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14.鬼か蛇か④

 ライムとトラヒコが1体目の赤鬼と対峙していた頃。

「ちょっと、ジャンベ!なんなのよ、意味わかんないじゃない!あれなに?なんであんた、その本があるって分かったの?あんた何者よ、いったい!」

涙目で矢継ぎ早に問い詰めるユウヒに、ジャンベも泣き出しながら答える。

「わかんないんです・・・!急に、なんだか呼ばれているような感じがして、頭がぼーっとなって、気づいたら走り出していて・・・」

ジャンベが手に抱える本の表紙には、円環を描く本の絵。やはり冒険譚である。そして。

「あの、ボクまだ鑑定とか分からないですけど、でも、これ、Cです」

涙目のまま、あんぐりと口を開けるユウヒ。

「Cって、Cランク・・・ってこと?」

「多分」と頷くジャンベ。さらに。

「あの、これ、いいのか分からないですけど・・・ボク、まだ鑑定士じゃないけど、ごめんなさい、読みます!」

目を瞑って、ユウヒに向かってぱんっと手を合わせると、ジャンベは手にした冒険譚の表紙をじっとみつめ、ページを捲る。徐々に、ジャンベの表情から、無邪気さや、明るさや、幼さが消えていく。

「『かつて、英雄が故郷を守るため、そして奪われた財宝やさらわれた姫を取り戻すため、鬼たちの国を滅ぼした。世界は平和を取り戻したのだが、鬼の子どもたちは英雄に対し復讐の炎を燃やしていた。ある日、鬼たちは決起し、人間たちの国へ攻撃をしかけるのだった』、だそうです!」

だそうです、の時には既に、いつものジャンベの表情に戻っていた。冒険譚が光を放って、消える。

「あ、あんた、これまでにも鑑定したことあったの・・・?」

「はじめてです。でも、なんとなく、こうするんだっていう感覚があって・・・ごめんなさい・・・」

俯くジャンベ。そして、後ろで戦っているライムとトラヒコを心配そうに振り返る。自分がこの騒動を引き起こしてしまったばかりか、自分を受け入れてくれたギルドの仲間を危険に晒してしまっている。自覚のないこととはいえ、心苦しい。どうしたらよいのか分からず、自らが鑑定してしまった冒険譚を、潰れるほど抱きしめてしゃがみこんでしまう。

 ふわっと、優しい香りと感触がした。

「ほら、うちの言ったとおりじゃん。ジャンベは、鑑定士の才能があったんだよ」

ぎゅっと、ジャンベを抱きしめる、ユウヒ。溢れる涙を、必死で拭うジャンベ。

「大丈夫。あんたのせいじゃない。さ、あの2人のためにも、何かしないと」

ユウヒがジャンベの肩を叩いて、立ち上がり、杖を手にする。

「は、はい!」

ジャンベも、鼻をすすりながら立ち上がると、「あ!」となにか思い出したように声をあげる。

「あの魔物、きっと、この本から出てきたんだと思います。そんな気がします!」

 ジャンベがそう言うのを待っていたかのようだった。

 ジャンベが抱える冒険譚のページがとてつもない力で開かれ、中から赤黒い、筋骨隆々の巨大な腕が突き出してきた。


 ユウヒが全身全霊で杖先に力を込めて、炎を放つ。しかし、赤鬼が腕を振り回すと、たちまち炎はかき消されてしまう。顔面に向かって放たれた炎は、多少赤鬼を手こずらせたが、四足になって身を屈めると、赤鬼は一気にユウヒとの距離を詰めた。突進する赤鬼に向かって炎を射出し続けるユウヒであったが、回避に移る機会を逸した。間に合わない、ぶつかる!

「ユウヒさん!!」

目をぎゅっと閉じて身を縮めたユウヒを、ジャンベが体当たりで突き飛ばす。寸でのところで、ぶつかってくる赤鬼の身体をかわした。ゆっくりと振り返る赤鬼。倒れたユウヒの前に、ユウヒよりも身体の小さなジャンベが、両手を広げて立ちふさがる。

「ユウヒさん、行ってください!ネガさんが持ってるあの道具で、ギルドに連絡できるみたいです!」

赤鬼が、腕を振りかぶる。

「ダメ。うちの方が、ちょっとだけ先輩なんだから。だから、ジャンベが行って」

本当は怖いけれど、杖を持つ手が震えるけれど、ユウヒが立ち上がる。炎の壁で、2人を覆う。

「行って!早く!」

ユウヒがジャンベの背中を押すと同時に、炎の壁を破って巨大な腕がユウヒに迫ってきた。


 痛かった・・・けれど、今は痛くない、ような気がする。

「おいらの回復魔法は、期待しないで欲しいって言ったっす」

温かい。うっすらと目を開くと、光に包まれていた。

「でも、おいらだって、逃げてばっかりじゃないっす」

はっと、身体を起こしかけ、「痛っ・・・」と顔をしかめる、ユウヒ。

「応急処置っすからね、ちょっとこのまま、寝ていて欲しいっす」

「ネガ・・・ギルドに連絡・・・」

「もう、とっくにしたっす。今、ギルドからこっちに応援の冒険者が向かってるっす」

「そっか・・・あと、あの魔物、もう1体出てきちゃったんだけど・・・」

「それも、把握済みっす。それに、ジャンベが何故かCランクの冒険譚を鑑定出来たことも知ってるっす。それで、あらすじを聞いて、ジャンベに一芝居打ってもらってるっす」

「ひと・・・しばい?」



 「え」

 振り返ったライムの目の前に、2体目の赤鬼。もう、立ち上がることすらままならない状態のライムにとって、絶望としか言い様がない状況である。

「お、おい・・・っ」

なぎ倒された木々の向こうから、足を引きずりながらやってくる、トラヒコ。脇腹から血を流している。

「トラ・・・ヒコ・・・よかった」

「お前の声で、咄嗟に身体が動いた。危ないところで刀を振れた」

地面に倒れて動かなくなった赤鬼と、新たに現れた赤鬼を見て、トラヒコは状況を掴んだようだ。

「お前が1体倒したのなら、俺にだって、出来るだろう・・・」

満身創痍の状態で笑うと、トラヒコは刀を構える。

「無茶・・・だよ・・・トラヒコ・・・」

「じゃあ、どうすんだよ・・・俺は、黙って食われたりは、しない・・・」

唸る赤鬼。その時であった。

 「英雄だ!英雄がきたぞ!!」

その言葉に、赤鬼は弾かれたように身をよじると、声の主を辿るように左右に首を振る。

「なんだ・・・?」

訝しげなトラヒコ。今度はまた別の方角から、「英雄だ!!」と声がする。

「ジャンベ・・・の声・・・?」

ライムも、辺りを見渡す。そして。

「英雄だ!!英雄がきたぞ!!」

茂みからジャンベが駆け出してきて、2人の前で急停止した。

「ライムさん、トラヒコさん、後でちゃんと事情は話します。でも、ボクは皆さんの味方です。信じてください」

顔を見合わせるライムとトラヒコ。

「僕は、まだジャンベのことをよく知らない。だから、これからジャンベのことをもっとよく知っていきたい。そのためにも、今はジャンベを信じるよ」

「俺は、正直信じられないけどな。ただ、今はそんなことも言ってられる状況じゃない。お前に出来ることがあるなら、やってみろ」

「ありがとうございます。今は、それで十分です。それじゃあ・・・ボクが英雄だ!!」

ジャンベの言葉を聞いた赤鬼が、怒り狂ったように咆哮し、突進する。ジャンベは、あの獣のような身のこなしで、木々の間を駆け回ったり、枝を掴んで縦横無尽に跳び回ったり、かと思えば藪に身を潜めては石を投げて物音でかく乱し、赤鬼の気を惹き続けた。


 「ライム、トラヒコ!」

ネガが2人の元に駆け寄ってくる。後ろからは、痛そうに顔をしかめながら手を振るユウヒ。

「応援は呼んだっす。2人とも、横になって動かないで欲しいっす」

ネガが2人の回復を行う。しかし、明らかにネガの呼吸も乱れている。

「無理しないで、ネガ・・・」

「いや、無理するっす。これがおいらの、役目だから」

汗を流し歯を食いしばりながら治療を続けるネガをみつめ、何か言いかけてやめた後、改めてトラヒコが問う。

「あいつ、何してんだ・・・?英雄だとか、なんとか・・・」

「ジャンベ、鑑定しちゃったの。Cランクだってよ、あの本。そして、あの本から出てきたのが、あの魔物」

ユウヒの言葉に驚きで声も出ないといった具合の2人は、木々の向こうで赤鬼を走り回らせているジャンベの方を見る。

「それで、ジャンベからあらすじを聞いて、イチかバチかの賭けをしてみたっす。ジャンベも協力してくれるってことで」

ネガの横で、得意気な顔のユウヒ。

「ほらね、うちの言ったとおりだったでしょ。ジャンベの鑑定士の才能を、マスターは見抜いたってわけ」

「いや、Cランクを鑑定したってことは、C級の実力があるってことだろ?だからマスターは、お前らに気を遣って・・・」

「それを言うなら、あんただってD級じゃない!あんただって気を遣われてるんです~!」

言い合うトラヒコとユウヒであったが、それ以上は続けられなかった。


 藪の中から、吐き出されたボールのようにジャンベが転がってくる。息も絶え絶えだ。その後を、やはり疲れきったような様子の赤鬼が追ってきた。もう戦力のいないライムたちの前で、ゆっくりと息を整えている。ネガも必死であるが、まだライムやトラヒコが戦える状態には回復できていない。ユウヒも魔力切れだ。ジャンベも動けない。赤鬼の体力が戻れば、万事休す。


 遠くから、キキキィッとタイヤが滑る音と、激しいエンジン音が近づいてくる。

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