33.運び屋
午前中に訓練場で汗を流したライムは、ギルドでシャワーを浴びると、その間にレポートを書き上げて待っていたネガと、今日は午後から退勤となったジャンベと、合流した。これから寮に戻ってゆっくりしようか、などと話しながらギルドを出ると、ナガレが愛車のトランクを開けて荷物を詰め込んでいるところであった。
「おう、ご苦労さん」
3人に気づいたナガレが、軽く手を挙げて声をかける。
「こんにちは」
ライムたちも挨拶を返す。ネガはまじまじとナガレの愛車を眺め、「相変わらず、かっこいいっすね」と呟く。
「まあ、な。色々と、それなりには手をかけてるからな」
意外にも素っ気なく、それでいて渋く色気のある声でナガレが返す。そして。
「と、女の子に褒められた時は、こう返す。これくらいが丁度いいんだ。だがな、野郎同士なら違うぜ、よく聞け。これはデュアルエースっていう車種の前期A型だ。人も荷物も多く運べるうえに、エンジン魔具を弄ってあるから加速もいい。この形の車は前輪駆動が多いんだが、こいつは後輪駆動。車高も少し下げてある。テクニックは必要だがドリフトだって出来る。車高を直して、サスペンションとタイヤを交換すればオフロードだっていける。今、エンジンかけるな。中も是非見てくれ、こっちが・・・」
途端に饒舌になり、いきいきと話し出すナガレ。気圧されるライムとネガであったが、ジャンベは目を輝かせてナガレについてまわる。
「凄いです!ジャングルから出るまで、車なんて滅多に見たことなくて・・・乗ったのも、この街に来る時のバスが初めてだったから。いいなあ、かっこいいなあ」
「そうか、ジャンベ。お前も車が好きか。なかなか見所があるじゃないか。それじゃあ、鑑定士の仕事を一生懸命頑張って、お金を・・・」
ふと、言葉を止めるナガレ。
「鑑定士は、どうだ。もう慣れたか?」
優しい声色で尋ねるナガレに、ジャンベは少し首を傾げながらも笑顔で返す。
「はい!最近、やっとCランクの冒険譚を鑑定できるようになってきて・・・C級鑑定士なんだから、そんなの当たり前なんですけどね・・・でも、他の鑑定士さんたちも皆さんいい人ですし」
「そうか」と頷くと、ナガレは残りの荷物を愛車に詰め込み、振り返る。
「お前たち、ちょっと俺の仕事に付き合わないか?飯、奢るぜ」
これには、ジャンベだけでなく、ライムやネガも目を輝かせた。
走り出した車の後部座席で、ライムはジャンベに小声で話しかけた。
「ジャンベ、やっぱり鑑定士の仕事は忙しそうだね」
「でも、皆さんよくしてくれますし・・・」
「気になったのはそこ、なんだよね。僕、故郷ではあんまり周囲に受け入れられていなかったからさ。ジャンベがそうじゃないといいなって思ってたんだ」
ライムの言葉に、ジャンベの笑顔が少し曇る。
「ああ・・・。ボクは、本当はC級なんて身の丈に合ってなかったんじゃないかって、ずっと思っていて・・・だから、周りの鑑定士の皆さんが、ボクにその・・・素っ気ないのも、それはそうだろうって思ってました。でも、スドウルさんっていう鑑定士の先輩が、マスターやショウノジンさんが認めた才能なんだから自信を持てって言ってくれて・・・。やっぱり、そのお2人に推薦して頂いたっていうのは、プレッシャーですけど、でも疑うのはもっと失礼だなと思って、頑張ることにしたんです。そしたら、少しずつ鑑定も安定してきて、最近は他の鑑定士さんたちも、本当に良くしてくださるようになって、だから今は大丈夫です」
少し無理をしているようなジャンベの言葉に、ライムとネガはちらっと顔を見合わせたが、とりあえず頷いた。先程のナガレが頷いた姿と自分たちの姿が重なって感じられた。
「そのスドウルって奴は、信用できそうか?」
運転席から、ナガレが問いかける。
「はい、それはもちろんです。不思議な人だけど、悪い人じゃないと思います」
ジャンベに笑顔が戻る。それを見て、ライムもネガも、それは本当なのだとわかった。バックミラー越しにジャンベの表情を伺ったナガレも、「そうか。それならよかった」と返し、車の窓を開けた。
爽やかな秋風が吹き込んでくる。通りの木も紅葉している。ライオンタウンの中でも人通りの多い道沿いに、ナガレは車を停めた。
「よし、荷物運び、手伝ってくれ」
ナガレの指示通り、箱詰めされた荷物を店に運んでゆく。服屋、飲食店、様々な魔具を扱う店。宝石店への荷物は、ナガレ自ら運んでいった。ゆく先々で、ナガレは店員らと親しげに言葉を交わし、報酬を手渡されると機嫌よく戻ってきた。
「ナガレさん、顔が広いですね」
感心したように思わず口にしたライムへ、運転席の窓を開けてタバコを吸いながらナガレが返す。
「まあ、な。仕事柄、自然と顔見知りが増えるんだ。そっから、取引先も増えていったりしてな」
「運び屋さんって、ナガレさん以外にあんまり見ないっすよね」
ネガはそう言うと、過ぎてゆく道を振り返ったり辺りの通りを見渡す。
「俺以外にいないってことはないんだが、大抵は注文の入った品を届けるような配達が多い。俺がさっきの通りでやったのもそれに近いし、ほら、あのトラックなんかよく見かけるだろ。ただ、俺の場合はそれに加えて、相手が欲しそうな物も持っていく。国内、たまに国外にも出て各地でいろんなものを仕入れてくるんだ。貴重なものもあるから、少し高くても取引相手が欲しがることもよくある。そうこう続けているうちに、一般の配達業者には頼めない依頼が舞い込んでくる。そういう感じの運び屋っていうなら、滅多にいないだろうな」
感心する3人。
「ニマール国の外、いつか行ってみたいな」
まだ見ぬ世界を想像し、ワクワクするライム。
「おいらもっす。クジラシティにいる兄者は、何度か国外に出たことがあるって聞いたっすけど。おいらも、いつか・・・」
ネガは窓の外、遠くを見つめる。
「ナガレさん、聖地アーケには行ったことありますか?」
何気ないジャンベの質問に、ナガレはむせ返り、慌ててタバコを車内の灰皿に押し付けた。
「そ、それは、流石にないな。げほっ、行ってみたいとは思うけどな、げほっ」
「是非、お越し下さい!ナガレさんの車なら、ジャングルの途中までは行けそうですし、そこからは歩いて案内します!あ、そういえば・・・スドウルさんも、聖地アーケについて知りたそうな感じでした。聖地アーケが地図に載っていないとか。それに、聖地アーケの民、ウボンレイ族と冒険譚の関わりを知っている人からは好奇の目を向けられるだろうって、心配してくれました」
「聖地アーケ、ジャンベの故郷だよね。それが地図にないって?」
ライムが驚くと、ネガは「おいらは、実は知ってたっす」と述べる。
「ジャンベのことを、ショウノジンさんがウボンレイ族って仰った時に、気になってギルドの図書館で調べたっす。でも、ほとんど文献がなくて、聖地アーケに暮らす鑑定の才能がある一族って書かれているだけで・・・そして聖地アーケを調べようにも、地図には載ってなかったっす」
「そっか・・・。ごめんね、ジャンベ。僕は、君の素性とかよりも、今の君を知りたくてそれで精一杯だった。ジャンベが、とても純粋で一生懸命な子だって分かって、それで満足しちゃってた」
ライムの言葉に、ジャンベは笑顔で大きく頷いた。
「それにしても、そのスドウルって人は、なんでジャンベに好奇の目が向けられるかは教えてくれなかったんすよね。別に、鑑定の才能に優れた一族だっていうだけで、悪いことはないと思うんすけど」
ネガが首を捻るのを、バックミラー越しにちらっと見やると、ナガレは「お前たち、少しの間身を屈めててくれ」と声をかけた。
車は、治安の悪い地域へと入った。夜になれば途端に騒がしくなり、煌々と明かりが灯るのであるが、今は嘘のように静かである。夜行性の地域、といったところか。ナガレが車を停め、「お前たちは、ここにいろ」と残して去ってゆく。ライムがそっと頭を上げて窓の外を窺うと、シャッターの閉まった寂れた店の前で、スキンヘッドで屈強な男がナガレと親しげに話しているのが見えた。男はナガレに、黒い布袋を差し出し、ナガレがさりげなく辺りを見渡すと、そっと札束を返した。
「ジャンベ?ジャンベ!?座るっす!」
突然、ネガが慌てて囁く声が聞こえ、驚いて頭を下げたライムが振り返ると、ジャンベが窓の外をみつめ放心したように身を起こしていた。ネガがジャンベの服の裾を掴んで引っ張るが、全く気がついていない様子だ。ライムも一緒になって、半ば無理やり、ジャンベを座らせる。ジャンベは、特に暴れたりするわけではないが、ひたすらに窓の外を見ようと首を伸ばしていた。
運転席のドアが開き、ナガレが戻ってくる。ジャンベの様子、それを取り押さえているライムとネガの様子に気がつき、「お前たち、少しだけそのまま辛抱してくれ」と言うとナガレはエンジンをかけ、車を出した。
しばらくして、「もういいぞ、ほら」と、ナガレが後部座席に黒い布袋を放った。ライムとネガはやれやれと体を起こし、ジャンベは布袋を掴むと、中に手を差し込んだ。
「え、これ・・・」
ライムとネガが驚く。ジャンベが取り出したのは、数冊の冒険譚であった。
「未完の冒険譚を、冒険者じゃない人間が拾ってしまうこともある。大抵は、ギルドに連絡がいくんだが、ああいう連中が拾うと厄介でな。すぐに金を絡ませようとする。いや、むしろああいう連中は金さえ出せば後腐れなく渡してくれるからいいんだが・・・。まあ、今回はあの地域の奴らが拾ったってことで、竜の筆へ直接交渉を持ちかけてきたんだ。で、俺に白羽の矢が立ったってこと」
「でも、ギルドがわざわざ交渉に応じるものなんすかね。そりゃ、確かに放っておいたら中から魔物が出てきたりして危険かもしれないっすけど、それは手元に置いてる側が1番危ないっていうか・・・」
ネガの疑問に、ライムも頷く。
「ごめんなさい、またいつの間にか・・・ぼーっとしちゃって」
正気に戻ったらしいジャンベが、首を振り、目頭を押さえる。
「あの時の、オロチ山の時と同じ感じ?」
ライムが尋ねると、ジャンベが頷く。
「でも、ボクじゃ鑑定できなさそうです。つまり、Bランク以上は確定なのかなと」
しばらく黙っていたナガレが、おもむろに口を開く。
「奴らは竜の筆が交渉に応じず、自分たちに危険が及びそうだと判断したなら、国軍へ引き取ってもらうだろうな。奴らがその本のランクを知っていたかまでは分からないが、今ので俺はよくわかった」
ナガレは車を加速させ、ギルドへの道を戻った。
ギルドの前で、ライム、ネガ、ジャンベは車を降りた。それぞれ、紙袋を提げ、ハンバーガーを齧っている。ほとんどギルドまで帰ってきたところで、「そういえば」という3人の視線に気がついたナガレは、慌ててハンバーガー屋へと寄ったのだ。
「悪いな、今度はちゃんとした店に連れて行くから、今日はこれで勘弁してくれ」
仲良く並んで寮へ帰っていく3人を見送ると、ナガレは黒い布袋を手にギルドへと入った。広間の椅子に、スドウルが腰掛けている。ナガレはスドウルの前に、布袋を差し出した。
「どうも、ご苦労様です」
スドウルは白い手袋をはめ、布袋から冒険譚を取り出すと、ぱらぱらとページを捲り始めた。そして、メモ帳を取り出すと、1枚1枚にぶつぶつと何事か呟きながら走り書き、冒険譚の表紙に貼り付けてゆく。1冊を除き全ての本に貼り終わると、冒険譚は光を放って、消えた。メモ用紙に書かれたのは、それぞれのあらすじであったようだ。
「それで、問題はこの1冊ですね。私が鑑定できないということは、つまりそういうことなのでしょう」
「やっぱりか。『自称』B級鑑定士のスドウルさんがそう言うなら、な」
スドウルが、銀縁眼鏡を中指で正した。
「あんた、本当はAランクのも読めるんだろう?だから奴ら、鑑定士にあんたを指定してきたんだ。未完の冒険譚を渡したら10万ブク、もしも鑑定の結果Sランクが含まれていたらもう10万ブク、ってな」
「そもそも、鑑定士として働く上で昇級試験を受ける義務はありませんので。Aランクの冒険譚を鑑定できるからといって、A級鑑定士にならなければいけない規則はありません」
「あんた、随分あっちの奴らに信用されてるじゃねえか。そもそも、奴らが竜の筆を名指しで交渉を持ちかけてきたのも、この1冊をチラつかせたかったからだろう。竜の筆がSランクの冒険譚を集めている、国内で唯一のS級鑑定士、ショウノジンの爺さんと手を組んで。そして、どうやら『目当てのSランク』じゃなかったら、さっさと国軍に渡している。つまり、竜の筆は国軍よりも先にSランクの中身が知りたいらしい、交渉に応じなければさっさと国軍にこの1冊を渡しちまうぞ、ってな」
コーヒーに口をつけ、ゆっくりと飲み下すと、スドウルが述べる。
「Sランクの冒険譚は、その存在自体が危険でもあり、実力のある冒険者や鑑定士の集まるギルドが回収することは責務でもあります。そして、現在Sランクの冒険譚の攻略は、国軍が担っております。現役のS級冒険者が在籍するギルドが少ないからです。ですから、鑑定を終えたSランクの冒険譚を国軍へ引き渡すこともまた、当然のことでしょう。回収と攻略の役割分担をしているに過ぎません。今回の交渉に関しては、あの者たちがSランクの冒険譚を所有し続けることで、予測不能な事態が発生しかねませんから、一刻も早くギルドの所有下に置くべきとの判断でやむを得ず受けたまでのこと。詳細はどうぞ、ご自分でマスターの方から」
スドウルが恭しく、階段の上を示す。ナガレはタバコを取り出し、「悪いな」と断ってから火を点けた。
「まあ、いいや。俺が言いたいのは・・・ジャンベのことだ」
「この本に反応したのですか?」
「前の、オロチ山の件と同じ感じだったらしい。ただ、正気に戻ってからは、自分じゃ鑑定できないランクだってことしか言ってなかったな」
スドウルは、一点を見つめ考え込む様子であったが、しばらくしてまたコーヒーに口をつけた。
「そうですか。では、この1冊も、すぐに国軍送りでしょう」
「なんて言うか・・・詳しくは分からねえけど、俺も今回のことで気が引けたぜ。あの子を、その、『判断する魔具』扱いするのは。あの子はあんたを信頼してる。だからあんたも、ただ利用するだけっていうのは、やめてやってくれよ」
スドウルはメガネを外し、レンズを拭くと、またかけ直した。
「仕方がないでしょう。ウボンレイ族にしか出来ないことですから。我々が利用しなくても、誰かが利用するでしょう。少しでも、彼が全てを知った時に協力したいと思えるような者が利用すべきです」
「うへえ・・・その考え方、怖ぇな・・・」
ナガレは首を力なく振ると、でんえんのウェイトレスに「今日は甘いものが食べたい気分なんだ、おすすめはあるかい?」と渋い声で尋ねる。ウェイトレスたちがはしゃいでいる様子を眺め、スドウルが立ち上がりかけると、ナガレがその手を掴んだ。
「おっと、逃がさねえぜ。今日はあんたの化けの皮、引っ剥がしてやるからよ。お嬢ちゃんたち、こっちの人にも同じのを」
ため息をつくスドウルにも、ウェイトレスたちが盛り上がる。
地下の酒場。スキンヘッドの屈強な男が、個室へ入る。既に、ザンデラとその取り巻きが集まっていた。
「例の本は、向こうに渡りました。追加の報酬もさっき届いてます」
退屈そうに葉巻を吸うザンデラ。
「そりゃあ、Sランクは混ざってただろうよ。こっちもわざわざ、国外のA級鑑定士を雇ってんだからな。問題は・・・あのウボンレイ族のガキが反応するかどうかだったんだよ」
煙とともに深く息を吐き出す。
「研究機関の方はどうだ?」
スキンヘッドの男の後ろから、細身の男が現れた。
「病院へ入った通報は、国立研究機関が傍受しています。通話だったので、ギルド側に検知システムは働かなくても、通話相手の病院からは情報が漏れています。おそらく、通報したのはギルドの夜勤職員でしょう。通報内容から状況を推測した研究機関が、筆頭研究員と調査員を派遣。やはり登場人物の身柄は研究機関にあります。この目で確かめるには時間がかかりそうですが。先日、ギルドから当該事案の関係者であるD級冒険者が事情聴取を受けています。淡々としたものでしたが、記録用の魔具が停止した後もしばらく、筆頭研究員と冒険者の会話があったようです。引き続き潜入を続けます」
感情の読み取れない淀みない口調。ザンデラは頷いて返した。
「エピローグの迎え方か、やっぱりな。だから、俺が最初に辿り着く」




