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3.出会い

 靴紐をしっかりと結び、宿を後にする。

 安宿だったので朝食は出ず、洗面所で歯を磨いて顔を洗って、リュックを背負って外に出た。朝日が心地よい。早めにギルドに行って、今すぐにでも加入の手続きをしたい。何時から受付が開くのか、ルンポに聞いておけばよかったと思うが、それでもライムの足取りは軽かった。


 ギルドの中は、昨夜の雰囲気とは打って変わって、忙しなかった。掲示板にせっせと文書を貼っていく女性。でんえんの暖簾は既に出ていて、これから冒険に出かけるのか、装備を整えている冒険者たちに店員が朝食を運んでいる。それとなく、ヨモギの姿を探したけれど、見つからない。

 どうやら、冒険者ではないギルドの職員は制服を着ているようだ。掲示板に文書を貼る厳格な雰囲気の女性も、慌ただしく受付奥で書類を確認する男性も、「あ、受付は8時30分からですよ」と教えてくれた声の綺麗なお姉さんも、制服姿だ。

 受付が開くまでの間、自分も朝食をとろうと、遠慮気味に暖簾をくぐる。でんえんの中は座敷やカウンター席がいくつかあって、そちらへは冒険者ではない人々が、出勤前の朝飯を食べに寄っているようだ。

「あの、朝定食を・・・」

ライムが声をかけると、後ろから「声が小さい!」と背中を叩かれ、思わず背筋が伸びた。

「朝定食だね、あっちで待ってな」

そう言いながら、ハクビが厨房に入っていくと、勝手にフライパンや鍋や調味料が、ハクビの方へふわふわと浮かんで集まっていった。あっちで待っていろと言われたものの、ラクダ村ではあまり見かけなかった、日常から魔法を使いこなす様子に釘付けになってしまった。

 運ばれてきた朝定食は、茶碗に大盛りの米と分厚い卵焼き、カリカリのウインナー、ポテトサラダに味噌汁、漬物。美味しくて、夢中になってかきこむ。麦茶を一気に飲み干した頃、受付が開いたのか、何人かの冒険者たちがぞろぞろと向かっていった。

 列に並んで、順番を待つ。さっきの声の綺麗なお姉さんが、「お次の方どうぞ」とにっこりしながらライムに手を振った。

「あの、ギルド加入の手続きがしたいのですが・・・」

「はい!冒険者として、ということでよろしいですか?」

頷くライムに、お姉さんは「かしこまりました」と言って、書類を取り出した。

「わたし、受付担当のモカと申します。冒険者ギルド竜の筆について、ご説明いたしますね」

モカの説明によると、こうだ。まず、大半の冒険者ギルドでは、受付や事務作業を担当する職員がいて、依頼の発行を行う。依頼には、「未完の冒険譚を完結させるためのもの」と、「未完の冒険譚を起因とした現実世界での事件を解決するもの」と、「未完の冒険譚を探索するもの」と、がある。冒険者としてギルドに加入した者は、そのいずれかの依頼に取り組み、成功を目指す。成功すれば報酬が出る代わりに、冒険で得た拾得物は一旦ギルドに預ける形となる。依頼にはランクがあり、関係する未完の冒険譚のランクによって付けられる。ランクは、ギルド所属の「鑑定士」によって決定される。冒険者にも同様にランクが存在し、自分のランクと同レベルの依頼に挑戦することが推奨されている。特に、竜の筆では、ギルドマスターの方針として身の丈にあった依頼を受けるよう皆言い含められている。

「と、噂をすれば」

 モカがにっこりと立ち上がり、入口の方にお辞儀をする。一斉に、「ああ、おはようございます!」、「マスター、どうも」、「今日こそは完結を目指して行ってきますよ!」、と賑やかになり、その先には眩しいくらに輝く金髪と筋骨隆々の身体をした中年の男性が、手を挙げて皆の挨拶に応えていた。

「あの方が、竜の筆のギルドマスター、エレンドさん」

受付の方にも「おはよう」と声をかけて、マスターは正面階段をのぼっていった。

「なんだか、凄い風格のある方ですね・・・。ご挨拶しようとしたのに、全然動けなかったです・・・」

「ああ、それなら、ご安心ください」とモカ。

「手続きが済んだら、マスターと面接です」


 面接、と聞いた途端、腹の中で先ほどのウインナーが暴れだしたように感じた。ライムが腹をさすりながら正面階段をのぼり、そのまま真っ直ぐに廊下を進むと、2匹の竜が持った筆を交差させている絵の刻まれた、大きな扉についた。扉の前まで、モカはついて来てくれた。

「大丈夫、マスターは優しい方ですし、そんなに緊張しなくても」

ライムがドアをノックしかけるところまで見届けて、モカは一礼すると来た道を戻った。

深呼吸をして、3回、手の甲で扉を叩く。すると、絵の中の竜たちが筆の交差を解いて、自ら扉が開いていった。

「どうぞ、お入りなさい」

マスターは大きな椅子に座り、その前には既に同じ大きさの椅子が向かい合うように置かれていた。

「し、失礼します」

恐縮しながら、何度も頭を下げて、ライムは椅子の横に立つ。マスターに促されると、また何度も頭を下げながら椅子に座った。

「名前を、伺ってもいいかな」

「は、はい!ライムといいます。ラクダ村から参りました」

「ライムくん。竜の筆にようこそ。私が聞くことは1つだけだ。君は何故、冒険者になろうと思ったのかな」

リュックの中の、冒険譚が、鮮明に頭に過る。

「僕の、両親は、僕が物心付いた時にはいませんでした。でも、10歳の誕生日の日に、面倒を見てくれていた親戚から1冊の冒険譚を渡されたんです。それは、父が完結させたものでした。それまで、両親の存在は写真でしか知らなかったので、父が冒険者であったことも勿論知りませんでした。それから、父のことや、もしかしたら母のこともわかるかも知れないと思って、いつか冒険者になったら両親のことをもっと知ることが出来るのかなと思って・・・」

最後の方は、言葉が纏まらず、しどろもどろになってしまった。それでも、マスターは真剣な表情で、ライムの言葉に耳を傾けていた。

「お父上や、お母上のことが、何かわかるといいな。きっと、大変な思いもしてきたことだろう。これからは、この竜の筆のメンバーだって君の家族だ。次にこのギルドに戻ってきた時には、私は君を、おかえりなさいと言って迎えよう」

なんだか、熱いものが込み上げてきた。


 マスターの部屋を出て、階段を降りると、受付の方からモカが笑顔で手を振ってくれた。

「ライムさん、ご説明の続き、しますね!」

モカは、冒険譚についても、色々と教えてくれた。ギルドには、鑑定士によって鑑定された未完の冒険譚が何冊もストックされているけれど、大抵はそれを探してきた冒険者たちがまず挑戦をする、というのが暗黙のルールとなっている。しかし、未完の冒険譚はランクが低いものほど見つけやすく、周辺の危険も少ない場所に存在しているため、例えばEランクの未完の冒険譚などは、ランクが上の冒険者たちが目当てのついでに拾ってくることも多く、挑戦しないままギルドに預けられているのである。だから、ギルドに加入したてのランクが無い冒険者、いわゆる「級無し冒険者」は、ストックされているEランクの完結を目指すことからはじまる。

「未完の冒険譚を探す、『本拾い』で稼がれる冒険者さんもいらっしゃるんですよ」

モカが指さした先にはギルドの掲示板。昨夜見た、「Eランク、初心者歓迎」の文字の下に、何冊か本の表紙の写真が貼られている。

 掲示板に近寄ってみると、写真はそれだけでなく、各ランクに分かれて貼られていた。EランクからAランクまであり、冒険者は写真を剥がして受付に持っていくようになっているらしい。

 ライムがEランクの依頼を眺めていると、突然ふわっと良い香りがした。

 金の髪、毛先が橙色で、露出の多い服装の少女。

「なに?」

「あ、あ、すみません!どきます!」

慌ててその場を立ち去ろうとするライムを、「待ってよ」と少女は呼び止めた。

「あんた、級無し?」

「え、ああ、多分・・・というか、そうです」

ふうん、と言うと、ライムをしげしげと見つめる。

「いくつ?」

「あ、えっと、15です。すみません・・・」

ライムがおどおどと答えると、「なあんだ」と少女は笑いだした。

「タメじゃん。よろしく。うちは、ユウヒ。あんたと一緒の級無しだよ」

ライムです、と返しながら、絶対に年上だと思ったことは言わないでおこうと心に決める。

「ねえ、パーティー組まない?」

唐突に言われ、ライムが面食らっていると、ユウヒは「ね、いいでしょ?これで3人だ」と何やら勝手に話を進めている。

「あ、あの、それは是非・・・というか、3人って?」

ユウヒが、すぐそばの机に突っ伏して寝ている、くしゃくしゃの髪が鳥の巣のようになった少年を突っついて起こした。

「この人も、うちらとタメで級無し」

鳥の巣頭の少年は、ゆっくりと顔をあげると、脇に置いてあったメガネをかける。

「ども、ネガです。回復魔法の勉強してるっす」

「ライム、ネガ、うち、あと1人にも声はかけたんだけど、ぶっちゃけ冷めた感じっていうか・・・」

ユウヒは、訓練場の方に目をやった。朝から、多くの冒険者たちが訓練場で汗を流したようだ。その中には、昨夜見かけた少年の姿があった。

「あ、あの人、昨日見かけた・・・」

「あんたも知ってるの?なんかあの冷めた子、うちらと同じで級無しなのに、朝から晩まで訓練場に入り浸ってるんだってさ。パパが国の軍のお偉いさんで、ママもよくわかんないけど何かの研究してるんだって」

やれやれ、といった仕草で首を振るユウヒ。

「よく、ご存知なんですね」

「まあね、うち、人と仲良くなるの、早いから」

門をくぐってきた冒険者が2人、「おお、ユウヒちゃん、パーティーは組めそうかい?」、「なんなら、俺たちと冒険しない?」と声をかけて通り過ぎていった。

「凄いっすよね。おいらは真似できない」

ネガが眠たそうに頭を掻く。

「僕、声かけてきます」

思わず口にして、自分自身でも妙に積極的になってしまったぞと思いながら、ライムは小走りに少年の元へ向かった。

「あの、僕、ライムといいます!ついさっき、冒険者になったばかりで、級無しなんだけれど・・・。もしよかったら、あそこの2人も合わせて、4人でパーティーを組みませんか?」

ライムをちらっと見ながら、手拭いで汗を拭く少年。そして。

「お前ら、戦法は?」

戦法?と固まるライムに、呆れたような顔で溜息をつき、少年は続ける。

「どうりでな、武器も装備してないわけだ。残念だが、俺はベテラン冒険者と組んで、さっさと級を上げたいんだ。戦法もわかってないような初心者と、ちまちまやる気はないね」

もうライムの方を見ようともしないまま、ギルドを出ていこうとする少年を、ユウヒが呼び止めた。

「ちょっと、待ちなさいよ。戦法くらいわかってるし、武器だって今から買いに行こうとしてたとこなの!あんたむかつく!もういい、二度と誘わないから!」

ユウヒの声にも振り返ることなく、少年は立ち去った。


 戦法。その者に適した戦い方。

「あんた、戦ったこととか、ある?」

街中の、店が両側に立ち並ぶ道をゆく。

「戦ったことは・・・ないです。でも、親戚に体術は少しだけ、教えてもらいました」

体術か、とユウヒが呟く。

「それなら、武器はグローブかな。少なくとも、この街で買える体術使い、格闘家の武器は」

 武器屋に入ると、それぞれ戦法ごとに様々な武器が並んでいる。体術と書かれたコーナーには、グローブの他にもヌンチャクや篭手などがあったけれど、せっかくユウヒに教えてもらったのだからと、グローブから選ぶことにした。嵌めると、手の甲から指の第二関節の辺りまでが覆われて、指先は出るようになっていた。両手に嵌めると、突然。

 グローブが紫に光った。

「ライムは波属性ってことっすね」

ネガによると、武器には使う者の持つ属性によって、効果が変わるものもあるらしい。属性は、全部で10種類。光、闇、火、水、木、雷、土、風、波、空。

ライムの武器が決まると、次は回復魔法を使うネガは力を引き出すための腕輪を、攻撃魔法を使うユウヒは杖を選んだ。回復魔法用の腕輪は光属性で固定であるが、ユウヒの杖は真紅に光り、炎属性であった。


 ライムたちがギルドに戻ると、何やら騒ぎが起きているようだった。

 訓練場の入口に人だかりができている。「おい、トラヒコ、お前2度目だぞ!級無しがC級に喧嘩ふっかけるなんて、敵うはずねえだろう」と、聞き覚えのある声が響いてきた。

 ルンポが、あの少年を背負って、訓練場を出てくる。少年は額から血を流し、悔しそうに顔を歪めていた。椅子に座らされ、少年は項垂れる。

カツン、カツンと、階段を降りる音。マスターだ。

「トラヒコ。自分の力を認めさせ、ベテラン冒険者のパーティーに同行しようとする、その意気はよし。しかし、あまりに焦りすぎて、己の実力を見誤っているのがわかるだろう」

多くを語らず、マスターはその場を去った。去り際にもう1度、項垂れた少年に目をやり、そしてライムたちに気が付くと優しそうな目で微笑んで、今しがた降りてきた階段を昇っていった。

 「おお、ライム。無事に手続きできたんだな。それに、武器も買ったのか、冒険者って感じがしてるじゃないか」

ライムの姿を見つけたルンポが、少年の肩に手を置いたまま、声をかける。ライムがそれに答えようとすると、少年はルンポの手を力無く払い、ふらふらとギルドから出て行った。それを追おうとするライムに、「行ってやってくれ。あいつにも仲間が必要だ」とルンポは頷いた。


 ギルドを出て、右に左に見渡すと、でんえんの向かいの路地に入っていく少年が見えた。

「待って!」

少年を追うライム。少年は駆け出し、くねくねとした路地を縫うように走った。ライムも、少年の背中を必死で追う。

 突然、路地が終わって小道に出る。小さな公園が目の前に。

 滑り台の向こうで、空が焼けている。

 息を切らしながら、少年はベンチに座り込んだ。ライムも、はあ、はあと息を整えながら、少年の横に座る。

「お前、なんで追いかけてくるんだよ」

「だって、一緒に、冒険したかったから」

少年は片手で顔を覆うと、一気に額の汗を払った。

「君、走るの早いね」

「うるせえ、お前だって、追いかけて来れてるじゃねえか」

「ギリギリだよ、もうちょっとで見失うところだった」

 「あ、いた!」とユウヒの声。後ろから、「もう、だめっす、限界っす」とネガ。

「まあ・・・あれだ、このままじゃいつまで経っても級無しだからな」

夕焼けをみつめて、少年が呟く。

「じゃあ、一緒に冒険してくれるの?」

ライムの言葉に、あれこれと文句を言いながら駆け寄ってきたユウヒが「はあ!?結局、あんた、うちらと組むの?」と呆れた声を出す。その後を息も絶え絶えでついてきたネガは、無言で何度か頷いた。

「俺は、トラヒコ。よろしくな」

 4人の新米冒険者たちの門出を祝うように、公園の花々が風に揺れた。

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