25.わたしたちの村にようこそ④
早朝。都会から移住してきたばかりの若い男は、昨夜のことを思い出し、後悔と罪悪感と僅かな高揚を覚え、村長の屋敷を抜け出し、井戸水で顔を洗う。心地の良い冷たさで高揚が冷めると、残るのはあの状況を見て見ぬふりどころか凝視して興奮してしまった自分への嫌悪であった。顔を袖で拭う。その時。
「動くな、声を出すな。わかったら頷け」
肩ごしに刀がみえる。心臓が縮み上がり、2,3拍遅れて男は必死で頷いた。
刀は首筋に添えられたまま、目の前に見たことのない髪色の少女が現れた。まるでこれから迎える朝焼けの色、いや夕焼けの方に近いだろうか。
「ねえ、あんたさ、ここで何が起きてるか知ってるでしょ?」
昨夜の光景。村長や、男衆、移住者の先輩たちが、夜な夜な白浴衣の美女とまぐわっていることには気づいていた。しかし、自分にはまだ早いような気がして、その場にいることは出来ず、ただ漏れてくる声を聴いては何が起きているのか想像するだけであった。しかし昨夜、ついに移住者の先輩に連れられて、あの部屋へ入った。とぐろを巻いた蛇のような村長が半裸で煙管を吸い、男衆や移住者の先輩たちに囲まれて、白浴衣の美女が布団の上に座っていた。「さあ、お前の番だ」と言われ、首を横に振ると舌打ちをされ、結局その後は目の前の光景を、いつもの漏れ聞こえる声と照らし答え合わせすることとなった。
「お、俺は、してない・・・可哀想になって・・・」
刀が首に当たる。「ひっ」と口から自然と声が飛び出し、刀の主に「声を出すなと言ったはずだ」と制される。目の前の少女がじっと男の顔を見つめ、口を開く。
「可哀想?ふーん。まあ、うちはあんたの言葉を鵜呑みにはしないけど。ねえ、今くらいの声なら喋っていいから、何が起きたか教えてよ」
小声で囁くように昨夜の光景を説明すると、目の前の少女は露骨に蔑んだ表情へと変わっていった。
「気持ち悪・・・まあ、止められないあんたを責めるのは違うかもだけど、状況を知ってて黙ってたのはひどくない?でも過ぎたことを言ってもしょうがないよね。もし、あんたがこの状況、ダメなことだと思うんなら、変える手伝いしてよ」
「頷くしか権限はない。断ったら首をはねる」
刀の持ち主に脅されるまでもなく、自己満足ではあるが自分が何か出来るなら、協力したいと思った。男は、今度は先程よりも強く頷いた。
田舎道を、収穫された野菜が山積みになった荷車を引いて歩く女。10年前に残女となった女の妹だ。住まいは、残女の家程ではないが、裕福とは程遠い。村の中でも力仕事や汚れ仕事を担う者たちが多く住む一角で、娘を女手一つで育てている。旦那は、村長に楯突いた後、流行病に罹って死んだ・・・ことになっている。
荷車の後ろを押す、ライムとネガ。残女となった姉と話をしたこと、自分たちは村長や生贄の制度を含め、今年の上噛み祭までに状況を変えようと考えていることなどを、農作業の手伝いを装って女に打ち明けた。もしかしたら、男衆に根回しをされた村人たちが見張っているかもしれないし、残女の家族など、まず真っ先に圧をかけられているのではないか。そうは思いながらも、正直な気持ちを打ち明けた。やはり、既に男衆が家々をまわっており、余計なことを喋らないようにと言い含めているらしい。それでも、そのことを自分たちに話してくれるということは、こちら側の立場になってくれているのではと、ライムたちは言葉を続けた。「協力をしてくれませんか」と。
「お姉ちゃんが上噛み様に残された時、村中からわたしたち家族へ向けられた憎しみの目を、忘れることが出来ません。村長が、『今年の生贄は残された』と村中に伝達した時、至るところで悲鳴があがって・・・。そして、その途端に、空が割れるような雷が鳴って・・・。その日から雨がやまず野菜は腐るし、川は溢れて住宅地の一部は流されるし、土砂崩れもあったり・・・。病気も流行って、人がたくさん亡くなって・・・。だから、そりゃ、残女の家族ってだけでも恨まれるよなって、思ったんです。でも、お姉ちゃんと会って話すうちに、色々と知って・・・。旦那は殺されました。弟も、いつか村長を殺してやるって・・・でも必死で止めているんです。いつか、この村から出よう、都会に行って・・・でも逃げられた人なんていないと思います。村を出ることに罪悪感が沸くのは、きっと生まれた時から刷り込まれた価値観のせい・・・」
荷車のタイヤが轍に引っかかり、タイヤの様子を見るふりをしてしゃがみこんでいる間、残女の妹は目に涙を溜めて話してくれた。突然、
「どうした?押してやろうか」
村の男がやってくる。男衆に既に根回しされた人間に聞かれてはまずい。
「協力、します」
そう言うと顔を袖で拭い、「ありがとうございます」と残女の妹は立ち上がると、村の男に手を振った。
石段に座るライムとネガ。夏の終わりの木漏れ日が、吹き抜ける風にきらきらと揺れる。
「おいらたちのやってること、正しいんすよね?」
ネガが自信なさげに呟く。
「完結のさせかたは、僕たちに委ねられてるんだよ。だから、僕たちが信じて行動しないと。って、僕も自信ないんだけどね・・・」
そう返しながら、ライムは父、シトラスが完結させた冒険譚のことを思い出していた。父は、姫自身に望まれるがまま、姫を殺して去った。病に冒された姫は、自分のせいで多くの国民が虐げられた生活を送っていることを知らなかった。実際に国民を虐げていたのは国王であったが、それが自分のためであると知った時に絶望し、シトラスへ懇願したのだ。自らを殺して欲しいと。
冒険譚は、登場人物の心情は細かく描写されているが、冒険者の心情、どう完結させるかという葛藤、苦悩、そういったものはほとんど書かれていない。だから、父がどのような思いで姫を殺害したのか、想像するしかない。マスターも言っていた。「ランクが上がるごとに、冒険者は物語をどう完結させるのか悩むのだ」と。父なら、この冒険譚を、どのように完結させるだろうか。
「あ、来たっす」
石段を、トラヒコとユウヒがあがってくる。
立ち入り禁止のしめ縄がされた洞穴。踏み込むことに躊躇する。しかし、生贄の祭壇はこの先だと、残女に聞いた。トラヒコが、身をかがめてしめ縄をくぐると、ライム、ユウヒ、ネガとそれに続いた。
洞穴の中は、想像していた以上に広く深い。進んでいくにつれ、入口の光が小さくなっていく。しかし、それと同時に目の前にも光が見えてきた。石の大きな祭壇がある、空間。吹き抜けになっていて、空の光が差し込んでいる。ここが、上噛み祭の生贄の儀式を行う場であろう。そして、洞穴の外からのお囃子で、上噛み様をお呼びするのだという。
祭壇の向こう側、そびえる石の壁に、信じられないほどに大きな円形の穴があいている。それはさらに奥へと続く道となっていて、誰のためのものなのかは一目瞭然だ。この先に、上噛み様が、いる。
穴を通り抜けた先は、一寸先も見えない程の真っ暗闇だった。4人の呼吸する音がやけに大きく感じられる。そして。
突然、青い満月が2つ、空に昇ったようだった。目が慣れてくる。これは・・・。
「わたしたちの村にようこそ」
2つの満月はさらに高く昇っていく。その間から、真っ赤な舌が、ゆっくりと出し入れされた。持ち上げられた鎌首を見上げる4人。そしてそこから胴へと視線を辿ると、4人が1列に並んだ幅よりもさらに太く、そして巻かれたとぐろの様子からして、相当な長さであろう。
「上噛み・・・うわばみ、か。そんな予感はしていたけどな・・・」
刀に手をかけつつも、冷や汗をかくトラヒコ。話が通じれば穏便に、などと考えていたライムも、思わず両手にグローブを具現化させる。杖にしがみつきながら3歩程後退したユウヒと、「うぐっ」と悲鳴をなんとか飲み込んだような声を出しつつ5歩程後退したネガ。
「そう怯えずともよいのですよ。そもそも、わたしは本来であれば、人間を食べずとも生きていけたのです。何かを食べるという必要がなかったのです。そういう存在、ですので」
上噛み様の声は、不思議と頭に浸透してくるような響きで、言葉として伝わってきた。
「あなた方は、村の外からやってきましたね。匂いが違う。そして・・・この世界の温度とも違うような気がします。不思議な方々ですね。そして、そんなあなた方は、生贄の仕来りを断ち切りにやってきたのでしょう。もちろん、問答無用でわたしを倒せば、仕来り自体はなくなるでしょう。しかし、わたしの役目はなにも生贄を呑むことではない。この山の上空は、わたしの管轄ですから、木々や動物たち、そして山に住む人間たちのためにも、適切に保たなければいけません。わたしがいなくなれば、天候は荒れ果て、この山は死んでしまいます」
上噛み様の言葉に違和感を覚えたライムが、グローブを自らに収納し直し、思わず挙手をして口を挟む。
「今のお話しだと、村の天候を保つのに生贄はいらないはず、というか、いらなかったはずなのに、ある時から生贄が必要になった、ということでしょうか」
2つの青い月、上噛み様の目が、数回瞬いた。
「あなた方は、クチナワに会いましたね。あの村の長です。はじまりは、あの者も確かに哀れな子であったし、わたしも哀れんで救いの舌を差し伸べたのです。しかし、それが悲劇のはじまり。クチナワの母を呑み込んだ時、わたしには呪いが生じてしまった。5年に1度、人間の女を呑まなければ正気を保っていられない。クチナワは、自身の権力を強固にするため、自身の悪事の隠れ蓑にするため、わたしに敢えて人間を呑ませない周期を設け、わたしの正気を失わせ、天候を荒らしているのです。もともと、クチナワが民の支持を集めたのも、わたしの呪いに気がつき、生贄を提案し、見事解決させたから。それ以来、わたしはクチナワに依存しなければならない、無様な存在へとなり果てたのです。そのうちに、クチナワは生贄を、自身の欲を満たす存在として扱い、その後始末としてわたしに与えるように・・・。それでもわたしが生贄を呑まなければ、さらに多くの命が失われることになる・・・」
「許せない・・・」
いつの間にか、ライムとトラヒコの間に戻ってきていたユウヒが、杖を握り締める。
「自分に逆らえば災いが起きる。逆らう奴らを見せしめにも出来る。あんたの能力だが、活かすも殺すもあいつ次第ってことか。ところで、なぜ村長は都会から女を引っ張ってきてあんたに呑ませないんだ?生贄にも家族や仲間がいる。面白く思わない奴だっているだろうに」
トラヒコの言葉に、ネガが「いや、都会の女性にも家族はいるっすけどね・・・」と言いつつ、「でも、言いたいことはなんとなくわかるっす」と付け加える。
「さっき、上噛み様は仕来りって言ったよね。そういうことなんじゃないかな。もう村の人たちにとっては、好き嫌いとかいう問題じゃなくて、嫌でも生活の一部になってしまっているんだと思う。それに、村の女性にとっては、生贄になって村を救うことが一種の誉れだって。それを、他所からやって来た女性に、村のことを何もしらない人に突然奪われたら、それはそれで・・・だから僕たちは、生贄そのものを無くせないかと思っていたんですが・・・」
ライムの言葉に、上噛み様はゆっくりと目を瞬かせて反応する。
「クチナワが、あなた方のように思慮深ければ・・・。あれは、既に私利私欲の権化です。都会の女に対しても、ただ恐れているだけ、引け目があるだけ。だから都会の男をまず取り込んで、いいなりにして、餌として使い都会の女を集めようと企んでいるのですよ。女だけではない。都会の食料を楽しみ、都会の医術を持ち込んで不死の身体を手に入れようとしている。どうしようもない、愚かな・・・そんな愚か者にこの山の生殺与奪を握られたわたしこそ、本当の愚か者なのでしょうね。もう、いきなさい。あなた方が何を成すのか、見守っております」
村へ降りた4人を、村人たちの冷たい視線が迎えた。宿を追い出された4人を、男衆が待ち受けていたけれど、それぞれが武器を具現化すると、警戒したのか退却した。
無言で村のはずれまでゆくと、残女の妹が物陰から手招きをしているのに気が付く。その後ろには、都会からきたばかりの男、そして、4人に賛同する村人たちが揃っていた。
「祭りの日まで、あなたたちを匿います。だからどうか、助けてください」
スミのためにも。
子どもたちの声が響く。
「うわがみさ~まにのまれたら、うわがみむ~らはひとあんしん。うわがみむ~らのおそらもよう、うわがみさ~まのいうとおり」




