0002私のとっておきを見せてあげる
とっておき。
つまり十八番とか、一番得意な、とかいう意味だ。が、とっておきは文字通り取っておくべきだったと後になって後悔することは、よくあることかもしれない。
「私のとっておきを、見せてあげる」
そう言い出したのは誰だっただろうか。
教室の前の、黒板の前の、教壇の上に立った彼女は、光加減によっては茶色にも見える黒い髪を腰の辺りまで伸ばしている。
窓から吹く風がその髪を揺らし、教室は静寂に包まれた。
唇が小さく動く。
歌っているように見える、自然な、でもどこか不自然な行為。
「――――」
彼女が大きな声で何かを言った気がした。
でも僕は、休み時間なのに学校がここまで静かになるのだろうか、と不思議に思っていたために何て言ったのかは分からなかった。
舞い上がっていた彼女の髪の毛が、ふわりと元の位置に戻る。
何が起こったのか分かった人はどれ位いたのだろうか。
教卓の上に置かれたものに全員の目線がいく。
壺。
そう呼ばれる入れ物だ。
ざっと見た感じ、室町か鎌倉あたりの時代の物のように見える。
茶色と緑色の中間の色が、水の波のように描かれている。
――ピキッ
最初は、誰かが呟いたのかと思った。
だが、その音は次第に大きくなっていき、音の発生元がはっきりとした。
壺だ。
教壇の上に立っている彼女は見るからに慌てた。
そして、壺を持ち上げた、その瞬間。
――ガッシャーーン
取って置くべきだったのにな。
そう僕が思ったのは、大分後になってからだった。