16.宴
「それじゃあ、若き冒険者たちの生還を祝って、乾杯!!」
既に顔が赤らんでいるルンポが、声を張り上げ盃を掲げると、ギルドの至るところから、それに応える声が響いた。
でんえんの暖簾が吹き飛ぶくらいの勢いで、料理がこんもりと盛られた皿が飛んでくる。その後ろから、ヨモギが盆にいくつもジョッキをのせて現れる。
「ライムさん!」
ヨモギの笑顔に照れていると、ルンポに背中をばしばしと叩かれた。
「もうお前たちは一人前の冒険者だ。胸を張れ。そして、食え、ほら」
骨付き肉を無理やりライムに握らせ、「ほら、ユウヒちゃんも」と大皿からパスタをよそって渡した。
ナガレの運転する車が竜の筆の前に停まるまで、ライムはぐっすりと眠っていた。ふと、安心できる場所に帰ってきたような感覚がして目を開けると、既に車から降りようとするトラヒコと、まだぐうぐう眠っているネガ、「シャワー浴びたい」と呟き目をこするユウヒ、そして2冊の冒険譚を抱えて不安そうにギルドをみつめるジャンベが目に入る。
リキやミツカ、ナガレに改めて礼をしていると、ギルドの扉が開き、中からマスターとショウノジンが現れた。マスターは、労うような笑顔を1人1人に向け、「おかえりなさい」と両手を広げた。ほっとして、思わず涙が出そうになるライム。そして、本当に涙を流すジャンベ。マスターは腰を屈め、「ジャンベ、君は何も間違っていないよ」と頭を撫でた。
5人はすぐに病院へ送られ、回復魔導師による検査と治療を受けた。ネガの応急手当と、ミツカの「特製ジュース」のおかげか、5人とも入院にはならずにギルドへ戻ってくることができた。
ギルドへ戻ると、今度はルンポを先頭に、「よく無事に帰ってきた」と歓迎を受けた。そして、質問攻め。オロチ山で、何があったのか。ユウヒが得意気に語り、ネガが補足し、ライムはほとんど聞き手に回っていた。トラヒコは誰かを待っているような様子であったけれど、マスターが階段を下りてくると立ち上がって真っ直ぐにマスターをみつめた。ライムも、それに続き、ギルドが一斉に静まり返る。
「今の話をもう少し詳しく、私の部屋でしてくれないか」
たちまち、ユウヒとネガが気まずそうに顔を見合わせる。
「え、これって、怒られるパターン?さっきマスター、何も間違ってないよって言ったよね?」
「いや、それはジャンベに対してっす・・・。でも、おいらたち、悪いことはしてないっすよね・・・?」
ヒソヒソと囁き合う2人に、マスターは咳払いをすると、にっこりと笑う。
「もちろん、君たちの武勇伝が聞きたいだけだよ」
ライムたちがマスターの部屋で昨夜の出来事を改めて説明している間、ジャンベはショウノジンに連れられて、鑑定士室へと別れることになった。マスターへの説明は、まずライムが話し始め、徐々にユウヒとネガが我慢できずに加わり、トラヒコは腕を組んで静かに聞いていた。魔物は「赤鬼」と呼称することにした。1体目の赤鬼を倒した技について、ライムが遠慮がちに話していると、トラヒコが突然「おい、もっとそれ、はっきり教えろ」と割って入った。
「俺がお前の元へ戻った時には、腹が凹んだ赤鬼がぶっ倒れていた。少しは俺との共闘で体力を削ってあったとはいえ、尋常じゃない威力だったはずだ。何をしたんだ?」
マスターも、じっとライムをみつめている。ユウヒも、ネガもだ。視線に囲まれ、ライムは恥ずかしくなった。
今度は詳細に、レモン姉さんとの稽古にも触れながら説明していると、マスターの部屋のドアがノックされた。ショウノジンと、その後ろにはジャンベ。
「間違いない、Cランクじゃ」
ショウノジンの手には、赤鬼が現れたあの冒険譚。
「つまり、まだ正式に鑑定士としての訓練を積んでもいないこの小童だが、C級鑑定士ということになる」
ショウノジンの後ろで、もじもじとするジャンベ。
「流石は、ウボンレイ族の民。話を聞くに、一族の者が鑑定をするところを見たことがあるようじゃ。それに、『本に呼ばれる』というのも、ウボンレイ族がよく口にする言葉じゃの」
ショウノジンの言葉に、ただ黙って頷くマスター。
「それじゃあ、わしは帰るぞ」
部屋から去るショウノジンの後を、「お送りします、ショウノジンさん」とマスターが続く。それとすれ違うように、ジャンベがライムたちの輪に加わった。
「ああ、そうじゃった」と立ち止まるショウノジン。
「お前たちが拾ってきたこっちの本、Dランクじゃったぞ」
ライムたちが初めて拾った冒険譚を、ショウノジンが5人に差し出した。
ライムの皿に骨が5本積まれている。満腹だ。ジャンベはまだ目を輝かせながら、あれやこれやを詰め込んでいる。ネガがプリンに舌鼓を打ち、隣でユウヒもショートケーキを口にし幸せそうだ。暖かいレモンティーをマグカップで飲みながらギルドの入口を眺めていたトラヒコの表情が、変わる。
「おお、シン!お前、せっかくの宴なのに遅れてきやがって!」
「わるいねぇ」と頭を掻きながら、いつもの甚兵衛姿でやってくるシン。すると。
「あ!あの時の!」
口いっぱいに頬張った卵料理をなんとか飲み込みながら、ジャンベが声をあげる。ライムのずっと抱いていた疑問の1つが、するすると解ける音がする。
「もしかして、ジャンベに竜の筆を教えたのって、シンさん?」
「いや、まいったな」と額に手を当て、後ろに倒れる素振りをするシン。
「そうそう、ちょいと仕事で放浪してる時、彼に会ったんだ。大事そうに冒険譚を抱えてるもんだから、それならギルドに行くといい、どうせなら俺が1番信頼してるギルドにってねぇ」
そばを通りがかったヨモギからジョッキを受け取ると、「ちょいと、残ってる料理を見てくるかねぇ」と立ち上がるシン。何気なく捲られた甚兵衛の袖から見える腕は、意外な程に逞しい。
「ルンポのおっさん。シンさんって、何者なんだ?」
ヨモギたちウェイトレスにデレデレと声をかけているシンを、真剣な表情でみつめたままトラヒコが問う。
「何者ってお前、ただの飲んだくれで大食らいのおっさんだよ」
ルンポが不自然に顔を逸らしたように、感じる。
「俺は、正直ちょっと前までシンさんのことも、あんたらおっさん冒険者と変わりないと思っていた。でも、冒険者として今まで以上に本気で訓練して、他の冒険者たちの動きを見て自分が今斬りかかったらどう対応するか、なんて想像したりして・・・」
「おいおい、危ねえこと考えてやがるなあ・・・」
「例えば、マスターには斬りかかることを許さない風格がある。ザンデラ・・・A級の人たちには、斬りかかったそばから叩き伏せられる予感がする。B級もまだ敵わない。C級なら・・・。でも、シンさんはよくわからない。わからないから、本当に斬りかかってみようかと思うくらいに、何も想像できないんだ」
「お前なあ、絶対に実行するんじゃねえぞ・・・。まあ、あれだ。シンは竜の筆の古株だ。マスターとも古い仲だ。と、ここまでだな、今日のところは」
ルンポが立ち上がると、おっとっと、とよろける。「酔っ払ったな、これ以上飲んだら、余計なことまで喋っちまいそうだ」と、ライムたちに手を振りギルドを出て行った。
振り返ると、シンもどこかへ姿を消していた。マスターの部屋、という気がした。
デザートに夢中のユウヒとネガは、シンについての疑惑には全く興味がないようだった。ジャンベも、自分がギルドに入るきっかけとなった人という認識で、それ以上でもそれ以下でもない様子。ライムは、トラヒコ程ではないけれど、やはりシンの動向が気になってきた。
「なあ」
トラヒコが、マグカップ片手に、ライムへ声をかける。
「俺たちがみつけたDランク、さっさと攻略して次に進もうぜ。強くなるしか、今の俺たちに出来ることはない」
ライムとしては、「強くなる」以外にもやるべきことがあるような気がしたけれど、トラヒコの言葉に頷いた。
「うん。ジャンベが鑑定したCランクも、出来ることなら僕たちで」
自然と、ライムも手元にあったグラスを持ち上げ、トラヒコのマグカップと乾杯した。




