23.わたしたちの村にようこそ②
村の広場に子どもたちの笑い声が響く。じゃんけんをして、負けたら勝った者に食べられて後ろに続く。そうして、最終的には大きな蛇になっていく。ライムもユウヒもネガも、既に呑み込まれていて、蛇の頭である小さな少年は、ついに村のガキ大将も丸呑みにした。
広場の端にある木にもたれかかり腕組みをして、トラヒコはため息をつく。「たかが」Dランクの冒険譚、早く完結させてさっさと次に進みたい。それなのに。能天気なユウヒや、流されやすいネガだけならまだしも、S級の冒険者かもしれない父の行方を追うライムまでが、お気楽に子どもたちと戯れている。
他の子どもたちの輪には入らず、黙々と土をいじっていた少女が、「はい」とトラヒコに握った手を差し出す。「なんだ?」と訝しむトラヒコの前で少女が手を開くと、ぴょんっと蛙が飛び出した。思わず飛び退くトラヒコであったが、はっと何かに気がつき顔をあげると、昨日の仕返しとばかりにユウヒがこちらを向いて鼻で笑っていた。
子どもたちに一旦別れを告げ、教えられた村長の家へ向かう。
「ジャンベも一緒に来れたら、みんなと遊べたのにね」
ユウヒが、顔の前で手をパタパタと仰ぐ。
「そうだね。ジャンベ、ライオンタウンの子たちにも人気だもんね」
ライムも頷く。ジャンベの運動神経の良さは子どもたちも憧れていて、よくボール遊びに誘われている。
「そりゃいい。ジャンベの代わりに留守番するのは、どいつだ?」
トラヒコがひねくれると、ユウヒが先ほど蛙に驚いて飛び退いたトラヒコの真似をする。いがみ合う2人と間に入るライムを横目に、ネガが「それにしても」と切り出す。
「村長が蛇爺さんって、どういう意味っすかね」
広場の子どもたちに村長について尋ねていた時のこと。ガキ大将が、「ああ、蛇爺さんだろ」と言い、その取り巻きは笑ったが、他の子どもたちは気まずそうな顔をしていた。真面目そうな子が「そういうこと言っちゃいけないって、お母さん言ってたよ」と注意をしたくらいなので、あまり良い言葉ではないのだろう。
「会ってみりゃ、わかるだろ」
本当に、会ってみれば謎が解けた。
村長は生まれつき足が悪いそうで、細い両足がくっついて、蛇の尾のようになっている。座布団に座る村長の姿もどこか、とぐろを巻く蛇のようである。
村長の家につくと、真っ白な浴衣の美しい女性が出迎え、座敷へ案内してくれた。トラヒコがその女性の背中を睨んでいることに、ライムは気がついた。座敷でしばし待つと、障子が開き、男衆に座布団ごと担がれた村長が現れた。
「この通り、足が悪くて外を出歩くことが難しいんじゃ、旅の方、挨拶が遅れてすまなかった」
男衆が去ると、村長の隣、僅かに下がって、先ほどの浴衣の女性が座る。
「いえ、こちらこそ。突然村にお邪魔してしまったのに、おもてなし頂いてありがとうございます」
頭を下げるライムに、ユウヒとネガも慌てて続く。
「礼を言うのはこちらの方じゃよ。こんな人里離れた村に来てくださって、ありがとう。祭りも是非楽しんでくれい。あわよくば、このまま村に居着いてもらっても構わないんじゃ。いや、そうしてくれた方がありがたいくらいじゃよ」
昨日の村人が言っていた通りである。
突然、トラヒコが口を開く。
「そちらの女性は?」
浴衣の女性が、びくっと身体を震わせ、村長の様子を伺う。
「ほほう、スミを見初めたかな。残念じゃ、スミは上噛み祭で大事な役割を果たさねばならん。今は誰か1人の女にはなれんのじゃ。なあ、スミ」
村長が、馴れ馴れしい手つきで女性の肩に触れると、女性はさらに身体を震わせた。
「ちょ・・・」
言いかけたユウヒを制止すると、トラヒコが「大事な役割とは?」と追求する。
「それは、祭りの当日を楽しみにすることじゃ」
そう言うと、村長は手を2、3度打ち鳴らした。廊下に控えていたのか、すぐに障子が開くと、男衆が現れ、村長を座布団ごと担ぎ上げて座敷を出て行った。スミと呼ばれた女性も、ちらりとこちらを向きかけ、その後に続いた。
「なにあれ!ひどくない?セクハラよ、セクハラ!」
ユウヒが息を巻く。
「あんたたちも、そう思わない?うちはとっても、ムカつくんだけど!」
「も、もちろん、気色悪いなと思ったっすよ。スミさんって方が村長に怯えているのは、見てて伝わったっす」
慌てて、ネガが頷き、答える。
「トラヒコ、もしかしてスミさんのこと、何か知ってる?」
ライムの問いに、腕組みをしてしばし考えた後、トラヒコが口を開いた。
「昨日の夜、見た。宿の外を歩いていた。今思えば、村長の家の方角からだったな」
「あんたも、スミさんが村長に何かされてると思う?」
ユウヒの問いに、珍しく真剣に向き合うと、トラヒコは声のトーンを少し落とした。
「まあ、な。思いつくことはそりゃ、いくつかはある。あの怯え方は普通じゃない。上噛み祭での大事な役割っていうのも気になるな。村長は、『今は誰か1人の女にはなれん』と言った。裏を返せば、複数人の女になっているかもしれない。都会からの移住者が全員男っていうのも引っかかる。あんまり、いい予想ではないけどな・・・」
4人とも、言葉が出ない。しばらく押し黙っていたが、ライムの「あのさ」という声で沈黙が破られた。
「昨日、トラヒコがスミさんを見かけたのと同じくらいの時間に、宿の外を見張ってみない?」
夜。宿の外の物陰に4人の姿はあった。
「そういえば、あんたさ。ほんとにスミさんに一目惚れしたの?」
ユウヒが、小声でからかうようにトラヒコへ向ける。
「そんなわけないだろう」
相手にしないトラヒコに、「だってさ、村長の言葉、否定しなかったじゃん」と、肘でトラヒコをつつくユウヒ。それを押し返しながら、「否定することすら馬鹿らしかっただけだ」と呆れるトラヒコ。
「でも、スミさん、綺麗だったっすねえ・・・」
思い返しながら、うっとりとするネガ。「あんた、ミツカさんにもそうだったじゃん・・・」と、今度はユウヒが呆れ顔になる。
「しっ、あれ、そうじゃないかな」
ライムが指差す方。白い浴衣のスミが足早に向かってくる。目の前を通り過ぎようとしたあたりで、「あの、スミさん!」とユウヒが呼びかけた。大きく飛び退いたスミが、腰を抜かしたようにヘたり込む。
「あ、ご、ごめんなさい、どうかお許しください・・・!」
怯えるスミに、「大丈夫、わたしたち、何もしないから。ちょっとだけ、お話ししたいだけだから」と慌てて駆け寄り、落ち着かせるユウヒ。
「あ、昼間の・・・」
4人の顔を見ると、少し安心したのか、それでも乱れる息を整えようと深呼吸をするスミ。
「昼間のことで、気になったことがあって。よかったら、教えてくれませんか」
優しく笑いかけるライム。何度も頷くネガ。腕組みをする自らの目つきを省みたのか、そっと視線を外すトラヒコ。
「わ、わたし、生贄なんです・・・上噛み様の・・・ちゃんと呑まれないと、向こう5年が飢饉になっちゃう・・・残されたら村中から恨まれるから・・・でも、呑まれたら村のみんなに喜んでもらえるから・・・」
スミの話を聞いた後、4人の沈黙は昼間のものよりも深かった。
青い新月の日、生贄の女が選ばれる。それは誉れであると同時に、自らを生贄として磨き上げるための責任を負うことでもある、と幼い頃から教えられてきた。スミだけではない。村の女は皆そうだ。そして、1度は連れて行かれるのである。「残女」の家へ。上噛み様に「残されてしまった」女。呑まれずに生き残ってしまった女。生贄が残された年から向こう5年間、天候は荒れ、作物は枯れ、疫病は蔓延り、多数の死者が出た。村の人口も大きく減った。村人たちは残された女を「残女」と蔑み、恨み、迫害した。そうならないように、もしも自らが生贄として選ばれたのなら、上噛み様に喜んで呑んで頂けるように自らを磨き上げようと、思わされるのだ。
そして今年、青い新月が昇った日、スミが生贄に選ばれた。その日から、自宅に帰ることは許されず、村長の家で自らを磨くことになった。まずは村長の夜の相手をさせられた。続いて、男衆。そして、都会から移住してきた男たち。それが、生贄としての自分を磨く行為なのだと言われても、スミは気持ち悪さを堪えることが出来なかった。
青い月が随分と太くなってきた頃、村長が酒を飲むと朝まで目覚めないことに気がついたスミは、毎晩理由をつけては酌をして、村長が寝静まった頃にこうして外に出てきていた。自宅には帰れない。両親にこんな姿を見られたくない。田舎道をふらふらと彷徨っていると、足元でカサッと音がした。青い月明かりに照らされた先では、蛇がネズミを呑み込むところであった。その時。とてつもない恐怖が、スミを襲った。呑まれるとは、こういうことなのだ。心のどこかで、恐怖を押し殺していた。村を救う誉れ高いことなのだと理由をつけて、見ないふりをしていた恐怖を、顔先に突きつけられたようだった。
怖い。怖い。怖い。逃げ出したい。
翌朝。広場に子どもたちの笑い声が響く。
子どもたちに誘われて、手を引かれて、遊びに加わるユウヒの笑顔には力がない。ネガも浮かない表情だ。ライムも、努めて明るく子どもたちと戯れるが、どうしても昨夜のスミの話が頭をよぎる。
広場の端にある木にもたれかかり腕組みをして、トラヒコはため息をつく。「たかが」本の中の話だ。現実じゃない。それなのに、どうも割り切れない。今日も黙々と土をいじっていた少女が、「はい」とトラヒコに握った手を差し出す。
「同じ手には引っかからないぞ」
トラヒコが鼻で笑うと、少女も鼻で笑って返し、手を開くとそこには小さな黄色い花がのっていた。
子どもたちは賑やかに、じゃんけんをしては大きな蛇になっていく。
「うわがみさ~まにのまれたら、うわがみむ~らはひとあんしん。うわがみむ~らのおそらもよう、うわがみさ~まのいうとおり」




