゃくる。
「あ、い、いや・・・でも、ううん、聞き出すとかそういうのじゃないけど、僕、姉さんに稽古つけてもらいたいな。前みたいにさ、体術訓練の」
しばらく、呆れたような表情を浮かべていたレモン姉さんであったが、やがて笑い出し、「面白い、表に出な」と先に立って玄関へ向かった。
村の外れにある、小さな空き地。懐かしい、訓練場だ。
「僕、勁弾、ちゃんと打てるようになったんだよ」
ライムが、少しだけ自慢げに言う。
「勁弾?」
首を傾げるレモン姉さんの前で、放置されていた丸太を地面に立てると、ライムは腰を落として拳を丸太につけ、一気に波動を放出した。弾けるような音とともに、拳の形の穴があく丸太。
「思いっきり打てば、魔物にもかなりのダメージを与えられるくらいの威力になったんだ」
「だからなんだっての?わたしには手加減しないとケガさせちゃうって?」
一瞬で空気が変わる。
「図に乗るなよ」
一気にレモン姉さんが間合いを詰め、潜り込むとライムの顎目掛け拳を突き上げる。寸でのところで躱し、ライムもレモン姉さんの脇腹へ拳を振るう。それをあっさりと捌き、ライムの背後をとると腕を首に絡めるレモン姉さん。前屈みになって締め技を回避しながら向き直り、前方へ蹴りを繰り出すライム。しかしそこにはもうレモン姉さんの姿はなく、地面すれすれに屈んだレモン姉さんの回し蹴りで軸足を刈られ、倒れこむライム。しかし身体を捻ると地面に手をつき腕の力で跳ね上がり、反撃に出ようとしたところで、レモン姉さんの拳がライムの腹部に密着した。慌てて後方へ跳び退くライムであったが、レモン姉さんは腰を落としたまま摺り足で追いかけ、再度技を放とうとする。ライムも咄嗟に、勁弾の構えを取り、迎え撃つ。
技の衝突。空気が振動するような衝撃とともに、ライムは弾き飛ばされた。レモン姉さんは2,3歩後ろによろいめいたが、踏ん張った。
「はあ、はあ、やっぱり、強いなあ、姉さん」
大の字になったライムを見下ろしていたレモン姉さんであったが、やがて転がっていた丸太に腰を下ろした。
「妙な名前だけど、それはもうあんたの技だね」
ふうっと息をついて、レモン姉さんが空を見上げる。
「レモン姉さんのそれは、なんて名前なの?」
ライムの問いに、しばらく空を眺めてからレモン姉さんが返す。
「さあね。もともと、兄貴の技だから」
「父さんの・・・」
レモン姉さんは、まだ空を見上げたままだ。
「冒険譚のことや、世界の謎のことは、冒険者らしく自分で見つけな。でも、あんたの父さん、というより、わたしの兄貴の話っていう方がしっくりくるけど、それなら少し話してやってもいいよ。ついでにわたしの話も少し混ぜてやろう」
ライムは慌てて身体を起こした。
レモンの兄、そしてライムの父であるシトラス。両親は幼いころに病死して、それからはシトラスがレモンの面倒をみてくれた。2人は世界を旅するようになり、やがてとあるギルドへ所属した。シトラスには冒険者として突出した才能があった。あっという間に、Aランクの冒険譚へ挑むような冒険者になった。2年程経ったある時、レモンには理由を説明してくれないまま、シトラスはレモンを連れてそのギルドを抜けた。放浪を続けるなかで、ラクダ村に辿り着く。シトラスは村でライムの母となる女性に出会い、恋仲になる。
一方で、レモンは村の図書館で本の整理の仕事に就く。ちょっとした小遣い稼ぎのつもりであったが、レモンは1度読んだ文章は忘れず、そして読む速さも凄まじく、さらに美人で気立てもよく・・・と並べたところで我に返ったレモンは咳払いをして続ける。記憶力と速読力の才能が明らかになったレモンを、シトラスはライオンタウンの学校へ通わせることにした。学校でもレモンの才媛っぷりは評価され、ついには講義に訪れていたハッコの目に留まり、研究所へ勧誘される。シトラスと恋人は結婚をし、子どもが生まれたということも、レモンはシトラスからの便りで知った。
その頃、シトラスはラクダ村でも冒険者として活動をしていた。ラクダ村は、以前は冒険譚にも寛容で、シトラスの持ち帰る魔具に村人は大喜びであった。特に、写真や映像を撮る魔具は人気だった。
そんなある日、シトラスは1冊の冒険譚をみつける。ライオンタウンで鑑定を受けようと村に持ち帰ったまま、シトラスはうっかりとその冒険譚を放置してしまう。それは、Aランクの冒険譚であった。シトラスが不在の時、冒険譚から魔物が現れた。魔物は村を襲い、死傷者が大勢出た。シトラスが駆け付けた時には、既に大惨事であった・・・。
「そんなわけで、兄貴は責任を感じたんだか、消えちまったよ。魔物を倒してすぐにね。村の人たちも、兄貴を責める人ばかりじゃなかったけど、それでも許すことが出来なかったのは、あんたの母さんを助けられなかったからさ。兄貴は、あんたの母さんを置いて、しょっちゅうふらふら出掛けてた。あんたの母さんは村の人気者でね。兄貴が消えてから、段々と兄貴を憎む声が大きくなったみたいだよ。それから、これはお門違いってやつだけど、あんたを庇ったせいだなんていう人もいたらしい。らしいっていうのも、わたしはこの騒動があった後に村へ戻って来たからね。その頃には冒険譚にも、村全体で関わり合いにならないようにってことになっていた。余所者も、簡単には受け入れないような閉鎖的な村になっちまっていた。わたしは、兄貴と、兄貴が愛した人とが残した、あんたのことが気になって村に戻ったんだ。別に、恩を着せようってんじゃない。でも、色々と放り出してでも、あんたを守りたかったんだ」
レモン姉さんの言葉を聞きながら、どんどんと自分の姿勢が正しくなっていくのを、ライムは感じた。レモン姉さんには感謝をしていたのに、無遠慮な質問をしてしまった。
「姉さん、ありがとう。それと、さっきはあんなことを聞いてごめんなさい。姉さんが研究を辞めたこと、父さんじゃなくて、僕のため、だったんだね・・・」
丸太から立ち上がると、レモン姉さんは尻をパンパンと叩き、木くずを落とした。
「そういえば、姉さんは僕が10歳の時、なんであの冒険譚を渡してくれたの?」
もう先に立って歩きだすレモン姉さんの背中に問うライム。
「忘れたよ。まあ、兄貴が置いていったのはあの冒険譚と自分たち夫婦の写真くらいだったからね。息子のあんたに渡しておいた方がいいだろうとは思ったのさ」
レモン姉さんが振り返ると、慌てて立ち上がり自分のことを追いかけてくるライムの姿があった。
「やっぱり、あんたはまだまだ変わっちゃいないな」
翌朝。ライムはレモン姉さんの料理で膨れた腹をさすりながら村を出て、ライオンタウンへと向かった。




