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素描集  作者: かやまりょうた
3/8

素描3 物語 ドラゴンの伝説

 時計をチラ見すると、円窓に目をやりジェナが街を見下ろす。様々な店が見えた。

 もうすぐ正午の鐘が鳴る。

 小教室で、懸命に説明している二つくくりの銀髪の少女がジェナである。

 ジェナは、足置き台の上に乗って、板書をしている。背が黒板の高さに十分に届かないからだ。半分くらい埋まった教室にいる学生たちよりもだいぶ幼かった。

 かわいらしい声が響く、難しいことを話しているようだが、誰が見ても見目麗しくとてもかわいらしい女の子に見える。

 学生たちは熱心にノートをとっていた。

「歴史を現在の現象とみるか、過去の事実と見るかで、多くのことが違ってくる」

 こう言ったところで、ぐううっとジェナのおなかが鳴った。ジェナは恥ずかしさで、身をよじったが、幸いにリーンリーン…ゴーンゴーンと正午の鐘の音が上書きして腹の虫を封じてくれた。まだ言いたいことがあったが、威厳を込めてこういった。

「これにて今日はおわりだ」

「ありがとうございました」と学生たちが礼をすると、一番後ろに座っていたジェナよりも少し大きな少女が駆け寄ってきた。

 いとこのリエナだった。よく似ているが、ジェナよりも少し背が高く、髪が短く、目つきが少しきつい。リエナもまたとてもかわいらしい少女だ。

「行きましょう教授、ダロス軒、朝約束したでしょ」

「何言っている?蛇骨亭だろう」

 今日もいとこ同士の昼飯の綱引きが始まった。

「どうだ、君たちも蛇骨亭いかないか?」

 ジェナが学生たちを誘った。

「いいえ、今日はお二人で行ってきてください。私たちは学食に行きますよ。午後も講義がありますので」

ジェナは頷くと、もう一人と視線を合わせた。

「ジェナ教授、お誘いありがとうございます。私も午後すぐに授業がありますので、また、今度にします。ここは僕たちで片づけますので、お二人で行ってきてください」

 その学生が言うと他の学生たちもうなづいた。

「そうか、毎回、すまないな諸君、私は猛烈に腹がへっているのだ。リエナよ 蛇骨亭へ急ぐぞ」そういうとジェナはリエナを置いて出ていった。

 自分勝手な話だが、ジェナはお腹がすくといつもこんな感じで食べること以外、他のことはどうでもよくなってしまうのだ。

「みんなごめん、いつもありがとう」

 リエナも駆け足でそのあとを追った。行けば学生たちもジェナは食事をご馳走してくれるので、特に押し付けられたというものでもないのである。


***


 ジェナは小教室を出ると長い回廊を駆けていく、かまぼこ屋根の穹窿天井や壁には葡萄や百合の花、魚、様々な獣や想像上の怪物たちが優れた石工たちによって丹念に彫刻が施されている。

 小教室の入り口側の上側は聖人の生涯、神の奇跡とやらが連続したレリーフになっている。

 そうしたレリーフの物語は宗教的な永劫回帰が一つのモチーフになっている。ジェナとリエナはそうした文脈には否定的である。理由はつまらないからである。

 ジェナは単純に食欲に突き動かされて、その下を走っていく、回廊から中庭を望むと、対面する向こう側にも、同じ高さで少し違った建築様式の建物が見える。ラテイラカレッジだ、向こうはここ百年余り、科学研究に専心している。

 そして、古代の様式で作られた神殿様式の、対角線上にあるのが、ダルバンカレッジだ、あそこは神学と哲学を営々と繰り返している。もはや新しい発見や考究は捨て置かれて、口伝と神秘主義に彩られた様式的な学問の追及が目的なのだ。

 それから、ジェナが食欲をもって走っているのが、バンデンカレッジ、巨木をモチーフにした柔らかなデザインの建物、様々な考究を隔てなく、社会に役立てようと設立されたカレッジだ。

 池の向こうには、大きなピラミッドがある、その中にサバルタンカレッジがあり、あそこは秘密主義だ。何をやっているのかわからない。

 これらのカレッジが集まったのがシェリアローズ大学、観光の名所でもある古い大学でもある。

 学生は入学したら、このカレッジのどれかに所属する。そして、指導教授について、指導を受けながら、単位を修め、論文を書いて、学位をとって卒業する。そういうシステムだ。

 この大学はきわめて少人数で、密度の高い専門教育が受けられる。それぞれユニークな四っつのカレッジの講座を受講することで、幅広い応用性も身に着けられるという。すべては学生個人の努力次第であるが、社会的にも高い評価が受けられる古典的な大学なのである。

 ただ、このシステムでは一つのカレッジの授業のみで卒業すると、だいぶ偏った変人になるという話もあるとか、辛口でいえば深い専門性とは偏屈や変人と同義なのだろう。


***


 ジェナとリエナはバンデンカレッジの教授と助教である。ジェナは16歳、リエナは2才下のいとこ同士で、この教室をまるごと定年になった父親から受け継いだ。いわば世襲だが、この大学ではめずらしいことではない。

 二人はジェナの父親から跡取りとして、トレーニングを受けてきたのだ。もちろん、二人はこの大学の卒業生でもある。飛び級を繰り返し、博士を取得して、最年少で教授となったのだ。

 二人の率いる講座は神話学、応用民間伝承学である。

  バンデンカレッジがラテイラカレッジから独立してできた講座であり、さほど歴史は古くない。

 ダルバンカレッジが教会の学寮から独立してからある神学原理講座などは千年を超えて学究を極めているものもあり、ジェナの講座は父親がおこしたものだから、ぜんぜん新しい。

 講座を開設できたのはジェナの一族がけた外れの資産家だったことも大きい。大学に多額の寄付をして自分の趣味の学問を広めるために講座を開設したのだ。そこには批判ややっかみもあったが、それを封じる政治力と資金力があったのである。

 その子供のジェナとリエナは学業も優秀だったし、指導した教員たちの多くは二人を幼いころから知っていたので、いや、自分の子供同然と思っていたものも多かったのだ。なので、バンデンカレッジという学際的な学寮では、とくに二人が教授になることを反対するものは出なかったのだった。


***


 二人は良く旅に出る。正確には旅というよりも、調査である。主に口伝を集めるが、遺跡に入って、板碑、壁画を撮影したり、拓影して記録する。時には考古学者の真似事もする。

 応用とは観光やジャーナリズムに研究を役立てようとするものである。

 意外に、危険もある。調査中に山賊や獰猛なビースト、モンスターに襲われることもある。

 研究は体力勝負である。二人は年若い少女だが、父親から護身術なども修めてきた。冒険者やトレジャーハンターとは異なるが、命かけた仕事、そういう自覚も養ってきた。

 ジェナは緑色のトーガをひるがえし、中庭に出て、走って街へ行く、大学の周りは、学生向けの衣料品店や古本屋、貸金業のオフィスが並んでいる。     

 講義や実験で使うガラス器具や魔道具を売っている錬金術屋なんかもある。

 少し離れると、酒場や食堂、遊技場が立ち並ぶ。

 リエナが杖をポケットから取り出すと、空中に印を結んだ。ジェナは指輪を突き出し何やら詠唱する。

 すると小さな路地から二匹のドブネズミがヨロヨロと出てくると、マンホール蓋で相撲をとった。瘦せたネズミが太ったネズミを投げ飛ばした。

「蛇骨亭だな」

 ジェナが手に腰を当て勝ち誇った。

「むう、残念ですが、仕方ありません」

 蛇の骨が、口を開けて自らの尾を呑む円形の絵が書いてある暖簾をくぐって蛇骨軒に入る。店の中は板張りで簡素で、カウンターとテーブル席があって、いかにも学生街の食堂といった作りだ。

 筋肉がムキムキの主人が二人を見ると笑顔で「毎度」と大きな声で挨拶をしてくる。

「おっちゃんいつもの特大」

「豚カス飯特盛、油マシ、ニンニクマシで、なるべく早く持ってきて」

「はいよ」

 威勢のいい声で注文を決める。

「大丈夫ですか?うら若き乙女がニンニク、午後は会議があるでしょう?」

「大丈夫だ。歯を磨けばいい」

 ジェナは即答する。

「いいんですかね」

「知らん、食べたいときに食べたいものを食べるんだ。それが至福だ」

 そうこうしていると注文がやってくる。

「ジェナ教授、リエナ、お待ちどう」

 間延びした声で、料理が配膳された。ここでバイトしているシャンだ。シャンは博士課程の学生で、二人の後輩にあたる。

 ドンっと響くと、大きなどんぶりがジェナの前に置かれた。山盛りご飯にに、ゆで野菜、厚切りの焼き肉が5枚も乗って、その上から背油がかけられ、生にんにくがこれでもかと盛られている。

「ジェナの豚カス飯いつもながらだけど、すごい見た目だよね。それ、人の食べるものかな?」

「リエナだって人のこと言えんだろう?なんだその何枚あるかわからんカツレツは?」

「薄いカツだからおなかにはたまりませんね」

「物は言いようだな」

「ジェナに言われたくありません」

「ほい追加だよ」

 シャンがどんぶり飯と、うどんをリエナの前に置いていく。

 二人は飢えたけもののように飯にかぶりつく、探求するには体力が一番大事なのだ。食べられるときにたくさん食べておく、それが二人の哲学だ。咀嚼し飲み込む音だけが響いている。


***


 30分ほどすると全て平らげた二人はいつものように、コーヒーを片手に研究者談義をはじめた。

 もちろん彼女たちの研究テーマである古今東西の奇談、珍話、妖怪談義のことを。

 今日は二人の話は様々な国、民族、時空を超えてドラゴンの話をしていく。その手の人間にとっては興味の尽きない、そばで聞いていると楽しい話だ。

 シャンは注文や配膳をしながら彼女たちの話に聞きほれてしまう。ここ数日はドラゴンの伝承や伝説が彼女らの話題だ。

 ドラゴンの伝説はいくつもどころではない無数にある。誰が空想したのか、長い間に語られ続け分岐したのだからか、これ自体も人間を象徴しているものだが。

 ドラゴンが勇者を助けて、悪神を倒した話、逆に悪いドラゴンが、国を滅ぼした話。ドラゴンが高貴な少女に恋する話、奴隷がドラゴンに恋する話、共同体を守るために少女がドラゴンのいけにえになる話もある。ドラゴンが山を吹き飛ばした話、海を割って陸地に変えた話、死んだ人間をよみがえらせた話、ドラゴンと暮らした少女、ドラゴンに変えられた王子が人間に戻る話、思いつくままドラゴンが関係する話。こうしたテイルは遠い国、何百年も前の話である。

 五色のドラゴンが存在し、魔法を操り、天変地異を招来する。人間やその他のものに化け、様々なところに入り込んで生活する。後宮に入り、王の寵愛を受けた女がドラゴンだった話もある。その国はそのドラゴンに操られて滅んだとか。

 話は縦横無尽に時空を超えて語られる。

 ドラゴンとは何だろうか、神に匹敵する存在、悪の化身、森羅万象、ありていに言えば、何かの象徴なのだろう。

 空想の存在、実在の存在、いずれにしろ話は、必ず人間と関係する形で語られるところだ。そこにドラゴンの伝説を読み解こうという突破口が存在している。

 つまりドラゴンの伝説を読む解くことによって、人間自身に迫ることができるからである。話の地域差、歴史性を比較することで、人間の文化の心意に迫ることができるかもしれないことである。

 竜や悪魔の文化的な研究はこういった形で進められる。ジェナとリエナにとってドラゴンの実在はどうでもいいことなのである。


***


 二人が今、話しているのは、この国の北部の湖水地方に存在するドラゴンの伝説である。

「ジェナ、あの村は面白かったよね。ドラゴンの尾っぽの剥製?が見られたし」

「ああ、そういや、あったな、その保管している教会の司祭は、邪悪なドラゴンの尾っぽだって言っていたよな」

「そう、何が邪悪かだけど」

「まあな、教会にとっちゃドラゴンは悪の象徴だからな、でも、ああいうのは案外、剥製師が作ったガセかもしれないよ。前に人魚の剥製を見せてもらったことがあったろ。ああいうのはそこらの魚と猫の死骸を組み合わせて作ることができるんだぜ」

「作り物のドラゴンの尾っぽがあの教会にあったことが政治的だよね」

「そう、権威付けだね。村人をひきつけるために伝承を利用しているんだろうな、研究者としてはそれはそれでおもしろいが…」

「教会が関係すると伝承がのっぺりとして、民話の持つ生命力がなくなってしまうのよね」

「そういや、あの村、猪肉がおいしかったけど、村の名前なんていったか」

「しっかりして、忘れちゃったのジェナ、テパ村でしょ、おととしの夏の調査で学生を連れて行ったじゃない」

 そこで二人は学生たちに、聞き書きをさせた。村の住民たちを回って、伝承やら口伝などを採集することである。テパ村の村史を編纂してほしいという役場から依頼で、学生たちの教育も兼ねた調査だった。

 村史は専門外だったが、地域史の研究室の院生を借りて、どうにか仕上げることができた。

 テパ村とはあれから関係が続いていて、観光客を呼ぶために昔途絶えてしまった。龍神祭りを復活させるために、企画や意見を交換している。こういうのは主にリエナの仕事である。

「テパ村の龍神伝説、シンプルだけど興味深い話だよね」

「たしか、悲恋だよね。村の娘に恋をした龍が、大噴火した火山に身を巻き付け、その娘と村を救ったという話だよね。死んじゃったという人もいれば復活するんだという話もあって」

「そうそう、実際、近くの火山には不思議な岩があるし、村人の中には龍の子孫だという人もいたよね」

「そうね、実際身体が強かったり、魔法が使えたりしたよね。歌や踊りがうまかった」

「お祭りどうするの?」

「龍神のモデルというか役が必要だよね。村娘と龍神の役者が必要だ」

「村人から選抜したら?」

「うーん、若い人が少ないからな。ここの学生から選抜しようと思っているんだよ」

 ジェナはそう言いながら、光が差し込んでくる表に目をやった。

 店の前を藍色のローブを着た背の高い少女が歩いてきた。

 気だるい昼時の太陽の下をその少女はゆっくりと、蛇骨亭の前を過ぎていった。

 ジェナは反射的に店から飛び出した。

「ジェナ、お勘定どうするんです」

「払っといてリエナ」

「もう、割り勘ですよ、あとで返してね」

 ジェナは少女を追った。ジェナはその少女の持つ存在感に驚いて追ったのだ。年若い人間というものは、鮮烈な印象を持つ者はいても、存在感を感じさせる人はめったにいない。

 それだけその少女は特別な何かを感じさせるのだった。顔はまだよく見ていないが、ローズのブロンド、背は高く、歩き方は美しかった。少女のように見えたが少年のようにも感じた。

 ニワトコの小さな杖を小脇にはさみ、教科書を持っている。おそらく学生だ、どこのカレッジの?

 話しかけたかったが、なぜかジェナはためらった。

 少女は角を曲がり、魔法道具小路へ入っていった。ジェナ後を追うが、その人は煙のように消えてしまった。

 ジェナは立ち尽くした。しかし、あれだけ背が高く特徴的な人物だったら、すぐに見つかるだろうと、この日からジェナとリエナの人探しがはじまるがその話はまた別のお話だ。

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