【コミカライズ】悪役令嬢、物語の冒頭で死ぬ伯爵の未亡人になろうとしたのに、伯爵様が死にません。なんで?
「……旦那様、確か今回の戦争は……どれほど早くとも半年以上はかかる大掛かりなものだとおっしゃっていらっしゃいませんでしたか?」
「愛しいマリー。我々は新婚じゃあないか。愛しい妻を故郷に残して、夫である私が長く不在にするなど神が許しても私が自分で自分を許せない。戦果については心配なく、初日に奇襲をかけて敵国の本陣を落としたんだ。色々面倒な手続きがあって、こうして帰ってくるのに一か月もかかってしまった。ふがいない私をどうか許しておくれ」
穏やかに、にこやかに微笑んで私の手を握るのは、褐色の肌に黒髪の、この国では「異国の血が混じる」とひと目でわかるお姿の男性。
控えめに見ても美男子だとしか言いようのない美しい人は戦地から戻ったとは思えないほど優雅な仕草で私を抱き上げた。
すかさず額や頭に口づけを落としてくるので、私は手で押さえてそれを回避する。
妻であるはずの女のこの態度を、夫のイルグ・カイル伯爵様は咎めることなく、しかしやや拗ねるような表情を作ってから、何か妻の関心を引く話題はないかと思考を巡らせているようだった。
「あぁ、そうだ。そういえば、君が通うはずだった王都の学園では何やら男爵令嬢が多くの男性を虜にしているようだね。王位継承権を持つ王族まで骨抜きになってしまったとかで、男爵令嬢はどういうわけか手あたり次第、他の御令嬢に害されたと訴えを起こしているとか」
君が巻き込まれることがなくてよかったよ、と伯爵様は本心から安心されているようだった。
……へぇ…あー、そうなんですか、ヒロイン……あぁ、そうか。
自分を虐めてくる悪役令嬢(私)がいないものだから、悲劇の主人公になるにはちょっとパンチが足りなくて……その上、学園に通う御令嬢の方々……まぁ、高位貴族ほど大体私の知り合いなんだけど……皆、ヒロイン……じゃなかった、男爵令嬢に「関わると婚約破棄させられるゾ☆」って知ってるから、相手にしないんでしょうね……そっかぁ……。
皆、大変だな……。
はるか遠い王都の、学友になるはずだった御令嬢たちの苦労を察して、私は心の中で手を合わせた。
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さて、ところで、いわゆる「転生」「悪役令嬢」「ヒロイン」というものをご存知だろうか。
世の中にはある日突然高熱を出す、あるいは転んで頭を打つ、またはスカートめくりをされたショックで相手を殴り飛ばした瞬間に、自分がここではない別の世界で生きていた前世の記憶を思い出すことがあるそうだ。
そして「乙女ゲーム」または「恋愛小説」などと、今自分が生きている世界が酷似してきて、何の因果か自分はその物語の中の「悪役」に位置する人間であると知ってしまう。
私も例に漏れず、13歳のある日前世の記憶&自分の立ち位置を認識してしまった。
私は公爵家の娘。伯母は現皇后陛下で、ゆくゆくはいとこである第二王子と結婚すると内々に決まっていた。
そして「物語」によれば、「私」は15歳から入学できる王都の貴族の子どもたちが通う学園に入学し、そこで、男爵家の養女となったヒロインを虐め抜くのだ。
物語の大まかなあらすじは、メイドと男爵の子であるヒロインが13歳の時、母の死とともに男爵家に引き取られる。そこで彼女は継母に冷たくされ、唯一味方だった兄は一足先に王都の学園へ行ってしまい彼女は屋敷で辛い日々を送る。
しかし、それでもめげず、屋敷の使用人たちや街の商人の息子、なぜか怪我をして行き倒れた獣人族の青年を手当てし、周囲と仲良くなり、彼らはヒロインを助けてくれる。
そして15歳。学園に入った彼女は、金のない男爵家ではおおよそ身に付けることができないであろう礼儀作法や知識を身に付け、愛人の子という周囲のレッテルをものともせず優秀な成績と、素晴らしい立ち振る舞いで一年生ながら、生徒会役員に推薦される。
……そしてまぁ、数々の男性を魅了し周囲に愛されながら、二つ年上の第二王子に見初められ、最終的には結婚する。
その過程で、私は彼女を虐めるのだ。よくある悪役令嬢もののように「実はヒロインの礼儀作法がなっておらず注意している善意」だとか「ヒロインがどうしようもない頭お花畑」とかではない。小説の中の彼女は品行方正、非の打ち所がないお嬢さんだ。
それを、私、公爵令嬢ローズマリーは「気に入らないから」虐める!
そして悪事がバレて卒業式の前に第二王子と婚約破棄&公爵家と縁を切られて国外追放。そこまでやる?というか、いじめって虐める方にきちんとカウンセリング受けさせた方がいいんだよ、と思わなくもないが、まぁそれはそれ。
はい。前世の記憶を取り戻した私は、父である公爵に全力の土下座をしながら懇願した。
『お願いしますお父さま一生のお願いですこれを叶えて頂ければわたくしは今後一切どのような目にあったとしてもけして公爵家にご迷惑をおかけしないと誓いますどうか辺境のカイル伯爵様に嫁がせてください!!』
と。ノンブレスで言い切ってゴンゴンと頭を床に何度も叩きつけた。
必死さか、それとも奇行過ぎてもうこいつは頭がおかしくなったので使えないと判断されたか、私の願いは聞き届けられた。
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小説の中で、カイル伯爵は一行だけ登場する。
『先の戦争にて、カイル伯爵の治める領地が隣国××に奪われ、伯爵はその戦いで命を落とした』
以上!
メインはヒロインの学園生活だから、世の情勢とかはほんわかふんわり程度しか書かれていない!
以上!
私はこの、物語で即刻退場する伯爵様に目を付けた。
悪役令嬢?転生?前世知識で婚約破棄回避?ざまぁ?そんなことは……どう考えても面倒くさい。
大それた地位やら名誉、逆ハーレム、愛する男性など必要ない。私は、衣食住の保証さえして貰えればいい。公爵家に居続けると、どうしても体に流れる血の関係で、王家に関係してしまう。そして公爵家の令嬢ともあろうものが王都の学園に通わないでいるのも、無理だ。
なので、結婚しよう。
そして未亡人になろう。
領地は奪われるらしいが、それまでに金目の物を持って使用人たちと避難すればいい。
どうせ小説で重要ではないのだから、ある程度、そう、王都から遠く離れた辺境の地でごちゃごちゃやっていても、物語に影響はないだろう。関わって面倒なことになりたくない。
と思ったのだが、どういうわけか。カイル伯爵様。死なない。
何度か戦争っぽいものが起きそうになるのに、そのたびにせっせと出陣した伯爵様があっさり終わらせて来る。
『こんな鄙びた土地だけれど』
などと言いながら、交易の最先端の場所となった伯爵領は常に国内外の流行の物であふれている。
現状、地位こそ伯爵だけれど、財力やら実際の功績を讃えて一代限りの侯爵家を立ててもいいのではないかという話が出ているのを、伯母のお茶会に出た時に耳に挟んだ。
あれ?おかしいな。
未亡人になって、遺産をちょっと頂いてのんびり田舎暮らしをするはずだったのに……。
なんで?
**
あぁ、生きることは素晴らしい!
辺境の地を治める、イルグ・カイル伯爵はこれまで自分が生きて来た人生の中でこれほど神に感謝したことはなかった!
王都からはるか遠いこの地にて、イルグはとにかくやる気がなかった。世の中というものは、他人が面白いというほど面白いことはなく、何かをしてもイルグはすぐに習得してしまった。物を食べても美味しいと感じることはなく、世界の華やかさや美しさはイルグの心を動かすことが一つもなかった。
息をして、物を食べてただ生きている。伯爵としての務めは果たしているつもりだったが、それは義務的なもので誇りや責任からくるものではなかった。
自分のような欠陥品はいずれ馬にでも踏み潰されて死ぬのだろうと思っていたある日。
(私のような者に妻ができた!)
相手は王室に繋がりのあるほどの大貴族。公爵令嬢。
内々に王子との婚約さえ囁かれていたはずの、美しい少女がある日公爵と共にイルグの前に現れて、結婚を申し込んできた。
まず、驚いた。
付き合いの全くない貴族の家に、格上の家格の、それも娘が結婚を申し込んでくる。
公爵はすっかり困り切った様子で、イルグに娘の説得をして貰えないかと頼んできた。親としても、公爵令嬢として何不自由なく育ってきた娘が、こんな辺境のやる気のない男に嫁ぐなどと考えていないのはよくわかった。
(面倒くさいな)
と、イルグは思った。
世間知らずの御令嬢が、何か思いつきで、自分との結婚を公爵に頼んだのだろうと考えた。もしかすると、王子と正式に婚約したくて、相手の王子を慌てさせるつもりでこんな突拍子もないことをしようとしているのか。そんな風にも疑った。
公爵令嬢は大きな青い目をじぃっとイルグに向けて「わたくしは伯爵様の妻になりたいのです。どうか、それがわたくしの本来の運命でないとしても、どうか、願いを叶えてくださいませんか」と懇願した。
貴族同士の結婚は、基本的に契約である。家同士に利点がなければならない。公爵令嬢がイルグに嫁ぐことは、公爵家としては「娘を王族に嫁がせる」ことができなくなり、損害にしかならない。
イルグは面倒くさかったが、成人した貴族として「わがままを言ってはいけませんよ」と公爵令嬢を窘めた。
けれど、内心、自分の心に何か春のような、柔らかく心地の良い風が吹いているのも感じた。
あれだけ何を見ても何をしても心にさざ波さえ立たなかった自分が、公爵令嬢の瞳を見た瞬間、心がざわめいた。
冷静な部分で、もしやこれが「恋に落ちた」状態なのではと、イルグは判じ、そして迷った。
自分のような男が、目の前のこの可憐な少女を幸福にできるのか。王族の一員となることよりも素晴らしい生活を送れるというのだろうか。全ては否定的な答えを、自身に下した。そして、一瞬の迷いの後に、イルグは自分に芽生えたこの淡い心。これが本当に恋なのだとしても、恋なのだとしたらなおさら、自分のようなつまらない男が彼女にしてさしあげられることは、大人として彼女を諭すことだろうと、その想いに蓋をした。
「公爵令嬢、私は」
「私のことがお嫌いですか」
「いえ、好きです」
断ろうとして、公爵令嬢が瞳に涙をいっぱい浮かべた。まるで、イルグと結婚できなければ自分は不幸になるとわかりきっているように。イルグの答えが、彼女の全てを決めるかのように。死刑宣告を受けることを感じ取った受難者のように、あまりにも悲痛に満ちた瞳に、イルグは反射的に令嬢の手を取り、指に口づけてしまった。
そうして、イルグは妻を得た。
これはもう愛するしかないと、自分の心を受け入れたイルグは、その途端、世界がバラ色になったようだった。
領地に攻め入る不届き者がいれば、「この凶刃が妻の肌に触れないように」と全力で叩きのめした。これまで義務的に参加していた戦にも、「報奨を得られればきっと妻が喜ぶ」と思って奮戦し、勲章やら新たな土地を拝領したりもしたが、そうして生きることが、イルグは心から幸せだった。
屋敷に帰れば、妻が待っている。愛しい妻。自分のようなひとでなしに、心を与え、そして王族よりも「あなたがいい」と、選んでくれた。
イルグは妻を愛することで、自分の人間性が保証されるような気がした。つまらない人間だった男が、愛らしく優しい妻を得ることで、まともになれたような誇らしさがあった。
「愛しいローズマリー。私はけして君を未亡人になどしないと誓うよ」
口づけを落として宣言すると、妻は困ったように微笑む。辺境の、国境付近ゆえ侵略されることの多い土地の妻として嫁いで、いかに夫の身が危険なものか理解したのだろう。不安げな顔をしながらも、いつも、イルグがなんてことないように戦場から戻ると、「どうして……」と信じられないものを見るように、目に涙を浮かべて身を震わせながら迎えてくれる。
あぁ、不安になりながらもこうして待っていてくれたのだとイルグは幸福でいっぱいだった。
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