10.鑑定士と褐色の少年
天井付近に漂う提灯が、涼しげな色に変わっている。また、至るところに風鈴も浮かんでいて、音が鳴るたびに涼しさを運んでくれる。毎年この時期は、ハクビの魔法のおかげでギルドの清涼感が保たれるらしい。
「あんたら、暑いからってへばってんじゃないよ!」
でんえんの暖簾の向こう側からハクビが顔を出して、ルンポたちおじさん冒険者の溜まっている方へ叱咤する。今日は、シンがいないようだ。
「ここ何日か、シンさんを見かけないね」
何気なくライムが口にすると、ユウヒが「そうそう、たしかに」と頷く。
「この前ギルドの入口で、うち、会ったんだけど、なんかお仕事行ってくるとか言ってたっけ」
トラヒコが鼻で笑う。ネガも、「ついに、報酬払いって言い訳が通用しなくなったんすかね」と冗談めかして笑う。
「それより、次の依頼についてだ。俺は、そろそろDランクに挑んでもいいと思っている。というより、もう遅いくらいだろう」
トラヒコは、急に前のめりになって話し出す。
「Dランクの依頼は、あのおっさんどもの日銭稼ぎに取られちまう。それなら、本拾いに行かないか?」
ギルドが常時募集している依頼、「本拾い」。世界中、至るところに発生する未完の冒険譚であるが、大抵は各々のランクに応じたリスクを伴う場所にあることが多い。つまり、Dランクの未完の冒険譚を拾うなら、その冒険譚に挑むことが出来る程度の力量がなければ、そうそう見つけることはできない。
「ところでさ、みんなは知ってるのかもしれないけれど・・・」
ライムが申し訳なさそうに挙手をする。
「そもそも、未完の冒険譚のランクは、鑑定士さんが見極めてくださるんだよね?その、鑑定士さんはどちらに・・・?」
ユウヒも、「そういえば・・・」とギルドを見渡す。
「上っす。2階」
ネガが、上階の廊下、そこに並ぶ扉の1つを指差す。
「あそこ、鑑定士室って、聞いたことあるっす。それに、鑑定士のバッジをつけた人がギルドの中に。ほら、あそこっす」
ネガの示す所を見ると、受付でモカと、真面目そうな男性が、真剣な顔で話し込んでいる。その男性の肩には、銀のバッジが。
「鑑定士にもランクがあって、自分のランク以上の冒険譚の鑑定はできないらしいっすよ。B級鑑定士までは銀色のバッジで、A級になると金の・・・」
ネガがまさにそう言いかけた時であった。
階段を、マスターと並んで、白髪白髭の男が降りてくる。その男の纏う着物の襟に、金のバッジが光っていた。マスターよりも、随分歳上に見える。
「朝早くから、恐れ入ります、ショウノジンさん」
マスターが頭を下げる。
「よい。エレンド、少しでも疑わしい物ならば、いつでも呼ぶがいい」
ショウノジンは、からんころんと下駄の音と共に去っていった。
「あの方は・・・」
ライムは、まだギルドの入口を見つめてぽかんと口を開けている。ユウヒもネガも、ライムの問いに返すことができない。
「このギルドの、鑑定士長だ。お前ら、ギルドの一員なら、これくらい覚えておけ」
トラヒコが目を瞑って腕組みをしている。
「あんたは前からここにいるから知ってるんでしょうけどね、うちらは知らないことがいっぱいなの。素直に教えてくれればいいのに」
ユウヒが頬を膨らませる。ネガの、「それにしても、初めてお見かけしたっすね。どんなご用だったんすかね」という呟きには、結局トラヒコも答えなかった。
「それで、お前ら、行くのか?行かないのか?」
腕組みを崩さず、苛立ちを隠さずに、トラヒコが3人を睨んだ。
マスターからも、「うん、そろそろDランクに挑んでもいいだろう」とお墨付きをいただいた。ふと、ライムが何かに気がついたように、「あ!」と声をあげる。
「ということは、僕たちは、今からD級冒険者・・・?」
ユウヒが口を抑えて嬉しそうに目を見開いて、ネガが興奮したように鳥の巣頭を掻く。トラヒコだけは、腕組みをしたまま表情を変えない。
マスターが微笑む。
「そうだよ。もともと、E級からD級への明確な仕切りはないんだ。C級からは、そうはいかないけどね。私の目で見て、Dランクの冒険に挑めると判断できたら、その冒険者はもうD級だ」
喜びを噛み締めるライム。
「しかし、これからも初心は忘れないで欲しい。身の丈にあった冒険をすること。危険な時は、命あるうちに引き返すこと。いいね」
ライムも、ユウヒも、ネガも、引き締まった表情で頷いた。トラヒコも、この時ばかりは真剣な表情でマスターを見つめた。
マスターの部屋から1階の広間に戻る途中、ユウヒがトラヒコの顔を覗き込む。
「ねえ、さっきの鑑定士長さんのことなんだけど。ネガが言ってたみたいに、自分のランクに応じた冒険譚を鑑定するんだとしたら、鑑定士長さんはAランクの冒険譚しか見ないわけ?」
後ろから、ネガが口を挟む。
「いや、でも、マスターが前に言ってたっす。最終確認は、マスターが最も信頼してる鑑定士に頼んでるって。それって、ショウノジンさんのことっすかね?」
ライムも、初めての冒険から戻ってきた時のことを思い出した。
「ああ、そっか。そうだよね、やっぱり大変なんだろうなあ」
意識するようになると、ギルド内にちらほらと、鑑定士の姿が目に止まる。先ほどモカと話し込んでいた真面目そうな男性と、階段ですれ違った。
「まあ、ショウノジンさんの場合は、この辺りじゃ彼にしかできない仕事もあるだろうしな」
そう呟いて、トラヒコはさっさと歩いてゆく。
「え、それって、なんなの?」
ライムの言葉に、トラヒコは振り返る。
「お前ら、未完の冒険譚がAランクまでしかないと思ってるんだろう」
そう言うと、鼻で笑いながら、再びさっさと歩き出すトラヒコであった。
ギルドを出る支度をしながら、ユウヒは頬を膨らませながら、ぶつぶつと文句を呟いていた。
「なによ、俺は知ってるんだぜみたいな、得意げな顔しちゃって」
Aランクよりも上、という言葉に、3人は目を輝かせて飛びついたが、トラヒコはそれ以上を口にすることはなかった。ライムは考えていた。父、シトラスは、1人でAランクの冒険譚を完結させた。もしかしたら、その上というものを知れば、自ずと父のこともわかるのかもしれない。グローブを腰にさげ、リュックの中の荷物を確認しながらも、どこか上の空だった。
「ライム、どうしたっすか?」
ネガが腕輪を嵌めながら、首を傾げる。「なんでもないよ」と笑って誤魔化し、頬をぱんぱんと叩いて、気合いを入れるライム。
「お、本拾いに行くのか?」
ルンポが、おじさん冒険者の輪から外れて、こちらへやって来る。
「はい、Dランクの未完の冒険譚を」
ライムがそう答えると、ルンポは嬉しそうに頷いた。
「もう、すっかり立派な冒険者だな」
ギルドを出て、バス停へ向かう。草原を抜けて、オロチ山の麓まではバスで行き、麓のバス停からは歩いてオロチ山を登る。オロチ山ではDランクの未完の冒険譚がよく見つかっているらしい。
バス停は、思いがけず空いていた。次のバスに乗るのは、このままいくと4人だけだろう。向こうからやってくるバスにも、あまり人が乗っていない。平日の昼間だからであろうか、きっと帰りには混雑するはず。そんなことを考えているうちに、バスは目の前に停まり、ドアが開いた。
中から、褐色の肌をした、背の低い少年が降りてくる。手には、何やら分厚い本を・・・。
「おい、待て」
トラヒコが、バスに乗り込もうとしたネガを呼び止める。続こうとしたユウヒは、「今度はなんなのよ」と呆れ顔で振り返る。ライムは、なんとなく、褐色の少年が抱える本に、惹きつけられていた。少年が、なんだろうといった顔でこちらを見て、4人の格好に気がついたように表情が明るくなる。
「もしかして、竜の筆ってギルドの人たちですか?」
結局、バスは4人を乗せることなく、去っていった。4人は、今来た道を、褐色の少年を連れて戻る。
「ありがとうございます、ボク、街なんて初めてだから」
少し前の自分のようだと、ライムは思う。
「僕は、ライム。君は?」
「ボク、ジャンベっていいます」
ジャンベは、にっこりと笑う。
「ボク、ここからずっと遠くのジャングルの中に住んでて。この本もそこで見つけたんですけど、中身は真っ白だし。ずっと不思議だったんですけど、ある人に『ニマール国のライオンタウンにある、竜の筆』ってところに行ったら何かわかるかもって言われて。その人に、さっきのバスに乗るところまで連れてきてもらったんですけど、なんかその人、用事あるからって・・・」
ジャンベは人懐っこく、よく喋る。
「あんた、たまには気が利くじゃん。小さい子の道案内なんて」
ユウヒがにやにやと笑いながら、トラヒコを肘で突く。それを払い除けるトラヒコは、ジャンベの抱える本を、穴が開くほど見つめていた。それに気がついたネガが、トラヒコに囁く。
「あれ、多分、冒険譚っすかね?」
トラヒコは何も答えない。
ギルドに着くと、ルンポたちが「おや?」といった顔で出迎えたが、一方でライムたちの到着を待っていたかのように、丁度マスターが階段を下りてやってきた。「おかえりなさい」と、ライムたちに微笑む。
「そして、こんにちは。私は、このギルド、竜の筆のマスター、エレンドだ」
ジャンベの目線に合わせるように膝を折る、マスター。
「ボク、ジャンベです。あの、これのことがわかるかもって言われて、来ました」
ジャンベが、大事そうに抱えていた本を、マスターに渡す。はじめて、本の表紙が見えた。やはり冒険譚だったのか、本の絵がいくつも描かれ、それが円環となっている。しかし今まで見たことのある冒険譚と決定的に違う箇所が1つ。円環の真ん中に、大きく「7」と書かれている。
マスターはその本をじっと見つめた後、ジャンベと向き合った。
「ジャンベ、遠いところから、よく来たね。もしよければ、君も竜の筆の一員にならないか?ここで、鑑定士として励めば、この本のことがいつかわかるかもしれない」
ジャンベも、マスターをじっと見つめていたけれど、すぐに人懐っこくにっこりと笑う。
「はい!おねがいします!」
マスターもジャンベに微笑み返す。そして、立ち上がると、今度はライムたちに向き合った。
「鑑定士見習いとして、ジャンベにも君たちの冒険に協力させてあげてくれないかな」
ライムが「もちろんです」と頷くと、ユウヒも「ジャンベ、よろしくね」と笑いかけ、ネガも「よろしくっす」と鳥の巣頭を掻きながら頭を下げた。トラヒコは、ジャンベの持っていた冒険譚から目を離し、マスターを怖いくらい真剣な眼差しで見つめていた。
マスター室。
「やはり、メイン・ストーリーはウボンレイ族と共にあったか」
窓の外を夕焼けが黄金に染めている。窓辺に立ったマスターは、沈んでゆく太陽よりもさらに遠くを眺めているようだ。
「すまんな、お前にばかり頼んでしまって。引き続き・・・」
マスターが振り返る。背中をみせ、気怠そうに挙げた手で返事をし、甚兵衛を纏った黒髪の男が部屋を出て行った。




