26.わたしたちの村にようこそ⑤
物音がして、身体中が震えながら、飛び起きる。一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなった。外から差し込む光が、暖かい。そうだった。もう、怯えなくていいんだ。スミは、まだ激しく打ち続ける心臓をおさえて、深呼吸した。
ある日突然、いつも通りに村長を酒で眠らせて外へ出ようとしたところを、男衆にみつかった。あの4人が生贄について調べていると気づかれてしまったのかもしれない。でも、「うちらに任せて」と言われたから、言われたとおり「知らないふり」をした。追求されたけれど、それよりも男衆はスミを抱くことの方が重要そうだった。ここのところ、夜は外へ出ていたから、男衆の相手はしていなかったけれど、なんだか必死な形相で求めてきた。まるで、自分を抱かなければ死んでしまうかのような勢いであった。朝になって目を覚ました村長は、ここのところわたしに興味は示さず朝食へ向かったけれど、夜になり男衆が見張る中で酌も出来ず、眠りにつかなかった村長はやはり、スミを抱くことに執着しているようだった。
そして、あの日。まだスミに手を出していない若い移住者が、スミに耳打ちした。「ここから逃げましょう。隠れ家も用意してあります」と。夜中、どこかで騒動が起きたようで、それに乗じて男と一緒に逃げだした。逃げた先で、あの女の子、ユウヒに抱きしめられた。
「ほんとに、ほんとに、ごめんなさい。早く助けてあげられなくて・・・辛かったよね」
ユウヒの涙を見て、スミの心からも名前のわからない感情が溢れてくるようで嗚咽した。そこには、他の3人、ライム、トラヒコ、ネガもいて、みんなが自分のために必死になってくれていると知り、嬉しかった。他にも、村の人たちが何人か、スミも知っている顔もいくつかあって、みんなが順番にスミを抱きしめたり、労ったり、謝ったり、礼を述べたりした。
スミが部屋を出ると、残女・・・この呼び方は好きではないけれど、かつて生贄になり生き延びた女性たちが、身を清めて見違える程に元の美しさを取り戻していた。あの日、スミが村長の家から脱出した時、男衆たちは残女の家に向かっていた。ライムたち4人が、残女たちを解放したのだ。それを阻止しようとした男衆だったけれど、ライムたちの強さには全く歯が立たず、あえなく退散したようだ。
ここは、村のはずれ、貧民層と呼ばれる村人たちが住んでいた区画である。村長や男衆、それを支持する村人たちと対立した者たちが、今はここに避難している。まさか、生贄に反対する村人がこんなにも多いなんて、思いもしなかった。
スミにとって、唯一悲しいことは、ここに両親がいないことである。
「これで祭り当日を迎えたら、上噛み様は生贄を呑めずに正気を失う。その前に、生贄反対派の村人たちを都会へ避難させる。一応、最後まで村長側の村人たちにも呼びかけはしようと思うけど。きっと、長年持ち続けてきた価値観を捨てるのは難しいだろうし、それに、自分の意思でなく、無理やり信じ込まされている人だっていると思うから」
ライムの言葉に、ユウヒが大きく頷く。
「正直、村長や取り巻きたちは自業自得だと思うし、それに従うっていうなら勝手にすればって思っちゃうけど・・・。でも、スミのお父さん、お母さんは・・・」
「スミには悪いっすけど、自分の娘がどんな目に遭ってたか知ったうえで村に残るっていうなら、おいらたちが説得しても無駄っぽいっすけど・・・」
ネガが、残女たちと髪をとかすスミを見つめる。
「行こうぜ。村長の言い訳を聞きに。まあ、今となっては村長も取り巻きも全員斬り捨てて、村を出たい奴らだけ連れて都会に向かう完結もありなんじゃないかと思うがな。ただ・・・もしも俺たちが今よりもずっと強ければ、あの時に問答無用で上噛み様をぶった斬っていたかもしれない。そうしたらこんなふうに救える命はもっと少なかったかもしれない。強けりゃいいってもんじゃ、ないのかもな・・・」
最後の方は、ストンと落ちてきたような言葉で、自分にだけ聞こえるような呟きだったのに、他の3人が自分を凝視していることに気がついて、トラヒコは「なんだよ、おい、行くぞ」と照れながら歩き出した。
「大変申し訳ございません!」
村長の家の前では、村長側についた村人たちが群がっていて、その中心ではスミの両親が平伏していた。村長の姿はない。しかし、興奮した男衆が2人を怒鳴りつけ、村人たちも野次を飛ばす。
「娘が、とんだ馬鹿なことを・・・」
「村にご迷惑を・・・申し訳ございません・・・!」
巨大な炎の玉が、村人たちの頭上に現れ、村人たちがそれに気が付くと勢いよく落下し、逃げ惑う村人たちや、やっと顔をあげたスミの両親の真上で弾けとんだ。憤怒の表情で、ユウヒが杖を構える。
「今ここで決めて。うちらと一緒に、村を出るか。それとも村と一緒に心中するか。早く!」
村人たちは、ユウヒの魔法に怯えたり、それでも震える拳を握り締めて反論する者もいたりした。
「あんたらにゃ、わからんだろうよ!生まれた時からこの村にいるんだ、そう簡単に捨てていけるかってんだ」
「村長さんのおかげで、平和にやってこれたんだよ。生贄に選ばれたらその責任を果たす、子どもの頃から教わってきたことを、今になって嘘だなんだって言われても、信じられるかい」
「なにより、上噛み様を置いて村を、山を離れるなんて、できねえよ・・・」
男衆が、猟銃を構え、ユウヒを狙う。
「そう。じゃあ、いいや。うちらは、村を出たい人だけ連れて行くから。あんたらは勝手にここでどうにでもなればいい」
背を向けたユウヒに、男衆の放った猟銃の弾が迫る。しかし、風の斬撃と、紫の波動にはじかれ、全てユウヒには届かなかった。
「静かにせい」
突然、騒々しかった村人たちが静まる。村長が、蛇が這うようにして外に出てきたのだ。慌てて男衆が駆け寄り、村長を担ぎ上げる。
「少し、話をせんか」
座敷にて、4人と村長が向かい合う。村長は人払いをし、男衆も障子の向こうへと消えた。
「上噛み様に会いなさったな」
真っ直ぐに4人、それぞれの顔を見つめてゆく村長。
「はい」
ライムが答えると、静かに頷き、村長は続けた。
「では、大方は既に知っておろう。わしは、上噛み様に救われた。わしのこの脚は、生まれつきのものだった。母は、わしの記憶の中では、常に怖い人じゃった。何かあるとすぐに叩かれ、蹴飛ばされ、役立たず、ただ飯食い、醜い蛇だ、と・・・。そして、母が都会から来た男と恋仲になってからは、何日も放置されるようになった。しかし、母は男に捨てられ、それをわしのせいだと信じ込んでいた母は、とうとうわしを山に捨てることにした。大雨の日じゃった。わしは洞穴の中に捨てられ、石で何度も身体を打たれ・・・死ぬんじゃと思った。その時じゃった。3つの青い月が空に昇ったように見えた。次の瞬間、母は丸呑みされておった。上噛み様・・・三つ目のうわばみの姿をした、この土地の神様じゃった」
トラヒコが、「三つ目?」と呟く。村長には聞こえていない。
「わしは、脚のせいもあったが、痛みで身体を動かすことが出来んかった。ひと月程、上噛み様が自らの血をわしの口に垂らしてくださり、わしは生き延びることが出来た。しかし、じゃ。ある夜突然、上噛み様が苦しまれた。のたうち回る上噛み様は、「女を・・・」と口にしておった。わしは、這って山を転げ降りたが、村は凄まじい豪雨に見舞われとった。それが連日続いた。村は壊滅状態、わしは思い切って、村の皆に上噛み様への生贄を提案した。村の勇気ある若い女子が洞穴へ向かうと、その日のうちに雨がやんだ。わしは、村の皆から讃えられ、先代の村長の養子に迎えられた。幸せじゃった。しかしそれも束の間、5年後にまた連日の豪雨が訪れた。今度は、湿気のなかで流行る病が村に広がって、多くの人死があった。5年前と同様に村の総意で生贄を洞穴へ向かわせると、雨はやみ・・・。それを繰り返して、わしは大人になった」
「自分の不幸話ばっかり・・・」
立ち上がりかけるユウヒをネガと一緒に抑えながら、ライムが「続けてください」と促す。村長はそれも聞こえてはいないようで、唯々語りを続ける。
「ある頃から、わしは女性への興味が非常に強くなった。年頃だからだと、思っておった。しかし、それは周期的な・・・上噛み様への生贄を準備する頃と重なるように、わしは女を抱かなければ居ても立ってもいられないようになった。そうしなければ、苦しくて頭が痛くて、どうしようもなかった。そんなわしを見て、生贄の女がわしを哀れんだか、一晩床を共にしてくれた。すると、嘘のように目覚めが良かった。上噛み様も、生贄を呑む前、呑んだ後では、そのようになることを知った。ここからが、わしの過ちじゃ。わしは、自らの地位がなくなることが怖かった。幼い頃のようには、もうなりたくなかった。それに加えて、女への欲望は年々増すばかりじゃった。わしは自分の権力を維持するために、上噛み様の苦しみも利用することにした。神を手玉に取る感覚は、凄まじい優越感じゃった。わしは、それを手放すことが出来ない・・・」
「あなたは、都会と繋がっている。移住者を募り、食料を運び込み、医術で永遠の命を手に入れようと。そしていずれは都会の女性を村に呼び寄せようとした。上噛み様の言葉、当たっていますか?あなたは、村をどうしようとしていたんでしょうか」
ライムの追求も、村長には聞こえていない。身体が震えている。頭を抱え、苦しそうに、ユウヒに向かって手を伸ばし、畳を這って近寄る。「ひっ」とユウヒとネガが後ずさり、トラヒコが刀を抜こうとした時、ライムには村長が目指している先にある物が目に入った。
「これ、これですか?」
酒瓶と、盃。ライムが村長に差し出すと、村長は「あ、あ、あ」と震える手で酒を畳にまき散らしながら、直に瓶を咥えると、一口ぐいと飲んだ。途端に、目がとろんとし、震えも徐々に収まると、村長は横になり、いびきをかき始めた。
「これ・・・どういうこと?」
「スミが、村長は酒を飲んだらすぐに眠るって言ってたのを思い出して」
訝しがるユウヒに、ライムが答える。
「これ、何の酒っすかね。この匂い、花みたいな・・・」
ネガが、盃に酒を注ぐと、ふんふんと嗅ぐ。
「花・・・」
トラヒコが、何かを思い出そうとしている。
「わたしたちの村にようこそ・・・あの声、どこかで・・・」
はっと、確信を得たように立ち上がると、トラヒコは障子を勢いよく開け、外へと駆け出していった。
「なんなのよ、あいつ・・・」
きょとんとしたユウヒ。そしてネガに、「そのお酒、上噛み様にも飲ませちゃえば?」と冗談を言う。
「それっす・・・」
目を見開いて、そして興奮したように、ネガが返す。
「もしかしたら、この酒の成分がわかれば、全部解決出来るかもっす!」
そして、上噛み祭の日がやってくる。




