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13.鬼か蛇か③

 何かに揺さぶられるような感覚とともに、意識がはっきりとしてくる。

「ライムさん!ライムさん!」

ジャンベの声だと分かった途端、ぼんやりと揺れていた視界が定まり、必死で呼びかけるジャンベの顔が目に入る。同時に、カキンッと硬いものがぶつかり合うような音が耳に飛び込んできて、振り返るとトラヒコが刀を振るい、赤鬼が振り下ろす爪を寸でのところで捌いている。

 どれくらい意識を失っていたのだろうか。トラヒコは防戦一方ではあるが、怪我はなさそうだ。辺りを見渡すと、まるで感情があるかのように大慌てで逃げていく炎が、走ればまだ追いつけそうな距離にある。杖先の灯りを消し忘れたまま駆けてゆくユウヒだろう。その炎が、立ち止まった。躊躇するように、こちらへゆっくりと戻ってきている。

「ジャンベ、色々と聞きたいことはあるけれど、一旦ユウヒと一緒に逃げて!それで、ネガをみつけて、魔具でギルドへ応援要請をして!」

そう言うと、ライムはグローブをはめた両手に力を込めると、両足を肩幅に開き、腰を落として構える。拳を思い切り突くと、紫色の波動が赤鬼の腹に命中した。しかし、赤鬼はトラヒコへの攻撃を一瞬緩めただけで、今度はライムの方へ振り向くと、思いがけない身軽さで跳躍しライムへ迫ってきた。

「ジャンベ、早く行って!」


 ジャンベが駆け出してゆくことを感じながら、ライムは迫り来る赤鬼に向かい、怒涛の突きを繰り出した。どれも、手応えのある攻撃なのに、赤鬼はお構いなしに突っ込んでくる。

「ようやく起きたか、そのまま惹きつけておけよ!」

トラヒコの声とともに、風の斬撃が赤鬼の背中を切りつける。これには、赤鬼も立ち止まり、苛立ったように咆哮した。

「ライム、波動で顎を狙え!このまま、二方向から攻撃して時間を稼ぐぞ!」

「分かった!」

了解して、再び構え直したライムだったが、応援が来るか打開策が見つかるかするまで時間を稼ぐことが出来るのか、自信がない。

 赤鬼は、ライムとトラヒコを交互に見比べ、先に潰しておくべきと思ったか、トラヒコに向かって勢いよく腕を振り抜いた。5本の刀のような爪、分厚い手のひら、見るからに強靭そうな腕、どこに当たっても致命傷は避けられないだろう。トラヒコも風の斬撃を飛ばして応戦し、腕をかわすと赤鬼の脚を刀で斬りつけた。すかさず、ライムも構えから突きを繰り出す。顎に波動が命中すると、トラヒコの攻撃も合わさり、赤鬼が僅かによろめいた。「よし!」と、トラヒコが刀を構え直す。しかし。

 空気が変わった。

 赤鬼が、自身の脚から流れる血を手で拭う。唸り声が止み、代わりに牙を剥き出しにすると、トラヒコに向かってまるで猛獣が獲物を狙うような四足の前傾姿勢を取った。刀を構えたトラヒコが、冷や汗を垂らしながら金縛りにあったように動けなくなる。そして。

 「トラヒコ!!」

一瞬で赤鬼はトラヒコの元へ跳躍し、付近の木々がなぎ倒され、猛烈な砂埃が舞い上がった。

「トラヒコ!大丈夫!?」

静まり返ったなかで、砂埃の向こうに光る巨大な目が映る。視界がはっきりとしてくると、仁王立ちした赤鬼、その牙は鮮血で染まっている。ペッと吐き出したのは、トラヒコの上着だ。今は、トラヒコに呼びかけている場合ではない、とライムは悟った。この状況を打開して、トラヒコの元へ駆けつけなければ。決して、トラヒコは食われたりしていないはずだ、という強い思いがあった。

 ライムは一旦構えを解くと、乱れ続ける呼吸を整えるため、大きく息を吐き出した。



 「だから違うって。ヘタクソ」

レモン姉さんは、時々思い出したようにライムを村の外れにある小さな空き地へ連れ出した。そこで、「あんたはきっとイジメられるから、強くなんな」と体術を叩き込まれた。文字通り、叩き込まれたのである。レモン姉さんは強かった。ライムがある程度体術の基礎を覚えたところで、到底敵うわけもなかった。しかし、裏を返せばレモン姉さんに勝てないだけで、もしかしたら乱暴者のいじめっ子にはやり返すくらいの力がついていたのかもしれない。結局、村を出るまでライムが他人に力を振るうことはなかった。

 ある日、レモン姉さんが「そろそろ教えてやってもいいかな」と、両手を腰にあてながら呟いた。そして、無造作にライムへ近寄ると、拳を軽くライムの腹へ当てた。その瞬間。ライムは口から「ぐえっ」と声が漏れ、いつの間にか地面に膝をついていた。腹から背中へ、衝撃が身体を突き抜けていったようだった。

「これ、本気が100なら、今のは5ってところかな」

それが本当なら、本気で放たれていたらきっと生死に関わるだろう。

「覚えな。でも、やる時はちゃんと覚悟しな」

相手の命を奪う覚悟、ということだろうと、察しがついた。その日から、その技を練習し続けた。束ねた藁に、放置された丸太に、タイヤで作った打ち込み台に、家の壁に・・・。いつも、「だから違うって。ヘタクソ」と、レモン姉さんに怒られたけれど。



 呼吸が落ち着いてきた。赤鬼は、きっと僕を雑魚だと油断している、とライムは思った。トラヒコは、先に潰しておいた方がいいと判断されたのだ。だからこそ、いける。

 段々と歩みを速め、ついにこちらへ駆け寄ってくる赤鬼の動きを見定める。口を開いた赤鬼が前屈みになった瞬間、ライムは全力で真横に跳んで牙をかわし、足が地面に接した感触が脳に到達したそばから今度は前方に跳び出した。ライムに食いつこうとした赤鬼はそれをかわされて顔面から地面に突っ込み、ライムが潜り込んだ先、手の届く位置に腹があった。そこへ。拳を当て、そして全力の波動を込めて、赤鬼の身体を貫くイメージで発した。

「うおぉぉぉぉぁあああああ!!」

赤鬼の巨体が、宙に浮き上がり、そして地面に叩きつけられた。赤鬼の腹部は陥没し、もう立ち上がることは出来ないようだ。

 突然、平衡感覚を失ったように、ふらふらとライムも倒れこむ。右腕の感覚がない。見ると、右肘から前腕にかけて酷い内出血になっており、焼けるように熱い。前にも、こんなことがあった。もう何が原因か分からないけれど嫌なことがあり、自分の部屋の壁に向かってこれをやった時だ。大穴があいて、レモン姉さんにこっぴどく叱られたっけ。あの時はここまで酷くなかったけれど、痛くて、熱かった。「その感触、忘れるんじゃないよ」と、ひとしきりライムを叱った後のレモン姉さんの声は優しかった。


 ドスン。

 後ろで、何か響いた。無理やり身体を起こして、振り返る。

「え」

 2体目の赤鬼が、ライムを見下ろしていた。

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