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29.わたしたちの村にようこそ⑧

 結局のところ、村を出る者は、上噛み様を眠らせる前よりは少なくなった。生贄の慣習がなくなり、都会との行き来を含め村から出て行くことがいつでも自由に出来るようになり、完全に村から離れはしないことに決めた者が多かった。それでも、若者を中心に、かつて残女と呼ばれた女たちの大半は、村を出る意思を固めていた。

 村にやはり残ろうとする者が増えたのは、村長や男衆らの死も関係していた。上噛み様が村で家々をなぎ倒した際、酒で眠っていた村長や男衆は皆、押しつぶされていた。騒動の後、全員が死体で発見された。上噛み様は、自らが助けたかつての少年を、自ら殺してしまったことについて知っているのだろうか。しかし、どちらともが生きていれば共依存の関係性は続いていたのかもしれない。そのことは、上噛み様も承知であっただろう。

 上噛み様へ5年に1度捧げる薬は、ネガが村の医者たちに魔法を使わない製造法を教え、受け継いでいくとのことだった。村のど真ん中で眠っている上噛み様の上には、大工たちによってとりあえずの屋根が設けられている。ネガの見立てでは、時々目覚めてはぼんやりと穏やかに過ごし、また眠りにつくであろうとのこと。目を覚ました時にでも自分で洞穴へ帰ることを期待し、そこを避けて家々の復旧をしていくと、巨大な広場が出来上がる予定だという。上噛み様の周りでは、子どもたちの笑い声が今日も響く。


 「って、ことなんだけど・・・スミが外の世界に出るって、どう思う?」

ユウヒが、ライムとトラヒコに問う。

「全く予想が出来ないんすよね。魔物は冒険譚から出てきて、外の世界でも暴れてるっすけど・・・あと、魔具を含めて物質や植物は外に持ち出せるわけっすけど・・・人が冒険譚から出たって話は聞いたことがないっす」

ネガも、鳥の巣頭を掻きながら悩んでいる。

「わたしは、みんなの国に行きたい!まさか、この世界とは別のところにある国だなんて、全然想像出来ないけれど・・・それでも、わたしが本当に暮らしたいのは、この村でも、都会でも、ないから・・・」

そう言うスミを、名残惜しそうに振り返りながら、スミに貸した靴を履いて若い移住者の男が去ってゆく。一緒に都会へ行かないかと真剣に告白し、あっさりとスミに振られたばかりだ。

「ご両親とは、もう・・・いいの?」

ライムがそう聞くと、他の村人たちに混ざり、木材をせっせと運ぶスミの両親を振り返る。

「僕が口出しする立場じゃないことは分かってる。でも、ご両親が今どう思っているのかとか、あの時どうして・・・とか、そういうことは生きているうちにしか聞けないからさ」

既に死んでしまった父母に聞きたいことが山程あるライム。スミも、両親を見つめ、目に涙をためる。

「でも・・・いいんです。今、何を言われても、わたしは真っ直ぐに両親の言葉を受け入れられないと思うから。それに、両親も、これまでの村の風習や村長たちの思想から抜け出さないと、わたしにかける言葉もみつからないと思うから」

「まあ、親子だろうがなんだろうが、理解し合えないことだってあるだろう。離れた方がいい親子だっている。それが一時的なのか、永久になのかは、それぞれなんだろうけどな」

トラヒコが、腕を組み遠くをみつめて、スミに言葉を返す。

「ただし、この世界から出て俺たちの世界に来るっていうこととは、別問題だ。何も、この世界でだって村か都会かの二択じゃないだろう。ネガ、本の外に出た魔物が本の中に戻ることってあるのか?それがないなら、一方通行でここにはもう帰ってこられない可能性が高い」

「魔物が本の中に戻るっていうのは、あるかもしれないっす。でも、戻れるのかもしれないっすけど、だいたいは外で討伐されてしまうっすからね。そもそも、もし魔物が本から出たり入ったり自由に出来たとしても、人間はわからないっすよ。ただ・・・気になることはあるっす。おいらたち、上噛み様を眠らせて、生贄の仕来りもなくして、それでもまだこの本を完結出来てないってことっす」

「あ、確かに・・・これまでの冒険譚は、明らかに完結したってわかるような終わり方だったよね」

ネガの言葉に、はっとするライム。

「ねえ・・・もしかしてさ、スミのこれからが決まるところまで、全部ひっくるめての物語なんじゃない?」

珍しくずっと黙っていたユウヒが口を開く。

「うちは、スミの決めたようにして欲しい。うちらの世界にもし来られるなら、凄く素敵なことだと思う。でも、もしもスミに危険なことがあったり、ここに戻ってきたいって思いが少しでもあるのなら、そう簡単には勧められないかな」

スミは、歌いながら駆け回る村の子どもたちや、倒壊した家の柱に掴まって初めて立ち上がった赤子や、それを見て歓声をあげる村の大人たちや、威勢よく荷車を押す男や、食料を配って回る老人や、潰れた屋根の上であくびをする猫や、しゃがみこんだ村人を元気づけるように吠える犬や、道端に咲く小さな黄色い花や、都会の方へ飛び去っていく鳥たちや、それと一緒に村を出て行く人々や、村のひとつひとつに目を留めて、その場でゆっくりと回った。そして。

「ありがとう、ユウヒ、みんな。わたしは、この村で育って、この村が好きだし、でもこの村のせいで酷い目にも遭ったし、もう少しで死ぬところだった。都会には、あまり良い印象はないのが本音だけど、でも良い人もいるってことは分かった。助けてもらったし、あの靴じゃなきゃ、あんなに速く走れなかった。うーん、なんだろうね。やっぱり、この世界からわたし、飛び出したいのかも。きっと、みんなの世界にだって、良いことも悪いこともあると思うけど、その方がなんだか納得出来る気がする。もし何かあったとしても、どうせなくなる命だったからなんて言わない。みんなに助けてもらった命を、わたしが生きたい場所で大切にしたいだけ、だから」

スミが、坂を少しだけ駆け下り、大きく息を吸い込む。

「お父さーん!お母さーん!わたし、行くねー!!」

はっとした顔で振り返る、スミの両親に、スミは大きく手を振った。ライムたちは、スミの背中と、スミの両親の表情を見て、もう自分たちが何か意見することはなくなったのだと悟った。


 モカの言葉を思い出す。これまで毎回、冒険譚の「出入り口」について聞かされてきたけれど、今のところはそれを使うことがなかった。脱出をする程の危険にも遭遇しなかったし、完結前に一旦本の外へ出る必要もこれまでなかった。今回は、スミにそこを通って本の外へ出てもらうことにした。

 田畑の間に伸びる畦道。この本へ入った時、はじめに立っていた場所である。そこをゆく5人。用水路にも5人の姿が映る。ふと思い出したように、ネガが呟く。

「そういえば・・・ペリの時とは違うっすもんね。スミは生きてるから」

その声が聞こえたのはライムだけだったのかもしれない。「うん」と、静かに頷いた。

 畦道をしばらくゆくと、突然、ブインと音がして、冒険譚の表紙と同じ柄の扉が現れた。ドアノブを回すと、ぼやけた空間の向こう側に、懐かしさを感じる明かりが見える。

「スミ、うち、また絶対会えるって信じてるからね」

ユウヒとスミが、しっかりと見つめ合い、手を握る。

「うん。向こうに着いたら、みんなの国を案内してね」

そう言うと、スミは扉の向こう側へと足を踏み入れた。その途端、周りに文字が浮かび出した。空に、大地に、田畑に、畦道に、浮かんだ文字が飛び交った。

 世界が揺れ始めた。

 横に揺れているのか、縦に揺れているのか、自らが揺れているのか、世界が揺れているのか。

 視界が段々とぼやけてゆく。

「スミ、消えちゃったりしないよね」

ユウヒが、最後の最後まで見届けようと、目を凝らす。スミは、扉の向こう側の明かりにたどり着いたのか、立ち止まって手を伸ばしている。

 明るいのか、暗いのか、暖かいのか、寒いのか、広いのか、狭いのか、楽しいのか、悲しいのか、段々と感じ方もぼやけてゆく。

 それが徐々に徐々に収まってきて・・・。



 竜の筆。ギルドは薄暗かったが、冒険者の帰還を察知すると、宙を漂っていた提灯たちが一斉に灯り広間を照らした。カレンダーや時計をみると、冒険譚の中に入ってから現実では1日半程経っているようだった。

「スミ!スミ!」

ユウヒが、机や椅子の間を縫うようにして見て回る。その声を聞きつけたか、それとも提灯の明かりに気がついたか、夜勤中のギルド職員が「ど、どうしました・・・こんな時間に・・・」とあくびを噛み殺しながら現れる。

 「スミ!!みんな、こっち!」

ユウヒが声をあげ、3人が駆け寄る。スミが倒れている。

「脈、呼吸はあるっす!でも・・・」

ネガが腕輪を光らせ、スミの目を開かせると手を当てる。

「これ・・・分かんないっすけど、早く処置をしないといけない気がするっす!病院に・・・!」

「わ、わたし、連絡します!」

夜勤中のギルド職員が、慌てて魔具を取り出すと、緊急連絡を発した。数分後には、ギルドに救急隊が到着した。それと同時に、いつの間にかマスターがやってきていて、ライムたちをそばに呼び寄せた。

「おかえりなさい。そして、あの女性は・・・」

マスターは、4人から何も聞かずとも、状況を察しているようだった。


 突然、ギルドの扉が勢いよく開かれると、大勢の男女がなだれ込んできた。そして、救急隊を押しのけると、「あとは、こちらで」とスミを回収する。

「ちょ、あんたたち、なに!?」

ユウヒが思わず叫ぶ。ライムもネガも、突然のことに言葉がない。しかし、トラヒコだけが目を見開き、拳を握り締める。

「国の研究機関だ・・・!」

現れた男女の羽織るジャケットには、ニマール国の紋章が刺繍されている。そして。1人の青髪の女性が、先程ライムたちが完結させたばかりの冒険譚と、強引に運び出されるスミとに目を留め、マスターに向かって口を開く。

「国立研究機関筆頭研究員のハッコと申します。冒険者ギルド竜の筆、ギルドマスターのエレンドさん。あちらの女性は国軍および国立研究機関の管轄下において、被検体として厳重に管理されます。また、必要に応じてそちらの冒険者たちへの出頭要請、事情聴取を行う場合があります。その際には、出頭の拒否や虚偽の申告は処罰の対象となることがありますので、あしからず。それから、お嬢さん。もちろん被検体の状態を良好に保つために処置は怠りませんのでご安心を」

ユウヒが何かを叫びだす前に、青髪の女性がそれを制した。

「ハッコ殿、そちらへの協力は義務であろうが、この若き冒険者たちは私の大切な家族でもある。どうかお手柔らかに頼みます」

「ええ。こちらとしても、ギルドの活動を邪魔したくはありませんので。それから、念の為に。そちらも、我々の研究を妨害したりなさらないよう。国軍が目を光らせていますので」

青髪の女性は、淡々と述べる。何故かトラヒコに向かって警告しているようだった。

「それでは。もう夜も遅いですので、本日のところは失礼いたします。不躾な訪問になりましたが、ご理解ください」

頭を軽く下げると、青髪の女性がギルドを出ていき、他の者たちもそれに従った。

「今夜は私の部屋で休むといい。来なさい」

言葉少なに、マスターが階段をあがる。しかし、4人はその場を動けない。

 トラヒコが、ますます強く拳を握り締めていることに、ライムは気がついた。顔を見ると、今にも斬りかかりそうな表情で、入口の扉を睨みつけていた。

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