第二十六章『東嚮(二)』
杭蘭の街を出発した龍悟と凰華だったが、先ほどの易者の老人が気になり、無言のまま街道を駆けていた。
「凰華さん」
前を走っていた龍悟が馬の速度を緩めて凰華に並走する。
「さっきの老人は何者なんだい?」
「分かっている事は占い師のお爺さんというだけで、名前すら知らないの」
「占い師……、会ったのはさっきので二度目かい?」
「ううん、四回目よ。この数ヶ月の間に最初は黄州、次は白州、その次が紅州で、そして蒼州……。まるで先回りしているように行く先々に現れるの……」
ここまで話すと、凰華は恐ろしくなったのかうつむいた。
「数ヶ月の間に四度目……。さっきの口ぶりだと、僕たちが師父に会いに行くという事も分かっていたようだった。いくら占い師と言えど、そこまで分かるものなんだろうか……?」
「……本当に、不気味なほどに言い当てるのよ……!」
「いったい、何者なんだ……」
いくら頭を捻っても答えが出るはずもなく、再び二人は黙り込んだ。しばらく馬蹄音のみが辺りには響いていたが、考えても仕方がないとばかりに凰華が沈黙を破った。
「ねえ、龍悟くん。そう言えば青龍派の総本山って何処にあるの?」
「敖光洞は蓬莱山の中にあるんだ」
「————蓬莱山! 仙人が住んでいたって伝承がある仙山ね。まさに青龍派の本拠地にピッタリだわ」
凰華が子供のように無邪気に言うと、険しい顔をしていた龍悟の表情が緩んだ。
「蓬莱山までどのくらい掛かりそう?」
「そうだな……、このまま馬を飛ばせば、三日ほどで着くと思う」
「三日……」
凰華は息を飲んで呟いた。三日後には、四大皇下門派の併呑を目論む恐るべき男と対峙しなければならないのだ。
「凰華さん、止まって!」
「————え?」
龍悟の声に凰華が手綱を引くと、正面から数騎、こちらに向かって来るのが見えた。眼を凝らすと、三人の男が青い外套を羽織っている。どうやら青龍派の門人のようだ。凰華はゴクリと生唾を飲んだ。
「心配しなくていいよ、あれは僕の兄弟子だ。茶館で話した通り、きみは新入りの門人という事で通そう。いいね?」
「う、うん」
「ボロが出ないよう、出来る限り自分から口を開かないようにね。一応、姓は変えた方がいいだろう。何か適当に考えておいてくれ」
そうこうしている間に青龍派の門人たちが目前に迫って来た。
「柳師兄」
龍悟は馬上から包拳礼を執った。柳と呼ばれた先頭の男は微笑みながら手を振り、
「よせよせ、お前と俺の仲だ。外でまで礼を執る必要はない」
「はい。お久しぶりです、柳師兄」
「ああ。それで、こんな所で何をしていたんだ?」
「敖光洞へ戻るところです。師兄はどちらへ?」
「そうか……」
柳怜震は龍悟の質問には答えず、凰華へ視線を向けた。
「龍悟、そちらの姑娘は?」
「これは新入りの門人で————」
「柳師兄、お初にお眼に掛かります。安と申します」
凰華は母方の姓を名乗り、礼を執った。
「安姑娘か。名は——いや、初対面の女性に名を尋ねるのは失礼だな。俺は青龍派第七世代筆頭、柳怜震という者だ。よろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします」
凰華が再び礼を執ると、怜震はその顔をしげしげと見回し、
「ふむ……、若いのに内功がしっかりしているな。以前は何処の門派で修行を?」
「いえ、仙士だった父にいささか手ほどきを受けただけで、大した事はありません」
怜震は無言でうなずくと、今度は龍悟へと顔を向けた。
「しかし龍悟、お前は当分の間、一人で任務に当たっていると聞いていたが……」
「それは————」
「いや、分かっている。新入りを連れて任務というのも、いい修行になるだろう?」
「そうですね」
どうやら怜震は都合よく解釈してくれたようだ。凰華はホッと胸を撫で下ろした。
(この人が柳怜震……。蘇師兄と試合で引き分けた人ね)
凰華は改めて怜震の姿を観察する。
龍悟には及ばないが端正な顔立ちで、細身の体躯は斉とよく似ている。しかし、腕が常人と比べると恐ろしく長く、この鞭のような腕からいったいどのような技を振るうのか、凰華は興味をそそられた。
「師兄、それで先ほどの話ですが……」
「ああ、この先の村に妖怪が出るとの事で、その討伐を仰せつかった。俺たちだけで充分な任務だろうが、ここで会ったのも何かの縁だ。お前たちも手を貸してくれ」
「ですが、それは……」
「なに、心配するな。俺たちが黙っていればバレる事はないさ。久しぶりにお前の剣を見たいんだ。いいだろ?」
龍悟は難色を示したが、兄弟子にこう言われては断れるものではない。
「師兄、ところで慶は一緒ではありませんか?」
「ん? 李姑娘か? いや、俺たち三人だけだが、それがどうかしたか?」
「いえ、慶が居れば助かると思っただけです。分かりました。僕で良ければお供しましょう」
「そう来なくてはな」
怜震はカラカラと笑うと、連れの二人を引き連れて馬を走らせた。
「龍悟くん……」
「きみの顔を知っている慶が居ない事は幸いだった。こうなっては仕方ない。行こう」
凰華が心配そうに声を掛けると、龍悟は優しく微笑み、
「大丈夫、きみは見ているだけでいい。逆に手を出すと、手筋が割れてしまうからね」
「う、うん。分かったわ」
凰華はうなずくと、怜震たちの後を追った。




