0019Honey drops
蜂蜜雫。
そう呼ばれる物がこの世界のどこかにあるという。
その雫は持ち主に幸運をもたらす兎足といった類のものでも、また呪剣といった類のものでもない、と言われている。
一説によると、この蜂蜜雫を手に入れた人間は全員が全員、“こうふくなし”を手に入れられるという。この“こうふくなし”はその発音だけが残されていた(厳密には、平仮名やアルファベットといったそれ自体では意味を持たない文字で蜂蜜雫の隣に書かれていた)ので、これが“幸福な死”なのか“幸福梨”なのか“甲府区梨”なのか、あるいは別の意味なのかは分かっていない。だが、研究者の大勢は“幸福な死”であると考えている。
では“幸福な死”とは何か。
これは諸説がある。その中でも大勢を占めるのが既幸福説と直前幸福説だ。
既幸福説は死ぬまでの間に幸せが訪れるという考え。つまり蜂蜜雫を手に入れた直後から死に至るまでずっと幸せである、ということだ。これは、幸福な死は人生全てが幸せでないと訪れないという、簡単に言ってしまえば死ぬ時に幸福であるだろう、ということだ。
直前幸福説は、死の直前に幸福が舞い込むという考えだ。これは、死が幸福なのであり、その死に方などが幸福なのだろう。無差別殺人や突然の死ではなく、家族や友人に囲まれて見守られながら死んでいくのだろう、と考えられている。
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科九風子は、最近妙な噂を耳にした。
――蜂蜜雫っていう幸福アイテムがあるらしい。
――“こうふくなし”が手に入るらしい。
そんな噂だ。
始め、科九はそれほど気にしていなかったのだが、その中の蜂蜜雫と“こうふくなし”という二つのキーワードが気になった。
ハニードロップスは科九が書こうと思った小説のタイトルだ。そしてそれを思い付いたのは旅行に行った時、洞窟の中を散策している時。その時いつもの癖で、そこの壁にハニードロップスと書いて、蜂蜜雫と書いて、その後に自分の名前を書いて。
何でそれがこんなにも伝わったのだろう。