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24.わたしたちの村にようこそ③

 あれから数日、ライムたちは村人たちと関わりながら、上噛み祭や村長らについて、それとなく情報を集めていた。村人たちから村長への評価は、老若男女問わず概ね良いものだった。生贄については、男たちは口を濁す一方で、女たちは意外にもあっさりと口にした。とはいえ、幼い頃から生贄の誉れと責任を教えられること、村を救うためなのだから怖いけれど選ばれたら仕方がないことなど、スミが生贄になる前まで常識として捉えていたものばかりであったが。つまり、実際に生贄になるまでは、村長の行為について村の女たちは知らないのであろう。一方で、新しい情報もあった。生贄になるのは、だいたいが18歳から25歳くらいまでの女性であり、生贄が選ばれるのは5年に1度のことなので、自分がそうなる確率はあまり高くはないとのこと。年頃の女は、「あの子、綺麗だから選ばれるかもよ」などと他人事のように噂をしていたりするようだ。


 赤子を抱いた若い女も、親切にライムたちへ上噛み祭や生贄について話してくれた。もしも自分が生贄に選ばれていたら、この子は生まれなかっただろうと女は言う。しかし、矛盾しているかもしれないが、この子が無事に生きていくためにも、自分が生贄に選ばれていたら喜んで上噛み様に身を捧げるつもりだとも言う。赤子が、きらきらと笑い、ユウヒに向かって手を伸ばす。差し出されたユウヒの手、指を懸命に握る。

「生贄の、責任・・・」

ユウヒが呟くと、女は小さく頷いた。

 子どもたちの笑い声が響き、ライムたちの脇を駆け抜けていく。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、今日はお囃子の練習だよ~」

「一緒に行こうよ~」

手を振りながら雑木林を抜ける道、その先の石段を駆け上ってゆく子どもたちを、ライムは手を振り返して見送った。

「あの子たちも、生贄が残されてしまったら、大変な目に遭うっすかね・・・」

ネガの言葉に、ユウヒは「でも、だからってスミさんが・・・」と反論しかけるが、続かない。

「おい、そもそも、ここはあくまでも冒険譚の中だってこと、忘れてねえよな」

トラヒコが苛立ったようにそう言った時、他の子どもたちから遅れてゆっくりと歩きながら、いつも黙々と土をいじっている少女がやってきて、すれ違いざまにトラヒコの顔を見上げると鼻で笑って去っていった。少女の背中を見送りながら、トラヒコは「ああ、くそっ」とさらに苛立つ。

「その、残された女、残女の家ってところに行ってみようぜ」


 残女の家は、村のはずれ、肥溜めや廃棄物置き場のそばにあった。思わず、鼻を押さえてしまう。狭い敷地の中に、今にも崩れそうな木造建ての平屋が数軒並んでいる。

「ここ・・・?」

呆然とする、ユウヒ。ネガも、「酷い扱いっすね・・・」と表情が曇る。

「それだけ、上噛み様が生贄を残した時の災いが恐ろしいものなんだろうね。僕たちには親切なあの村の人たちが、こんな・・・」

ライムがそう言いかけ、首を横に振る。

「でも、生贄として残されたことは、彼女たちのせいなのかな?幼い頃からの教えのせいで、村のために生贄になることを誉れに感じていて、いざ選ばれたら村長たちに酷い扱いをうけて、それで上噛み様が残したからってこんな・・・」

トラヒコが、辺りを見渡し、腕組みをする。

「何故残されたんだろうな。上噛み様って奴の気分なのか、それとも・・・。そもそも、上噛み様ってのは何者なんだ?実在するとしたら、村人たちにここまで恨まれるような災いを引き起こす、土地神・・・いや、上位の魔物なんじゃないかとも思うがな。それに・・・」

トラヒコが、物陰を睨みつけ、目をそらした。


 残女の家を1軒ずつ訪ねたが、応じてくれたのは10年前に残女になったという女性だけだった。つまり、前々回の上噛み祭の生贄である。汚れた衣服とボサボサの髪、疲れきった表情で年齢よりも老けて見えるが、きっと以前は美しい女性であった片鱗がある。

 女は、長い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。

「わたしは・・・弟や妹、友達が、元気に生きていけるように・・・お父さん、お母さんが、長生き出来るようにって・・・村のみんなが健やかにあるように・・・生贄に選ばれた時は、そう思いました」

声が、震える。

「村長は、5年間、生贄の成長を見定めていて・・・自分が満足したら次は村長の側近たちに・・・わたしは、途中で逃げ出してしまったけれど・・・。村長は都会から男を連れてきているでしょう、わたしが上噛み様に残されて、雨が異常に振り続けたせいで作物が腐ってしまって飢饉に・・・その時に病も流行って、沢山の人が亡くなって・・・罪悪感で・・・でもそれに紛れて、村の若い男たちが村長の側近に殺されて・・・聞いてしまったんです、残女の扱いに反対したからって・・・若い男たちの補充で、都会から・・・あなたたちも?生贄の女を餌に、連れてこられるのでしょう・・・?」

震える手で、欠けた湯呑から水を啜る。

「村長や、側近たちは、飢えませんよ・・・都会からの食べ物があるから・・・わたしはあの1ヶ月が耐えられなくて、逃げ込んだ蔵で見たのです・・・。都会から男の人を連れてくるようになったのは、ここ数年のことで、わたしが残された時にはいませんでした・・・でも村長は都会に村人が出て行くことを恐れたから・・・都会に出ていこうとした若者も、殺されています。わたしが残された年も、何人か病で亡くなって、後から本当は殺されたって知りました・・・いつの間にか、生贄が残されて起きた災いのせいにされているけれど・・・ここは側近たちが色々捨てにくるから・・・愚痴も内緒話も捨てにくるから・・・」

はっ、はっ、と息が荒くなり、震える肩を抱く。

「上噛み様は・・・大きくて、目が青くて、まるで上噛み祭の青い満月のようで・・・人間は一呑みで・・・でも、わたしが残されたのは、上噛み様のご意志ではないと・・・村長の機嫌を損ねたり、秘密を知ってしまったり、村長にとって都合の悪い人間が増えたり、そういうことが重なったから・・・他の残女も、その時々で、何かがあったのかも・・・あまり話さないから、知りませんけれど・・・」

少しずつ、震えがおさまってくる。

「週に1回、弟や妹が来てくれるんです。食べ物を持って。あまり長居は出来ないけれど、村のことや、両親のことも教えてくれるんです。村の人たちは、村長を信じきっているから、残女のわたしのことは恨んでいると思いますけれど。実際に、上噛み様はわたしをお残しになった後、ずっとずっと空模様を雨になさっていましたし。わたしが、我慢していれば・・・」

「違っ・・・!」

涙を流し、思わず声が漏れたように、口を抑えて、彼女の言葉を否定することは彼女の覚悟や後悔や苦痛を理解した気になっているようで、それは絶対にダメだと、ユウヒは嗚咽を漏らした。ネガは、汚れ切った畳を瞬きもせず見つめている。トラヒコは、静かに目を閉じた。ライムは。感じたことのない怒りが喉の辺りまでこみ上げてきていた。

「あなたたち、都会から来た人ではないのね、きっと。もう、村を出て行くといいわ。こんな田舎村のこと、さっぱり忘れて生きていって」

悲しいほどに綺麗な笑顔。


 残女の家を後にする。4人とも、次の行動に向けて気持ちが滾る。

「月の形からして、祭り当日まであと1週間くらいだと思うっす。それまでに出来ること、何があるっすかね」

「村長のことをぶっ飛ばしてやりたいけど、そうしても上噛み様がいるわけでしょ。村長の匙加減で、上噛み様は生贄を食べるか残すか決めるみたいだったし。村長と上噛み様の関係を調べないといけないんじゃない?」

「上噛み様の能力は、天候の支配かな。それに、都会から食料を得ていたり、なんの違和感もなく都会から移住してくる男がいたりするくらいだから、能力の影響はこの村だけなのかもしれないね。村長も村から人が出て行くことを阻止しているみたいだし。なんとか村の人たちを村の外に避難させられないかな」

「それは、きっとあいつらが何かしら根回しするかもな」

トラヒコが顎をしゃくった方角をみると、村長を担いでいた男衆が2人、走り去っていくところであった。

「あいつら、俺たちがこの村の秘密を知ったことに気がついただろうな。正直、村長や取り巻きは大した敵じゃない。まとめて片付けることも出来るだろうが、問題は・・・」

遠くで鳴っていた、太鼓と笛の音がやんだ。


 宿への帰路を辿る途中。スミが村の子どもたちや、赤子を抱いた女や、威勢よく荷車を押す男や、店先で野菜を売る老人や、石垣の上で眠る猫や、尻尾を振り吠える犬や、飛び去っていく鳥たちや、道端に咲く小さな黄色い花や、村のひとつひとつに目を留めて歩いてくる。その視線がライムたちに向けられて、嬉しそうに口が開きそうになる。しかし、ライムたちはスミと目を合わせずにすれ違う。

「ごめんなさい、スミ。うちらのこと、知らないふりして」

すれ違いざまに、ユウヒがスミの耳元で囁く。前をゆくネガが靴紐を結び直すためにしゃがみ、その隙に続ける。

「村長の取り巻きに注意して。あとはうちらに任せて。あんたを生贄になんてさせないから」

驚いた顔で目を見開いたスミであったが、4人のことを振り返らず、まっすぐに村長の家へと足を踏み出した。

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