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31.想像力の限界

 研究室の白い扉をノックして、しばらくするとモッチが扉を開けてくれた。モッチの頭にはメモリーモスがのっていたけれど、ライムたちの姿を見ると慌てて天井付近を飛び始めた。

「もう情報は聞いてる。冒険譚の中から登場人物を出したこと。そして、それが成功したってこと」

モッチが椅子に座ると、地面からピンク色できのこ型の椅子が4つ生えてきた。

「成功・・・って言っていいんでしょうか。うちら、スミに危険なことが起きるかもってどこかで思ってたのに、止められなくて・・・」

ユウヒをまじまじと見つめると、モッチはこくりと頷いた。

「うん。だって、冒険譚から登場人物が出てきて、消滅も死亡もせず未だに生きているってだけで、初めてのことだから。君たちがあの登場人物に、何をしたのかは分からないけど」

ユウヒが、ライム、ネガ、トラヒコと順番に顔を見合わせる。各々に、何かをした自覚はない。

「国の研究機関にどうして察知されたのか、わかりますか?」

トラヒコが真剣な顔で尋ねる。

「多分、君たちが冒険譚から出るときに、命の反応が5つだったから。国軍や研究機関は国中に、冒険譚へ出入りする命を検知するシステムを張り巡らせている。竜の筆も、それの圏内だと思う。普通は魔物が出てきた際に迅速な対応をするためのもの。だけど、同時に病院へ緊急連絡が入った。対象は冒険者ではない、でもどうやら冒険譚から出てきたようだ。検知システムに魔具の通話を傍受するような機能があるのかは知らないけど、状況を把握した人物が冒険譚から登場人物が出てくる可能性を想定していたのなら、自分の目で確かめると思う」

モッチは、その「状況を把握した人物」が誰なのか、分かっているような口ぶりだ。トラヒコもそれには気がついていながら、モッチの言葉を聞き、黙って頷いた。

「さっき、冒険譚から登場人物が出てきて、消滅も死亡もしていないのは初めてってことだったっすけど、これまでそういう事例があったってことっすよね?」

ネガの言葉に、モッチは頷く。

「冒険譚の登場人物にそもそも命はあるのかっていう疑問から研究は始まってる。ある時までは、冒険譚から出た登場人物はその場で消滅していた。だから、登場人物に命はなくて、あくまでも冒険譚を構成する一部だと考えられていた。ところが、ある時、冒険譚から出た登場人物が、消滅せずに現実世界で死亡した。即死ではあったけど、消滅はせずに肉体が残っていた。だから、登場人物にも命はあって、だけど現実世界では生きられない、エラ呼吸の生き物が陸の上に出されてしまったような状態、だと思われていた。研究が進んで、どうやら登場人物が現実世界に出てきた時に、あまりにも多くの情報が脳内に飛び込んできて、簡単に言えば想像力の限界を超えてしまうことで、脳の機能が停止してしまうという仮説が立てられた。冒険譚から出てくるもの、魔具や植物にはそもそも想像力がない。魔物にも、以前君たちのおかげで分かったように、記憶や本能、ある程度の計画性はあるかもしれないけど、想像力はないから現実世界に出てきても影響を受けない。登場人物は現実世界の人間のように想像力があるけれど、冒険譚という情報の限られた世界から、無限の情報が溢れる現実世界に出てきてしまったら、脳の許容量を超えてしまうかもしれない」

モッチの説明を聞き、自分たちとスミとの関わりを思い返し、ふとライムが呟く。

「ということは、スミにとって、現実世界は想像の範囲内だったのかな?」

「もしかして、こっちの世界のこと、こっちでやりたいこととか、色々想像してたのかも。ううん、きっとそうだと思う」

ユウヒも強く頷く。

「でも、そうすると、はじめのうちに冒険譚から出てきていた登場人物が消滅していたのは、どういうことなんすかね・・・」

ネガが首を傾げ、天井を見上げる。メモリーモスと目が合って、慌てて正面に視線を戻した。モッチはじっとネガをみつめる。モッチの視線にも耐え切れなくなったネガは、助けを求めるようにライムやユウヒへ視線を送った。

「今、モッチさんが言ったことは、国の研究機関も同じ見解なんですか?」

トラヒコが問う。

「うん。多分」

モッチが答える。そして、先程のネガの疑問に答えるように、付け加えた。

「でも、想像力が足りないのは、現実世界の方かもしれない。冒険譚から登場人物が現れるなんて信じられないと、こちら側が受け入れられなかったら、本当はあるものだってなかったことにされてしまうかもしれない」

モッチが立ち上がる。

「今日は、おしまい。研究の時間」


 ギルドを出て、公園で一休みする4人。

「スミ、うちらとこっちで過ごすこと、いっぱい想像してたんだね、きっと。うちらが想像していたよりずっと。モッチさんの、想像力が足りないのは現実世界の方かもって話、めっちゃ納得した」

ユウヒが、目に溜まった涙を拭いた。

「マスターが言ってた、冒険譚の中でのことはあくまでも冒険譚でっていう話も、わかるな。僕たちの判断、完結のさせ方で、冒険譚の中で出会った大切な人を危険に晒してしまうってことだから」

ライムの言葉に、ネガも頷く。

「登場人物が、現実世界でも無事に生きられる保証が得られるまでは、おいらたちが安易に連れ出しちゃダメっすね」

トラヒコが、公園の遊具で遊ぶ子どもたちを見つめ、静かに呟く。

「完結させちまったら、もう俺らがその本に入ったり、中から連れ出したり戻したりは出来ないんだ。だから、その時の判断をやり直したりは出来ない。俺はもう、既に完結させた冒険譚のことで悩むなんて、御免だ」

今日は、ユウヒもトラヒコの言葉に噛み付かない。

「みなさーん!」

向こうから、ジャンベが走ってくる。現実世界ではまだ3日と経っていないが、ライムたちにとっては随分久しぶりである。沈み気味であった4人にも、少し笑顔が戻った。


 殺風景な廊下を、姿勢正しく歩く銀縁眼鏡の男。白い扉の前、白衣を纏った桃髪に声をかける。

「おや、モッチ。奇遇ですね」

「スドウル。久しぶり」

スドウルは物腰柔らかく、ゆっくりとモッチへ歩み寄る。

「貴女、あの夜も広間にメモリーモスを放っていたのでしょう?当然、既に状況も把握されていらっしゃると思いますが。いったい、何が起きたのでしょう」

モッチは、じっとスドウルの顔をみつめる。スドウルも、笑みを崩さず、モッチから目を離さない。

 ふと、モッチが白衣のポケットから、桃色のペンを取り出した。カチッという音と灰色の光を残し、モッチは姿を眩ませた。後に残されたスドウルは、笑顔が苦笑に変わり、ため息をついた。

「おやおや、逃げられてしまいましたねえ・・・」


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