32.事情聴取
重厚な門が開くと、名を確認される。トラヒコが答えると、既に周知されていたのか、対応した屈強な男性たちが道を開け、代わりに国章の刺繍されたジャケットを羽織った女性が案内を引き継いだ。
昨夜、トラヒコはマスターに呼び出された。国の研究機関から、先日の「登場人物出現事案」について、ライム、トラヒコ、ユウヒ、ネガの4名に出頭が要請されていることを告げられた。あくまでも要請という言葉を使っているが、暗黙の命令であることはトラヒコにもよくわかる。そして、マスターがまず自分だけを呼び出した理由も。
「おそらく、要請自体は拒否出来ないだろう。ただし、4人全員が出頭しなくてもよいように計らってもらうことは可能だと思う。トラヒコ、どうだろうか」
自分だけが出頭すれば済むのであれば、それが1番良い。
「お願いします。他の3人には黙っておいてください。俺が行きます」
マスターに、トラヒコは頭を下げた。
「さっきのは、国軍ですか?」
トラヒコが、先をゆく女性に声をかける。
「ええ。研究施設の警備を担っていただいていますので」
女性は振り返らないまま答えた。廊下にはずらりと扉が並んでいるが、ギルドの研究室のように中の様子は見えない。音すらも遮断されているのか、施設内は静まり返っている。
「こちらになります」
案内の女性が立ち止まると、通常なら扉の鍵穴のある場所に人差し指で触れる。しばらくすると、扉がうっすらと光り、ゆっくりと開いていった。
「こちらで、しばしお待ちください」
トラヒコに部屋へ入るよう促すと、女性は去っていった。部屋の中は小さな応接室のようになっていた。長いソファが向かい合わせになっていて、間に背の低い机が置かれている。トラヒコは室内を注意深く見渡し、監視や盗聴に使われている魔具がないかを確認した。いくつか発見したが、そのままにしておく。
今頃、他の連中はどうしているだろうか。ライムは訓練場だろう。ネガは回復魔法専門学校の講義に出ているかもしれない。ジャンベは鑑定士の仕事か。ユウヒは・・・まさか買い物や外食にかまけていないだろうか。新しい魔法陣の1つや2つ学んでいればいいのだが。ソファに座り、わざと監視用魔具を睨みつけるトラヒコ。そして目を閉じ耳を澄ませてみたが、やはり音が遮断されているようで、外の足音は聞こえない。
突然、扉が先程と同じようにうっすらと光った。立ち上がり、扉へ向かい身構えるトラヒコ。入ってきたのは、先日ギルドへ現れた青髪の女性、ハッコであった。
「お待たせしました。御足労、どうもありがとう。手短に済ませましょう」
ハッコはトラヒコに目を合わせず、向かいのソファへ腰を下ろし脚を組んだ。
「あんたが直々に来るなんてな。まあ、そっちにとっては今回のこと以外で、俺に聞きたいこともあるだろう。まさか今更、俺の・・・」
「早速ですが」
トラヒコの言葉を遮り、ハッコが切り出す。
「今回、登場人物が外部へと出現した件について、冒険譚の内容からおさらいしましょう。貴方は聞かれたことに淡々と答えればよろしい」
「けっ、その最後の言い方、昔と全然変わらねえな」
幼い頃の記憶が、ふっと蘇る。
重厚な門を出ると、トラヒコは振り返り、閉ざされて既に中は見えない施設を睨みつけた。結局、ハッコからトラヒコへの一方的な事情聴取は、事務的なもので終了した。トラヒコがあえて隠したり、嘘をつく必要は全くなかった。おそらく、だいたいのことは既に研究機関も把握しているのだろう。そして、トラヒコからもハッコへ質問をすることはなかった。聞いても、モッチから得た情報以上のものは出てこないだろうという確信があった。
一通りの事情聴取の後、ハッコが軽く手を掲げてどこかへ合図をすると、一斉に室内の監視・盗聴用の魔具が停止したのがわかった。「どうせ、気づいていたでしょう?」と、悪びれない様子でハッコは薄い笑みを浮かべた。
「貴方、エピローグへはどこまで近づいたの?」
あまりにも突然核心を突かれ、一瞬言葉が出なかったトラヒコだが、すぐに平静を取り戻す。
「あんたらは常に聞き耳を立ててるんだろう?検知システムとやらで。それで聞いててわからねえのか?」
「へえ、検知システムのことも知ってるの。ふうん、モッチね」
情報の出処もお見通しのようだ。
「ひとつ、教えておいてあげる。我々の検知システムは国中に張り巡らされているけれど、冒険譚から現れる命の検知以外のシステム、傍受や監視について、竜の筆は影響を受けていないわ。というよりも、命の検知だけ意図的に防がれていない。それはギルド員の安全に繋がるから。他にも、いくつかの優秀なギルドや施設、特定の場所・・・我々のシステムから逃れられる場所はあるということ。もちろん、それなりの対策を講じる能力がなければいけないけれど」
「なんで、そんなこと俺に教えるんだよ」
「本当に、わたしは貴方がどこまで知っているのかを、知らないってことを説明したかったの。でも、今の反応で、貴方がエピローグを知っていることまでは分かったわ」
沈黙。そして。
「教えるわけ、ないだろう。まあ、そのうち俺が、お前らよりも先に辿り着いてやるから指咥えて見てろよ」
トラヒコはソファから立ち上がると、部屋を出ようとする。ふと、ユウヒの心配そうな顔が浮かんだ。
「で、あの登場人物はまだ生きてるのかよ」
背を向けたまま、ハッコへ問いかける。ハッコも席を立ったのか、コツン、コツンとヒールの音が近づいてくる。
「先程の質問に答えてくれたら、教えてあげる」
思わず、腹が立って振り返るトラヒコ。ハッコは、変わらず薄ら笑いのままだ。
「冗談よ。事情聴取のお礼。ちゃんと生きてるわ。意識の回復に至るかは別問題だけれど」
ハッコから視線を逸らせ、言葉を探しながら、トラヒコが問う。
「目、覚ます可能性は、あるのか?」
ハッコは右手を顎に当て、思案する。
「我々の想像力次第、でしょうね」
技術力ではなく、とハッコは続けると、トラヒコが口を開く前に扉を開けた。トラヒコが視線を戻した時には、ハッコは薄笑いですらなかった。これ以上の会話は無理であるとトラヒコはよく理解していた。
「最後に会った時と、同じ顔だな」
幼い頃の記憶が、ふっと蘇る。
ライオンタウンの町並みを歩いていると、向こうからクレープを片手にユウヒがやって来るのが見えた。トラヒコに気がつくと、「やばっ」という表情で顔を隠す。
「おい、随分ヒマそうだな」
「あの~、今日は午前中にギルドで魔法の勉強したから・・・って、あんたこそどこ行ってたのよ」
トラヒコは、さっさとユウヒとすれ違い、歩みを止めない。ユウヒがムキになって追いかけてくる。
「なによ、あんただってサボってたんなら、うちのこと言えないじゃん!」
「サボってたんだな」
ボロを出して、ユウヒが「うぐっ」と黙り込む。ユウヒが立ち止まった気配がした。
「例の件で、事情聴取を受けてきた。スミ、ちゃんと生きてるってさ」
トラヒコも立ち止まり、振り返らないままそう言うと、再び歩き出す。振り返らないままでも何故か、ユウヒが笑顔になったのが分かる気がした。
竜の筆にて。
「次のC級冒険者試験、あの子たち受けるのかしら」
ミツカが、並んだ鉢に植えられた花々の香りを確かめながら呟く。
「皆さん、資格はお持ちですから。折を見てご案内させていただく予定です」
自分の選んだ花でミツカに作ってもらった香水を受け取り、モカが答える。
「ライムさんたち、どんどん頼もしくなってますもんね。でも、無理だけはしないで欲しいです」
ミツカに教えてもらった花でお茶を淹れるヨモギ。
「そうねえ。でも、C級はちょっとだけ無理しないと、合格するのは難しいかも」
ミツカが花の1つに接吻すると、ミツカの肌が潤い、花は一瞬で萎れてしまった。




