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12.鬼か蛇か②

 山道は少し緩やかになり、日差しも木々が遮ってくれ、木漏れ日を綺麗だと思う余裕が出てきた。

 ネガが手にする魔具で方角を確かめながら進む。冒険譚から持ち出された技術を応用することで、この世界は随分と進歩した。移動手段も、ライフラインも、動力資源も、文化さえも。ネガの持つこの魔具は、方角を示すだけでなく、遠く離れた場所と連絡を取り合う手段にもなる。ギルドから本拾いへ向かう者やパーティーには、この魔具が支給される。緊急時にはギルドへ応援要請をすることも出来る。

 また、冒険者たちの武器も魔具の1つであり、自身の体内に流れる属性の力に収納出来る。普段は具現化しているが、大型の武器であったり、少しでも身軽に動きたい場合には便利である。例えば、山登りの時のように。

「今は、冒険譚に近づくと反応するような魔具も研究されてるみたいっすよ」

ネガの言葉に、「ほんとそれ、早く作って欲しいなあ」とユウヒが天を仰ぐ。

「でも、自分で探してみつけるのも、冒険って感じがしてワクワクするけどね」

ライムの言葉に、ジャンベが勢いよく頷き、「まあ、そうなんだけどさ」とユウヒも渋々といった具合で同意した。


 また斜面が険しくなってきて、先頭のネガの歩みが遅れ出すと、トラヒコが魔具を強引に受け取り前に出た。ユウヒが「ちょっと、酷くない?」と抗議しかけると、ネガが「いや、このままだと日が落ちてしまうっす。トラヒコに任せるっす」とユウヒを止めた。

 しばらく進むと、一行の目の前に剥き出しの岩肌がそびえ立った。到底、簡単には登ることが出来なさそうだ。

「さて、まさに冒険って感じだな」

トラヒコは皮肉を言うと、ユウヒが何か噛み付く前に、岩肌のくぼみに指をかけて腕に力を込め、ゆっくりと崖を登り始めた。それに、ジャンベも続く。

「ちょっと、うちは絶対無理だからね!」

「おいらも、無理っす・・・」

「じゃあ、ユウヒとネガは一旦、ここで待っていて。僕はあの2人を追いかけてみるけど、無理そうだったら戻ってくるから」

そう言うと、ライムもトラヒコやジャンベの登り方を見よう見まねで、後に続いた。

「落ちても、おいらの回復魔法はあんまり期待しないで欲しいっすよ~」


 下で待つ2人の表情がギリギリ見えるくらいの高さに、まるでここで休んでくれと言わんばかりに岩が大きく突き出た箇所がある。トラヒコとジャンベは既にそこへ到着していた。

 なんとかかんとか、ライムがその岩に体を引き上げるのを、ジャンベが手伝ってくれた。トラヒコは得意気な顔でライムを見つめ、地面に置かれたそれをライムが見つけるのを待っているようだった。

「あ、これ・・・!」

一冊の本。表紙には、本の絵が円環を描いている。そっとページを捲ると、中は白紙。間違いない、未完の冒険譚である。

「これ、Dランク、かな?」

「さあな。そのための鑑定士だけど、ジャンベはまだ見習いだ。勝手に鑑定させるわけにはいかない。ギルドへ持って帰るしかないだろう」

ランクはどうあれ、初めて自分たちの手で拾った冒険譚である。感慨深い。

 下の2人に手を振り、ライムが本を掲げて見せると、ユウヒは飛び跳ねて喜び、ネガも万歳をしているようだ。

「さて、どうする?それがDランクとも限らないし、あと何冊かみつけて持って帰るか」

トラヒコはさらに上へ登ろうと岩肌に指をかけたが、しばし考えて「いや、出直そう。日が落ちる前に下山した方がいい」と、振り返って太陽の位置を確かめた。


 崖は、降りる方が怖かった。慎重に、ゆっくりと足をくぼみにかけながら降りるライム。トラヒコもここはさすがに慎重だ。ジャンベは、慣れた動きで登りとほぼ同じ速さで降りてゆく。

 地に足がつくと、ほっとした。ユウヒが、ライムとジャンベにハイタッチをし、トラヒコにも求めたが鼻で笑われて「ほんとムカつく、あんたって」と憤慨しながら歩き始め、一同それに従った。

「それにしても、まるで僕たちに見つけて欲しいって感じの場所にあったね、これ」

手にした冒険譚の表紙をさすりながら、ライムが呟く。

「ボクも、故郷であの本を見つけた時、そう思いました。まるでボクが来るのを待ってたみたいって」

ジャンベがそう言うと、ユウヒも「そういや、冒険譚ってどこから出てくるんだろうね」と首を傾げる。

「冒険譚の発生方法や、条件なんかの研究もされてるっすよね。でも、はっきりしたことはまだ分かっていないみたいっす。一説によると、冒険譚も魔具のように本の中から出てきたもので、冒険譚を生み出す冒険譚があるとかないとか・・・」

ネガの話に表情を変えず、トラヒコは黙ってジャンベをみつめる。それに気がついたライムも、ジャンベにあの疑問をぶつけてみたくなる。

「ジャンベ、そういえば、君に竜の筆を紹介した・・・」

 突然、ジャンベが立ち止まり、木々の向こう側を凝視する。そして、身を屈めると道を逸れて草木の生い茂る方へと走り出した。

 顔を見合わせ、ライムとトラヒコが追いかける。「ちょっと、どうしちゃったの?」というユウヒの声を背に、ジャンベを見失わないよう走りながら、「おい、武器を用意しておけ。嫌な予感がする」とトラヒコが刀を具現化する。ライムもグローブを手にはめ、トラヒコに続く。

 突然、開けた場所に出た。登りの時に、休憩をした場所によく似ている。ジャンベはその場所の中央に佇んでいた。

「おい、どうした。お前、それ・・・」

トラヒコが注意深く近寄り、ジャンベの足元に落ちている何かを見て息を呑む。ライムにも、それが見えた。いつの間にか辺りが薄暗くなっていて、表紙はよく見えないけれどあれはきっと、冒険譚だ。

 「ねえ、いったいなんなの?」

後ろから、杖先に灯りをともしたユウヒと、恐る恐るといった具合のネガがやってくる。その時。

 パキパキと枝を踏む音が聞こえ、その音の主はユウヒの杖先の炎で照らされた。

 巨大な、熊だ。ユウヒとネガが悲鳴をあげ、トラヒコが鞘から刀を抜く。ライムも後ずさりしながら、身構える。しかし。

 熊の様子がおかしい。ふらふらと、足元がおぼつかない。おまけに、大量の出血があるようだ。一同が異変に気がついた時には、既に遅かった。

 巨大な熊の体が、勢いよく弾き飛ばされた。


 赤黒い、筋骨隆々の巨大な腕。弾き飛ばされた熊はぴくりとも動かない。その腕の正体を、ユウヒは照らすことが出来ないくらいに恐怖していた。ネガも、今度は悲鳴が声にならない。ライムも、トラヒコでさえも、圧倒的な力量差を感じて身動きが出来ない。

 はじめに動いたのは、ジャンベであった。足元に落ちていた本を拾い上げると、「に、逃げましょう!」と叫ぶ。そのおかげで、一同も体が動いた。ユウヒが振り向きざまに杖先で照らした何者かの全身像を呼称するならば、「赤鬼」だろう。額には鋭い角、口には牙、熊を弾き飛ばした腕は当然2本あり、脚は近くの木と同じくらい太い。

 やっと声になったネガの悲鳴を合図に、一同は一目散に逃げ出した。しかし、赤鬼は耳を覆いたくなるような吠え声とともに、容易く追いついてくる。

「ネガ!ギルドへ応援要請だ!」

トラヒコが呼びかけるも、パニックになったネガは叫びながら逃げ惑う。


 背中に風圧を感じた。トラヒコの風の能力だろうか。吹き飛ばされたライムは、その先にあった木の幹に思い切り衝突し、ふっと意識が遠のいた。 

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