第二十六章『東嚮(三)』
陽が落ちる頃、龍悟たち一行は小さな農村に到着した。
まだ寝静まる時刻ではないが、村の中には家畜の姿どころか、人っ子ひとりとして見えない。家々の扉や窓は全て閉め切られ、まるで廃村の様相を呈していたが、家屋の中からは住人たちのジッと息を潜める気配が感じられた。
「柳師兄、この村を襲う妖怪というのは……?」
龍悟が尋ねると、怜震が口を開く。
「報告では猿の妖怪と聞いた。裏山から夜な夜な大群で押し寄せ、田畑を食い荒らして家畜を襲い、果ては女子供をさらって行くようになったらしい」
「猿の妖怪……!」
「————女性や子供をさらって行くなんて、許せない!」
思わず憤った凰華へ怜震が顔を向けた。
「安姑娘、その意気や良しだが、無理に手を出さなくていい。妖怪の始末は龍悟に任せて、きみは自分の身を守る事に集中してくれ」
「はい」
凰華が素直に返事をすると、怜震はうなずき、
「一匹一匹は恐るるに足らんだろうが、相手は多勢だからな。油断は禁物だぞ。よし、散れ」
連れの男たちに声を掛けると、三人は持ち場へと散って行った。
怜震たちが遠ざかるのを見届け、龍悟は凰華に話しかける。
「柳師兄の言う通りだ。きみは僕のそばを離れないようにね」
「うん」
龍悟は微笑みを浮かべたが、突然、眼光が鋭さを帯びた。
「————来たな……」
気づけば周囲の家屋の屋根の上に蠢くモノが見える。いつの間にか囲まれているようだ。龍悟は深呼吸をすると、その両腕に眩く輝く光の剣が握られた。
「……来い、貴様らの相手はこの僕だ……!」
————村の北側では怜震が十数匹の猿に包囲されていた。
猿たちは小柄な男ほどの体長ではあるが、腕が地面に付くほどに長く、明らかに尋常の猿とは一線を画している。
しかし、妖猿たちは目の前の仙士を警戒しているのか、眼を見開いて牙を剥き出し、唸り声を上げるばかりで、一向に襲い掛かってくる素振りが見えない。
「どうした? 来ないのか……?」
余裕綽々といった表情で怜震が手招きすると、正面に立つ妖猿が三匹、耳をつん裂くような金切り声と共に飛び掛かった。
灰色の毛に覆われた六本の鞭が凄まじい速度で怜震に襲い掛かる————。
どんな名刀よりも研ぎ澄まされた爪が目前に迫る中、怜震は右足を引くと、左腕を軽く開いて前方へ突き出した。次いで後方に構えた右腕が微かに蠢動したかと思えば、三匹の妖猿の動きがピタリと止まり、胸にじわりと赤い花が咲いた。
ドクンドクンと脈打つ真っ赤な心臓が三つ、闇夜に浮いている————否、それらはまるで串焼きのように穂先に縫い止められていた。
————淡い光を放つ槍の穂先に————。
やがて、初めて外気に晒された心臓がその鼓動を止めると、思い出したかのように三匹の妖猿が崩れ落ちる。怜震は無造作に心臓を振るい落とすと、槍を中段に構え直した。
「次だ」
怜震の言葉に、驚愕で固まっていた残りの妖猿たちが堰を切ったように襲い掛かった。
先ほどのように、颯颯颯と神速の三段突きを繰り出し前方の敵を仕留めると、怜震は背中に眼が付いているかの如く、己の身体を支点に槍を独楽のように踊らせる。この恐るべき払い技によって、背後から迫っていた妖猿が数匹まとめて、哀れにも腰から両断され絶命した。
点と面の攻撃であらかた敵を一掃した怜震だったが、右手で槍を受け止めると、キッと上空を見上げた。辛くも跳躍して払いを躱した妖猿が四匹、空中から飛び掛かって来る。
「フッ」
冷笑した怜震が残る左腕で槍の中程を掴むと、槍は中心から二つに割れ、その両手にそれぞれ短槍が握られた。
空中で身動きの取れない妖猿たちには、下方からの突きを躱す事など出来ようはずもなく、怜震の短槍の餌食になるばかりだった。
四体の死骸がドスンドスンと相次いで地面に落ちると、怜震の手中の槍が煙のように消失した。
「さて……、他の奴らはどうなったかな」
怜震は軽やかに言うと、仲間の援護へ向かうべく地面を蹴った。




