0009愛人じゃ、嫌。
敬天愛人。
その言葉がしっくりくるほど、彼は誰にでも優しい。
愛人という言葉は人を愛する、つまり人を大切にするという意味も持っている。敬天の方はよく知らないが、彼の長所を挙げるとすれば、十人中十人が愛人という単語に納得するだろう。
だが、短所として愛人を挙げても、十人中十人が納得するだろう。それだけ彼は優しすぎるのだ。
「愛人じゃ、嫌。恋人になって」
そう言ったのはいつの事だっただろうか。
それを聞いた彼は、いつもの笑顔で首を振るとこう言った。
「ごめんね。僕は君の恋人だよ。それは間違いのないことだよ。でも、僕は見て見ぬ振りはできないんだよ。ごめんね」
途中から泣きそうな顔になった彼に、あの時の私は笑って彼を抱きしめてあげた。
「いいよ。謝らなくても」
その後しばらく胸の中で、まるで泣いたことが無いかのように、不器用に彼は泣き続けた。
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それは、風の噂だった。
――彼は、元は暴走族だったんだよ。
私と彼の関係は、恋人以上、夫婦未満の関係が続いていた。
そんな最中に聞いた、本当に風の噂と呼べるような、些細な話だった。
確かに彼は体力もあるし、筋力もある。
だけど、私は笑っていた。
もしそれが本当だったとしても、彼は私の恋人だから。
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「僕は、昔ね。暴走族のリーダーだったんだ」
そう言った彼の瞳は、何かに脅えているようでもあり、反対に昔の夢を思い浮かべて懐かしんでいるようでもあった。
「この手で、人を殺してしまったんだよ」
私は、彼がごめんねという前に、不器用に泣き出した彼を抱きしめてあげた。