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【完結】暴虎馮河伝 〜続編あり〜  作者: 知己


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第二十三章『別離(二)』

 紅州を南へ下る街道を二頭の馬が颯爽と駆けて行く。

 

 赤毛の白馬の背では、若さに似合わぬ白髪の男と、赤い外套を羽織った褐色の肌の美女が揺られている。

 

 白馬のすぐ後ろには、ひと回り小さな薄紅色の雌馬が続き、その背には細眼で痩身の若者がまたがっていた。

 

 宿を出発してからというもの、馬上の三人は一言も口を聞かず、二騎の間には重苦しい雰囲気が立ち込めていた。

 

 こういう時は、持ち前の明るさで場を和ませる黒髪の少女の出番なのだが、その輝くような笑顔と弾むような声は、どこにも見当たらない。

 

「……なーんか暗えなあ、ただでさえジメジメしてんだから明るく行こうぜ?」

 

 白髪の男——拓飛タクヒ——が軽い調子で沈黙を破った。

 

「どうしたよ、セイ? おめえ、いっつもうるせえくれえに口を開いてんのによ」

「……そないな気分やない」

 

 細眼の若者——斉——が低く答える。

 

「拓飛、あまり無理をするな」

「は? 別に無理なんかしてねえよ。朝飯もたっぷり食って体調バッチリだぜ。いっちょ妖怪でも襲って来ねえモンかねえ」

「…………」

 

 褐色の美女——燕児エンジ——は、痛々しいほどに明るく振る舞う拓飛に何と声を掛けて良いか分からず、また押し黙った。

 

「なんでえ、なんでえ。どいつもこいつも暗えなあ。おめえらのせいで、こっちまで気が滅入っちまうぜ」

 

 拓飛はおどけながら言うが、その内心には怒りの感情が渦巻いていた。

 

(……俺の腕を治すっつう約束なんかはどうでもいい。許せねえのは、白虎派の任務だって嘘をついて姿を消した事だ。俺について来るのが嫌になったんなら、ハッキリ言ってくれりゃ良かったのによ……!)

 

 真顔に戻った拓飛を燕児が心配そうに見つめる。

 

「拓飛……」

「……ん? ああ、どうした?」

「もう少しで紅州の最南端に着くぞ」

「おう、そうか! そっからどうすんだ?」

「ホンマ? 長かったなあ!」

 

 最南端と聞いて拓飛と斉が喜びの声を上げた。

 

「私一人だけなら滑空して行けるが、今回はお前たちと馬も居るからな。船で紅霞島こうかとうまで行こう」

「船なんて出てんのか?」


 意外そうに拓飛が訊くと、

 

「勿論。島で自給自足はしているが、おぎなえない物資などは外部から調達して船で運んでいるんだ」

「ほへー、せやけど船で簡単に行けるんやったら、朱雀派の掟を聞きつけた男衆がこぞって島に押しかけるんとちゃうか?」

「それは問題ない。島の周りには複雑に海流が入り組んでいて、何も知らずに漕ぎ出すと海流に呑まれて、間違いなく海の藻屑となる」

「うへえ、怖ぁ……」

 

 斉がベロを出して表情を歪ませる。

 

「つーこたぁ、朱雀派の船には海流を読める奴が乗ってんだな?」

「そういう事だ」

 

 拓飛の言葉に燕児がうなずいた時、街道の右手に広大な砂浜が広がっているのが見えてきた。

 

「————海や!」

 

 斉は嬉しそうに声を上げると、桃花トウカの背からトンボ返りして砂浜に着地した。柔らかい砂浜は走りにくいと見て、拓飛と燕児も焔星エンセイから降りる。

 

 時刻は夕刻であり、水平線の彼方に夕陽が沈もうとしている。青い海は夕陽色に染められ、聞こえてくるのは小波さざなみの音ばかり、なんとも幻想的な情景である。

 

 夕陽に向かって仁王立ちした斉が口を開く。

 

「『絵に描いたよう』っちゅうんは、きっとこういうんを言うんやろな」

「おめえにしちゃ洒落シャレたコト言うじゃねえか」

「何を言うてんねん、この『詩聖』斉さまに向かって失礼やろ」

凰華オウカにもこの景色を見せたかったな……」

 

 誰ともなく、その名を口にするのは憚られていたのだが、別れてから初めて、燕児が凰華の名を口にした。

 

「……せやな、きっと喜んだやろな……」

「…………」

 

 凰華は以前、北方育ちで泳げないと言っていた。おそらく海を見た事も無いのだろう。初めて海を眼にして、はしゃぐ姿が容易に想像できた。

 

「なあ、いま思い出してんけど、ホンマにあの爺ちゃんの占い通りになってもうたな……」

「…………!」

 

 占いと聞いた燕児が訊き返す。

 

「占いだって? 何の事だ?」

「燕児ちゃんと再会するちょっと前やったな、西瓜スイカ畑で占い師の爺ちゃんに拓飛が言われてん。『お前は大切な人間と別れる事になる』て————」

「くだらねえコト言ってんじゃねえ」

「なんやて?」

「もう居ねえ奴の事を考えて、何になるってんだよ」

 

 拓飛が冷たく言うと、斉が掴みかかった。

 

「そないな言い方ないやろ! いつまでもふて腐れよってカッコ悪いんじゃ、ボケェッ‼︎」

「誰がふて腐れてんだ、コラァッ‼︎」

「————やめてくれっ‼︎」

 

 今にも殴り合いそうな二人を燕児が一喝した。知り合ってから、こんな大声を上げるのを聞いたのは初めての事である。

 

「……すまない、私のせいだ。頼むから、喧嘩はやめてくれ……」


 普段あまり表情を変えない燕児の顔が苦悩に歪んでいる。二人は掴み合っていた手を放した。

 

「おめえのせいじゃねえよ、別に謝んなくていい」

「燕児ちゃん、こっちこそゴメンな。アカンな、ワイも気が立ってもうてるわ」

「……違うんだ、私は————」

「あら、もしかして燕児姉さま?」

 

 燕児が何か言いかけた時、上空から軽やかな女の声が聞こえてきた。三人が見上げると、小柄な少女がフワリと着地した。

 

 少女は十四、五才くらいだろうか、燕児とよく似た紅い衣装を身に纏っており、愛くるしい表情を浮かべている。

 

子雀シジャク……」

「お久しぶりです、燕児姉さま。こちらにいらっしゃるという事は、紅霞島に戻られるのですか?」

「ああ」

 

 拓飛と斉は眼を見合わせた。どうやら燕児の妹弟子いもうとでしのようだ。

 

 拓飛は子雀と呼ばれた少女の足元を注視した。いくら小柄な身体でも上空から降り立てば、柔らかい砂に足が沈み込むはずである。しかし、その足元の砂はまるで紙でも落ちたかのようにほとんど乱れていない。

 

(……こんなガキでも、あの軽氣功ってのを体得してやがるのかよ)

 

「ところで姉さま、こちらの方たちはどなたですの?」

「ワイ、斉! よろしゅうな、子雀ちゃん!」

 

 燕児が答える前に斉が軽い自己紹介をする。

 

「ふふ、面白い方ですね。私は朱子雀シュシジャクと申しますわ。そちらの方は?」

「俺は凌拓飛リョウタクヒってモンだ。おめえらの掌門に用があって来た」


 子雀は少し驚いた様子で燕児に向き直った。

 

「まさか姉さま、この方たちを紅霞島に案内なさるの?」

「そうだよ。私はこの拓飛に決闘で敗れた。その報告も師父に直接しようと思ってね」

 

 姉弟子あねでしが決闘で敗れたと聞いて、子雀は大きな瞳を更に見開き、拓飛を見回した。頭から爪先までじっくりと観察すると、

 

「承知いたしました。それでは、凌さま、斉さま。この先に拙派の船が停泊しております。そちらで紅霞島までご案内いたしましょう」

 

 ニッコリ笑って、手を差し伸ばした。


      

   ———— 第二十四章に続く ————

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