17.宴のあと
でんえんの暖簾をさげ、すっかり人通りの少なくなった夜中のギルド前で、ハクビは思い切り伸びをした。そして、この時間になってやってくる「客」に向かって、「もう終わりだよ」と声をかける。
「ああ、やっぱり」
そう言いながら、気にする様子もなく店に向かってくる「客」は、ハクビの前までくると「今日は、患者が多かったんだ。ご飯、まだなんだよ」と情けない声を出した。
「あんた、ただの町医者のくせに働き過ぎなんだよ。いいや、それとも教授様かい?」
はじめからそうするつもりであったように、ハクビは店の戸を開け、「客」を招き入れる。「どっちでもいいよ。君にとっては、いつまでたっても鈍臭いジームドンクさ」
「あんたの病院で診たんだろ、あの子たち」
余り物のチーズとソースと米と肉で作られた丼物に、「僕、もう若くはないんだけど・・・」と苦笑するジームドンクだが、ハクビは「ふん。ついさっきまで若い連中に飯作ってたんだから、仕方ないだろ。文句言わずにさっさと食いな」と、取り合わない。
「そう、みたいだね。実際に診たのは若手の回復魔導師だったけど。僕は、この頃温存させられるんだ。先生は、大怪我や大病の患者に備えてくださいって」
「へえ、自慢かい」
「自虐だよ。若い頃のように、無尽蔵に魔力を使えるわけでもない。魔具に頼って、なんとかかんとか」
「その魔具だって、へなちょこには使えないことは、見たらすぐにわかる。やっぱり、自慢じゃないかい」
ハクビが、店の外に気配を感じて、フライパンを火にかける。
「ああ、久しぶりだね。エレンド、シンリュウ」
未明。でんえんの前で、ハクビがタバコの煙を燻らせる。隣でジームドンクが啜るコーヒーからも、湯気がたちのぼる。
「もう、夏も終わりかな」
「ふん。今すぐ冬にしてやってもいいんだよ」
「いや、まだそれはいいかな・・・」
姿は見えないけれど、どこかでカラカラカラと不思議な声で虫が鳴く。
「今日は、懐かしかったな。久しぶりに4人でご飯を食べて、酒を飲んで、夜更かしして馬鹿な話に花を咲かせて、若い頃みたいだった。みんなこの町にいるのに、なかなか集まらないからね」
「そりゃあ、もういい歳だから。本当はそれぞれに、ギルドの若い連中と同じ頃の子どもがいたっておかしくないんだ」
本当にね、と返すジームドンクの声は、言葉にならない。
「ああ、そうだ。これ、見てよ」
代わりに、ジームドンクが魔具を取り出し、操作する。そして。
「これ。懐かしいだろう。若かりし頃の、君」
魔具には、新雪のような白銀に輝く髪をなびかせる美女の姿が映し出される。
「今の君も・・・相変わらず綺麗だけど・・・」
「やっぱり今すぐ冬にしようかい」
「いやいや・・・。それで、ほら、これも。君がでんえんの大将と結婚して、店の看板娘になるって言い出した時は驚いたよ。ついに、エレンドとシンリュウのアプローチ合戦に終止符が打たれたからね」
魔具に映された、割腹のいい男が、フライパンを担ぐようにしてポーズを決めている。ハクビはそれをじっとみつめると、短くなったタバコを名残惜しそうに消した。
「ふん・・・。あんただって、わたしのことが好きだったくせに」
「ええ・・・?この流れで、それを言う?」
ははは、と笑うと、ハクビは空を見上げた。
「教授様になると、そんな珍しい魔具も手に入るんだねえ。久しぶりにあの人の顔見たら、あの人の料理が食べたくなったよ」
「君の料理は、あの人の味がするよ」
ははは、と笑うと、ハクビは地を見つめた。
「まだまだ、だよ。さ、そろそろ帰んな。お偉い教授様は、明日も大忙しだろうから」
「明日は町医者だよ。うん、そうだね。また、来る」
コーヒーを飲み干し、マグカップをハクビに渡すと、ジームドンクは路地の向こうに去っていった。
1人になると、ハクビは新しいタバコを咥え、火をつけようとして、やめた。
「わたしだけじゃない。大切な人を亡くしたのは。エピローグを迎えなけりゃなんないんだよ。そのためにも・・・」
ハクビは思い切り伸びをして、朝食の仕込みの前に一眠りしなければと、店の戸を開けた。




