40.C級冒険者試験⑥
ホテルのロビー。ソファに腰掛けるライム、トラヒコ、ユウヒ、ネガ。その向かい側に、興奮した様子のオータが座り、先程から1次試験の感想を熱弁している。ライムたちは、夕食へ出掛けるためにジャンベらと待ち合わせしていたのだが、入口のガラス扉越しにこちらを熱い視線でみつめるオータに気がつき、ライムが声をかけたのである。それが運の尽き、完全に捕まってしまった。
ライムはあくびを噛み殺し、ユウヒはほとんど微睡んでいる。トラヒコは黙々と、ミツカから貰ったヌメヌメとした葉で腕を癒す。ネガは、何か考え込むように俯いている。
1次試験終了後、試験官のドロデンは突破した11人に向け、淡々と述べた。
「1次試験合格者の諸君、ご苦労だった。明日、本日と同時刻に集合、2次試験を実施する。今宵は各自、回復に努めるように。以上、解散」
ドロデンの周りには、他の試験官が集まっている。試験中も会場のどこかにいて、受験者を監視していたのだろう。ドロデンがカザフネに礼儀正しく耳打ちし、並んで会場を後にする。受験者たちもそれに続き、各々解散した。
ナットがライムに軽く手を挙げて、「また、明日」と声をかけ、ライムも笑顔で「はい!」と返した。「仮想空間」が解除されるまでは、頭部に鈍い痛みが走り、足元もふらふらとおぼつかなかったが、解除された途端にそういったダメージは一瞬で消え去った。腹部にマティーニの弾丸を撃ち込まれたユウヒも、ネガの回復魔法でなんとか意識を保っていたが、あまりにも簡単に痛みがなくなり思わず苦笑する。一方で、魔力を大量消費したことによる疲労は消えないようだった。トラヒコは腕の痺れ、ライムも両肩が上がらない程の疲れ、ユウヒも立ち上がった時に目が回ったような感覚があり、しばらく座り込んでしまった。
ライムたちの疲労困憊な状態をよそに、マティーニとミュールはいつの間にか姿を消し、ブジンカ国の四戦姫はアオイが配った液体を口にして全快したのか足取り軽く去っていった。ナットの背中も既に遠くで、ライムは思わず呟いた。
「レベルの差があり過ぎる・・・。もしも試験、試合じゃなかったら、僕は完敗だったよ」
ユウヒも、尻餅をついたような格好で頬を膨らませ、「悔しいけど、うちも、そう・・・」と続く。トラヒコは無言で腕をさすり、ネガはそんな3人を見つめて、俯いた。
「おいら、1次試験を突破しても、よかったんすかね・・・」
ネガが、言葉にするか迷ったような調子で口にする。
「ライムも、トラヒコも、ユウヒも、ちゃんと戦って実力を示したっす。そりゃ、勝ち負けで考えたら相手に軍配は上がるかもっすけど、それでも試験官が突破を認めたのは頷けるっす。でも、おいらは・・・茂みに隠れて、ユウヒが怪我をするまで何もできないで・・・情けないっす」
先程まで微睡んでいたユウヒが、いつの間にか真剣な表情でネガを見つめ、首を横に振る。
「ううん、ネガ。うちは、ネガが回復してくれてなかったら、きっと脱落してた。あの乱桜会のメガネのお姉さんにも助けられちゃったけど、その後はネガの回復魔法のおかげだよ」
「でも、もっと何か・・・誰かが怪我するのを待つだけっていうのは、悲しいっすよ」
ネガは、メガネを外して、袖で顔を拭う。涙を隠しているのだろう。
「ネガ、僕も、ううん、僕たち全員、まだまだだね。まずは明日の2次試験だけど、結果がどうであっても、自惚れずに頑張ろう。訓練して、勉強して、ね」
ライムがそう言うと、トラヒコは勢いよく腕に巻いていた葉を剥がし、外を睨みつけた。
「あ・・・拙者、ついつい喋り過ぎてしまいましたな、失敬、失敬・・・」
気まずそうな声で、4人はオータの存在を思い出す。オータは軽く咳払いをし、続ける。
「拙者、1次試験を突破した11人の情報をまとめたのであるが、ご入り用ですかな?」
4人は、否定も肯定も示さない。沈黙。そして。
「あ、じゃあ、手短になら・・・」
ライムがロビーの壁にかかる時計をちらっと見てそう言うと、オータは満足気に語り始めた。
1人目、ナット。マクル国、空の羅針盤に所属。属性は雷、武器は装甲。冒険者としては遅咲きだが、実直に冒険譚の完結、本拾い、魔物討伐と満遍なく実績を積み、実力を磨いている。ギルド内では既にC級やB級との任務もこなし、武器職人の経験を活かし武器のアップデートも担っている。自身の武器を元に考案された魔具スーツの開発にも携わり、商品化に伴い会社からは自身の武器ではなく魔具スーツを使用することを条件に多額の支援を提示されたが、それを断っている。
2人目、マティーニ。コルアール国、蠍の謀りに所属。属性は木。武器は回転式拳銃。蠍の謀りに所属するメンバーは、同時にマフィアにも属しているという噂は濃厚。というのも、マティーニが普段冒険を共にしている面々は逮捕歴もあり、マフィアの一員であることが知られている。マティーニ自身もそうなのかは不明だが、コルアール国の治安が悪い地域の出身であり、そうであっても不思議ではない。本日の試験の様子から、自身が実力を認めた仲間であれば気にかけるも、そうでない者の安否は露ほども気にしない冷酷さがある。
3人目、ミュール。コルアール国、蠍の謀りに所属。属性は波。武器は鞭。性別は不明で、常に中性的な服装、仕草で、本人の口から自身の性別が語られたことはない。無口で表情からも考えが読めず、淡々と任務を遂行する。マティーニとは幼い頃からの仲で、ギルドへ入ってからも同じパーティーで冒険に出ることが多い。ミュールもマティーニと同様、マフィアへ所属している可能性が高い。
4人目、サクラ。ブジンカ国、乱桜会に所属。属性は風。武器は双刀。凛とした佇まいからも窺えるように、ブジンカ国内でも由緒ある刀使いの家系出身。乱桜会では若手の取りまとめ役で、四戦姫の中でも統率を取る。美しい剣舞は祭りや他国からの賓客を歓迎する際などにも披露されるが、戦闘にも応用されている。実は甘いものが好きで、中でも餡団子には目がない。
5人目、ルナ。ブジンカ国、乱桜会に所属。属性は闇。武器は鞠。幼い見た目だが、他の四戦姫に全く引けを取らない実力。自身の能力は周囲の視界を奪うものであるが、ブジンカ国には相手の気配を感じ取る訓練が存在するようで、仲間たちとの相性がいい。感情が表へ出にくいが、喜怒哀楽は確かにあって、親しい者には伝わるという。子ども扱いをされることに嫌気がさしているものの、場面によっては得になることも理解していて、しばしばそれを利用して大人たちからタダで色々な物を貰っている。
6人目、シズク。ブジンカ国、乱桜会に所属。属性は水。武器は薙刀。明るい性格で、誰とでもすぐに打ち解けられる。普段はお調子者で、特にサクラが一緒にいると気を抜いて軽はずみなことをして叱られるが、戦闘中は冷静な判断力を発揮する。サクラとは長い付き合いで、互いに背を任せられる間柄。よく食べ、よく飲み、よく眠る。
7人目、アオイ。ブジンカ国、乱桜会に所属。属性は光。武器は乳鉢と乳棒。代々続く薬師の家系出身。真面目で控えめな性格だが、緊急時の行動力は優れ、危険を回避するためにやや強引な行動を取ることもある。とはいえ、普段のおっとりとした雰囲気とのギャップは、周囲の男性たちを虜にしている。国では薬師として、ギルドの仕事以外にも診療所などで患者を助けている。
ここまで一気に弁を振るうと、オータは水を求め、ロビー内を徘徊していた給水魔具を呼ぶとコップに水を注いだ。
「8人目から11人目は、もちろん君たち4人のことでござるが、聞きますかな?」
オータが、もちろん聞くだろうと言わんばかりに身を乗り出したところで、ジャンベが「みなさーん、遅れてすみません!」と現れた。
「ごめんなさい、支度に手間取ってしまって」
ミツカが、ディナー用のドレス姿になっている。それを見たオータが、言葉にならない声を漏らして悶絶する。ぽかんとした顔でそれを眺める一同。ふふっとミツカが笑い、ナガレが「ミツカにかかっちゃ、並の男じゃこうなるわな」と肩をすくめる。一同は、幸せそうに気を失っているオータを残し、夕食へと繰り出した。
魔具スーツ会社、社長室にて。社長は怒りに任せ、手近にあった資料を丸めて投げ捨てた。
「なんだ、あの無様な結果は!!魔具スーツを着た者どもから早々に脱落しよって!!おまけに自爆?ありえん!!魔具スーツの宣伝どころか、欠陥をさらけ出しただけだ!!開発に携わったお前の責任でもあるぞ、ナット!!」
社長室に呼び出されたナットは、うんざりとした表情で黙って聞いていたが、努めて冷静に反論する。
「社長、事前に説明したはずです。このままでは、逆宣伝になりかねないと。魔具スーツは、自分の武器を元に開発されている、つまり武器と一緒に使い手も成長することが不可欠なのです。それなのに、武器の性能に頼りきりで、肝心の使い手がその制御すらままならない状況では、ああなることは目に見えていました。自分は何度も社長に進言しましたし、今日魔具スーツを着る者たちにも訓練を怠らないよう促していたつもりです。これは、起こるべくして起きたこと、ですよ」
途中から、ナットの語気も強くなった。社長は荒い呼吸でナットを睨みつけていたが、なんとか落ち着きを取り戻そうとするように目を瞑る。
「ナット・・・。君の警告を無視したわけではないんだ。これまでは、結果が出ていた。本拾いは順調だと聞いていた。冒険譚の完結や魔物の討伐も、空の羅針盤のメンバーに協力を依頼して、上手くいったと聞いた。空の羅針盤には、それなりの報酬を払ったぞ。実践でも使いこなせるレベルに達していると、そう思っていたんだ」
「実践、ね。我々のギルドに、おんぶにだっこな者たちばかりでしたよ。それに、空の羅針盤へ入って数ヶ月の冒険者たちも引き抜いて、そんな者たちと一緒くたにして広告に利用しようとした。『たった数ヶ月でC級冒険者に』などと甘い宣伝文句がまかり通れば、今回のような者たちがさらに増える。今回は、試験という場であったから命の危険はなかったが、これが冒険譚の中だったら?あの魔具スーツを商品化すること自体は賛同しますが、売り出し方には反対です」
ナットは社長に一礼すると、「失礼します」と踵を返した。
「なあ、ナット。お前だったら、あの魔具スーツの性能をもっと引き出すことが出来るだろう?今からでもいい、2次試験だけでもいいから、魔具スーツを使って戦ってくれ。そうでないと・・・」
社長がナットの腕を掴み、引き止める。ナットが振りほどけば、社長は部屋の反対側まで飛んでいくだろう。
「社長。自分から言えることはこれだけです。魔具スーツは、使用者の鍛錬あってこその武器。楽に強くなる武器ではなく、使用者と一緒に成長する武器。その可能性は無限大。そう宣伝すべきです」
「それは、理想だ。世の中の者たちは、楽に早く強くなりたいと思っている。それを叶えることで、これまで冒険者になることを尻込みしていた者たちも、冒険者になりやすくなる。冒険譚に挑む冒険者も増え、持ち帰る魔具の数も増える。そうすると魔具の研究開発も進み、国も発展する。何も私利私欲で言っているわけではないんだ、お前も国のために協力してくれんか」
ナットは、全力で社長を振りほどきたい衝動を必死で抑えた。
「楽に早く強くなりたい、なんて者は、冒険者になんかなるべきではない。そんな者たちに国の未来を託すくらいなら・・・」
これ以上、国の発展など望まない。そこまでは口に出さず留めた。ナットは振り返り、そっと社長の手を自身の腕から離すと、改めて一礼しそのまま社長室を後にした。
明日は、2次試験。




