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19.白衣と桃髪

 訓練場からギルドへ入ると、1階の広間はいつもに比べて人が少ない。制服を着た職員たちにも、のんびりとした雰囲気が漂っている。ミツカについてギルドの階段を上り、マスターの部屋とは反対方向へ向かう廊下を進むと、そこには日が心地よく差し込む窓のある、1階とは少し趣の異なる広間があった。広間を囲うようにして大きな本棚があり、あらゆる魔法の専門書や、戦術書、武器や魔物の図鑑、歴史や文化を記した書物、小説から絵本まで揃っている。広間に浮かぶ提灯には、「竜の筆 図書室」と書かれていて、ライムは納得した。


 図書室には机が並んでいて、メガネを上にずらして何やら熟読している男性や、魔法陣の図解を広げて考え込む若い集団、向かい合って盤と駒を使い勝敗を競っているであろう2人組み、そして奥の方の机で本を広げてぶつぶつと呟くユウヒと、鳥の巣頭を掻きながらレポート用紙の束を見返すネガがみえる。

「ユウヒ、ネガ、ここにたんだ」

ライムが声をかけると、驚いたように2人が顔をあげる。

「剣術や体術の2人は訓練場で、魔法を扱う2人は図書室で励む。素晴らしいパーティーじゃないか」

リキが場にそぐわない声をあげ、周囲の視線を感じて慌てて口を閉じる。

「どうしたの?ライムはまだしも、トラヒコがこんなところに来るなんて、珍しいじゃん」

ユウヒが揶揄うと、トラヒコは「いや、俺はお前らがギルドに入る前にここの本を読み尽くしたんだよ」と、真偽の程がわからない返しをする。

「ミツカさんやリキさんのお知り合いの方を、紹介してもらえることになったんだ」

ライムの説明のかたわらで、ミツカが髪をかきあげ前かがみになると、机の上を眺める。

「あら、炎の魔法、色々な飛ばし方を勉強していたのね。あなたは、回復魔法ね。薬草の知識は少しだけあるから、必要なときはいらしてね。2人とも、とっても偉いわ」

大きく頷くリキ。

「この前、赤鬼と戦った時、やっぱり攻撃の仕方がワンパターンだなって思って。同じ炎の攻撃魔法でも、こんなに色々あるんだなって思いました」

ミツカの言葉に照れながらユウヒがそう述べると、「今頃気がついたのか」と鼻で笑うトラヒコ。2人の口喧嘩の横で、ネガが口をぽかんと開けて呆けている。

「どうしたの、ネガ」

ライムが声をかけ、顔の前で手を振るが、ぼうっとミツカを見つめて「薬草・・・偉い・・・」と半開きの口から漏らすネガ。


 「よかったら、みんなでいきましょ」というミツカの誘いに、ユウヒも、やっと正気を取り戻したネガも急いで机の上を片付けた。

 図書室を抜けると、殺風景な廊下が伸びていて、白い扉がいくつか並んでいる。窓から中の様子を覗き見ると、映像が映し出された魔具を操作し、作業に没頭している人々が目に入る。皆、白衣を羽織っている。

 白い扉のうちの1つを、ミツカさんがノックした。パタパタと、スリッパの音が聞こえて、ドアが開かれると、想像していたよりも低い位置、ライムの顎下あたりに、桃色の髪が現れた。

「モッチちゃん、忙しいところ、ごめんなさいね。最近仲良くなった子たちにあなたのことを紹介したくって」

桃色のショートヘアー。やはり白衣を纏っていて、スリッパには目つきの悪い猫の顔が描かれている。幼い印象であるが、室内の黒板には難解な図や式が書かれており、只者ではないことも分かる。部屋に置かれた魔具が、空中に大陸地図と何かのグラフや数字を映し出している。

「いいよ、入って」

モッチが皆を招き入れる。


 ミツカやリキの説明をまとめると、こうだ。竜の筆には、冒険者や鑑定士の他に、研究員も所属している。普段は冒険者と顔を合わせることも少ないので、存在はあまり知られていないが、隠されているわけではない。ギルド内での研究結果は、国の研究機関から報告を要請されており、なかでもモッチの研究は注目されている。国の研究機関からもスカウトを受けている程である。

 一方で、モッチはミツカやリキらとパーティーを組む冒険者でもある。幼い見た目と優秀な研究員のギャップ、人見知りゆえの無愛想さも相まって、仲の良い友人は少ないが、気を許した者にだけ見せる姿もあるという。

「モッチちゃん、可愛いものが大好きなの。モッチちゃん自身も可愛いけれど」

ピンクと白の体毛と羽の生えた、目のキョロキョロとした鳥・・・虫のような何かが部屋の天井付近を飛んでいる。

「可愛い・・・?」

ネガが見上げて訝しがる。

「メモリーモス。文字や風景を記憶していて、後から再現できる」

説明するモッチの口元が、心なしか緩んでいる。

「冒険者ってことは、魔法も・・・?」

ユウヒが興味津々で尋ねた時には、モッチは澄ました顔に戻っていた。

「これ」

モッチが、机の上のペン立てから、他よりも重厚な桃色のペンを取り出した。カチッとノックボタンを押した途端、灰色の光とともに、モッチの姿が消えてしまう。

「えっ」

ライム、ユウヒ、ネガが驚き部屋中を見渡している間に、トラヒコは部屋の外へ目をやった。ドアが開くと、モッチがやはり澄ました顔で部屋に入ってくる。

「瞬間移動。空間属性。わたしの能力の範囲内なら移動できる」

思わず、拍手をしてしまうライム、ユウヒ、ネガ。そして、ライムがこっそりとネガに、「属性の空って、空間ってことだったんだね」と囁く。「そうっす。まあ、波と空は、他の属性よりも使い方が多いんで、波動を飛ばしたり瞬間移動したりだけじゃないっすけど」とネガが囁き返す。


 ミツカとリキが、今度はライムたちのことを紹介してくれる。先日のオロチ山での件になると、おもむろにモッチが口を開いた。

「状態の良いサンプル、ありがとう。でもそれより、魔物は冒険譚の中での記憶を持ったまま外に出てきている可能性が高まった、こっちの方が収穫」

赤鬼は、ジャンベが読んだあらすじの通り、英雄への復讐心を抱いていた。そのおかげで、一同にはネガに応急処置を施してもらう猶予ができた。

「じゃあ、そろそろ」

モッチが立ち上がる。研究の続きをさせろ、ということだろう。

「ごめんね、モッチちゃん。今度、パフェ、奢るわ。イチゴのやつ」

モッチの口元が緩む。

 

 順番に部屋を出て、ライムが最後になった。何気なく振り向いた先に本棚があり、1冊の本に目が留まる。

「あ、これ・・・レモン姉さんの部屋にもあったな」

懐かしい思いで呟いた一言に、モッチが驚いたように近づいてきた。

「レモン?」

「あ、すみません。僕を育ててくれた親戚も、同じ本を持っていたんです。まさか、モッチさんのような研究員の方が読まれている本だなんて、知りませんでした」

モッチが、じっとライムの目を、穴が開くほど見つめる。思わずたじろぐライム。

 「ライム、どした?」と先に廊下へ出たユウヒが声をかける。ミツカがモッチの表情をみて、何かを察したように、「わたしたちは先に行ってましょ。たまにはギルドの外でご飯を食べるの、どう?」と皆に向ける。無邪気に喜ぶユウヒと、ミツカの誘いは絶対に断らないと決めたかのようなネガであったが、トラヒコだけはライムへ「後で教えろよ」といったような目配せをして立ち去った。

 「君、出身、どこ?」

「ラクダ村です・・・けど・・・」

モッチはやはりしばらくライムを見つめていたが、突然机に向かうと、紙の束をクリップで留めたものを手に戻ってきた。それを、無言でライムに差し出す。論文のようだ。著者のうちの1人に、なんとレモンの名前がある。

「え、レモン姉さん・・・?」

「わたし、レモンさんの、5つ下で、話したことはないけど、論文はほとんど読んでる。レモンさんは、君の、何?」

「あ・・・えっと、レモン姉さんは僕の父の妹で・・・父方の叔母っていうことになります。両親に代わって、僕をここまで育ててくれた人で・・・でもこんな、論文を書いていたなんてちっとも知りませんでした。むしろ、学問とは縁がなさそうな・・・」

レモン姉さんの顔を思い浮かべながら話すライム、その目をやはりじっと見つめながらモッチは聞いていた。

「あれ?でも、レモン姉さんの5つ下ってことは・・・え、モッチさんって・・・」

モッチの目が、少し細くなった。これ以上はやめておいた方がよさそうだ。


 レモン姉さんの名前が記された論文をリュックに入れると、ライムはギルドの外へ出た。ナガレの運転する車に、一同が乗り込んでライムを待っていた。「今日は、あの子はいないのか?」というナガレの問いに、「ジャンベは、鑑定士の集まりがあるみたいで」と、ちゃっかり助手席を確保したユウヒが答える。

 ナガレに礼を述べながら車に乗り込むと、ライムはギルドのモッチの研究室がある辺りを見上げた。リュックの中に増えた重みは、そのままライムの心にも引っかかりを感じさせていた。

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