21.Sランクの冒険譚
竜の筆、女子寮近く。噴水の前で待つライム、トラヒコ、ネガ、ジャンベに、ユウヒが「ごめーん」と小走りで駆け寄る。ため息をつくトラヒコ、「大丈夫だよ、僕たちもさっき来たところ」と迎えるライム、「さっき・・・っすかね」と苦笑するネガ、一緒にボール遊びをしていた子どもたちに手を振って戻ってくるジャンベ。
ライムたちパーティーは、先日のオロチ山の件の後、各自数回の通院を経て、冒険の再開を許可された。見た目には傷の回復もしているし、訓練も問題なく出来てはいたが、病院から最後に許可が出たトラヒコを待つあいだに月が1つ変わっていた。ライムたちは、これを良い機会と捉え、訓練や魔法の勉強に打ち込んだ。ジャンベも、鑑定士としてギルドで働くようになり、忙しい日々を送っていた。そして。
「さっさと行くぞ」
ユウヒの息が整うのを待たず、トラヒコが歩き出す。赤鬼の、Cランクの冒険譚を取り置きしてもらう交渉は、既にモカにしてあった。その回答を今日もらえる約束である。そして、自分たちで拾ったDランクの冒険譚、ついにその完結を目指す冒険へ出ることになった。
ギルドへ向かって通りを歩く。先日スドウルと通った道に出て、ふと、ジャンベが思い出したように口にする。
「そういえば、ボク、この前聞いたんですけど。冒険者の級って、A級の上があったりするんでしょうか?」
ユウヒも、「あっ、そういえば」と手を叩く。
「あんた、前に得意気に言ってたわよね、『お前ら、未完の冒険譚がAランクまでしかないと思ってるんだろう』って。この際だから、はっきり説明しなさいよ」
トラヒコの背中に向かって、ユウヒが詰問する。
「ああ、よく覚えてたじゃないか。てっきり、もう忘却の彼方かと思ったぜ」
さっそく噛み付くユウヒの横で、ネガも考え込むように空を見上げる。
「そうなんすよね。あの後、おいらも調べてはみたっすけど、ギルドの図書室とか学校の資料室とか色々みても、Aランク以上の冒険譚に触れた文献があんまりないっす。たまに、Sランクって文字はあるっすけど、『存在する可能性』とかで・・・」
「まあ、そりゃ、一般人が見聞き出来る範囲に情報は落ちちゃいないだろう。国の研究機関やら、国軍やら、やっかいなのが絡んでるからな」
トラヒコの言葉に、ユウヒが「で、じゃあなんで、あんたがそんなこと知ってるのよ」と頬を膨らませる。一瞬、思いがけず真剣な顔で黙り込んだトラヒコであったが、すぐに鼻で笑うと「それは、お前ら一般人と、俺は違うからだよ」と嫌味で返した。
「ところで、ジャンベは誰に、何を聞いてそう思ったの?」
ライムは、以前よりも確信を持って、父、シトラスへ近づいていると感じながら、問う。
「鑑定士の、先輩です。ボクを寮まで送ってくれて、その時にS級がなんとかって・・・。ボクを竜の筆に案内した人がそうだって言ってました」
トラヒコとライムが顔を見合わせる。
「シンさんが・・・?」
「えっと、たしか、シンリュウって名前で呼んでました、その人」
先日の宴の後、ある程度は話の流れを聞かされていたユウヒとネガも、呆気にとられている。
「へえ。シンさんが、ねえ。そりゃ、強さの掴みどころがないわけだ」
トラヒコが武者震いする。ライムは、もしかしたら父のことをシンが何か知っているかもしれないと心が跳ねる。
ギルドへ着くと、すぐに受付へ向かう5人。一同を、笑顔のモカが迎えてくれた。
「皆さん、おはようございます。これの件、ですね」
モカが、赤鬼のCランクの冒険譚が撮られた写真とあらすじが書かれた紙を、手にしている。
「ご安心ください。こちら、皆さんが優先的に完結を目指すことが出来るよう、しばらくは掲示板に掲載しないことになりました。それに、他のC級冒険者の方々も今回の件をご存知ですから、皆さんのお気持ちを汲んでくださいました」
モカの言葉に、ホッと安心する一同。
「ま、まあ、うちらだってC級になった頃には、あんな赤鬼簡単に倒せるようになってるんでしょうし」
「そ、そうっすね、おいらたちの成長を思い知らせるっすよね」
ユウヒとネガの顔は、若干引きつってはいるが。
「それと、モカさん。もう1つ聞きたいことがあるんですけど・・・。えっと、竜の筆に入る時にマスターとの面接で、僕は父が冒険者だったと言いました。その父なんですが、自分も冒険者になって色々と意味が分かるようになって気がついたんですが、Aランクの冒険譚を1人で完結させているみたいなんです」
あまり言葉がまとまらないうちから、ライムは一気に述べた。目を見開いてトラヒコがライムの顔を見つめる。ユウヒやネガも、開いた口が塞がらないようだ。ジャンベは状況が掴めない様子だが、そのジャンベの肩に手をのせて、ライムは続ける。
「それで、実は僕たち、Aランクよりも上の冒険譚があるんじゃないかって話をしていたんです。父の話はみんなにはしていなかったけど、でもAランクを1人で完結させるような冒険者なら、その上の冒険譚がもし存在すれば挑んでいてもおかしくないかなって。それに、竜の筆にも、そういう冒険者の方がいるんじゃないかって。もし、モカさんがご存知なら・・・」
はじめは驚いた表情でライムの話を聞いていたモカであったが、段々と真剣な面持ちになる。
「皆さん、少しだけここでお待ちいただいていいですか?」
モカは受付から離れ、ギルド職員の働くフロアを抜けて奥の鍵付き扉へと向かった。モカの態度から、きっとSランクの冒険譚なるものは存在している、と確信を得た。
しばらくして、モカが1冊の冒険譚を手に戻ってきて、「こちらへ」とついてくるように促した。なんとなくギルド内を見渡してしまうが、特に5人へ視線が注がれているわけでもない。モカに案内された個室は、普段何に使われているのか不明であるが、薄暗い雰囲気が漂っていた。個室の中央に、机だけが置かれている。その机の上に、モカは手にしていた冒険譚を置いた。
「マスターからは、この冒険譚の情報は非公開にすること、しかし万が一尋ねられた場合には隠さずにこちらをお見せすること、を言い付かっております」
顔を見合わせ、おそるおそるライムが冒険譚の表紙を捲ると、「S」の刻印と、「エレンド、シンリュウ、ジームドンク、ハクビ」の名が刻まれている。ページは年季を帯びた色だ。
「え、ジームドンク教授!?」
ネガが声を上げると同時にユウヒも「ハクビさんって、あの、でんえんのハクビさん!?」と興奮したように手を口に当てる。
「エレンド・・・マスターと、シンリュウがシンさんか。この4人が、S級冒険者。そして、これがSランクの冒険譚か」
トラヒコがその先のページを捲ろうとすると、途端に冒険譚が、目を開けていられないくらいの眩しさで白く輝きだした。
「こちらには、『閲覧制限』の封印がかけられております。申し訳ございません」
モカがそっと、トラヒコの手の上から表紙を閉じた。目が慣れるまでに少し時間がかかる。
「これ・・・Sランクの冒険譚って、鑑定は誰がするんですか?」
ジャンベが、目を輝かせる。
「ショウノジン様が。ライオンタウン、というよりも、国内でSランクの鑑定が出来るのは、ショウノジン様くらいしか思い当たりません」
ライムは、父もきっとS級冒険者であったのだろうと、信じて疑わなくなってきた。
「あの、竜の筆にS級冒険者はどれくらいいらっしゃるんでしょう」
「S級冒険者という呼称は非公式なものですが、この竜の筆でさえ、Sランクの冒険譚を完結された冒険者はこの4名だけと聞いております。ですので、ライムさんのお父様は・・・」
モカは、ライムの質問の意図を理解しているようで、申し訳なさそうに付け加えた。
「ここにある、Sランクの冒険譚はこの1冊だけですか?」
トラヒコが、表紙の円環を描く本の中央を、穴が開くほど見つめながら問う。
「はい。唯一、この1冊だけ、こちらで保管されております。わたしが知る限り、ですけども」
個室を出る前に、モカからは「このことは、どうかご内密に」と言い含められた。尋ねられたら見せはするが、積極的に情報を公開しているわけではないからであろう。
「それにしても・・・ハクビさん。やっぱり只者じゃなかったんだぁ」
ユウヒが、でんえんの暖簾をぼーっと見つめる。
「おいらも、ジームドンク教授は凄い方だとは思ってたっすけど、まさか・・・」
ネガも隣でぼーっと天井を見上げている。
「ジャンベ、あの『7』って書かれた冒険譚のことは、何か分かったか?」
トラヒコの問いに、ジャンベが力なく首を横に振る。
「まだ・・・です。ボクも読みたいんですけどね・・・まだCランクを鑑定するのに精一杯で。でも、今日のことでなんとなく感じました。あの本、きっとSランクなんじゃないかって」
「それが予想じゃなくて、あの時みたいに鑑定だったらいいんだけどな。まあ、それはいい。おい、ライム」
トラヒコがライムを睨む。何を言わんとしているか、顔に書いてあるようだ。
「あ、違うんだよ、トラヒコ。別に隠してたわけじゃない、父さんのことも、レモン姉さんの論文のことも・・・僕自身も分からないことだらけなんだ」
弁明するライムを、腕組みしながら睨んでいたトラヒコであったが、突然大きく息を吐き出し頭を掻いた。
「俺も、隠していることはある。Sランクについても、親父が国軍、お袋は研究機関の人間だからってのもあるが、知ってはいた。でも、俺が知りたいのは、その先だ。それは、すまん、お前らにはまだ言えない」
いつになく、真剣な表情で頭を下げるトラヒコに、面食らったような表情のユウヒが「え、別にそれはいいんだけどさ・・・」と返す。
「そりゃ、気になるけど。でも、無理に聞いたりしないよ。友達にだって仲間にだって、言えなかったり言いたくないこともあるでしょ。うちだって、そりゃ、あるし」
ふっと、自然な笑顔を一瞬みせるトラヒコであったが、すぐに嫌味な笑みに戻り、「ほう、お前にそんなもん、あるのかよ」とからかって、いつもの口喧嘩が始まる。
「それじゃあ、ボクはギルドで待ってます!無事に戻ってきてくださいね!」
ジャンベに見送られ、ライムたち4人は、モカのもとへ向かう。モカがDランクの冒険譚の表紙を捲ると、白紙のページが現れる。
「もうお分かりだと思いますけど、危険を感じたらすぐに脱出してください。命ある限り、冒険に失敗はありません」
モカの言葉に頷き、4人が白紙のページに手を重ねた。
でんえんの暖簾が揺れ、ハクビとヨモギが顔を出した。ヨモギが、ライムに向かって手を振る。
「では、皆さん、いってらっしゃいませ」
モカが表紙を閉じて4人の手を挟み込むようにした。
横に揺れているのか、縦に揺れているのか、自らが揺れているのか、世界が揺れているのか。
視界が段々とぼやけてゆく。
明るいのか、暗いのか、暖かいのか、寒いのか、広いのか、狭いのか、楽しいのか、悲しいのか、段々と感じ方もぼやけてゆく。
それが徐々に徐々に、収まってきて・・・。
いつの間にか瞑っていた目を開くと、そこには長閑な田舎の風景が広がっていた。




