表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】暴虎馮河伝 〜続編あり〜  作者: 知己


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/120

第二章『猪豚蛇(四)』

 凰華オウカが振り返ると、数丈先の藪の中から一頭の猪らしき生物が姿を現した。だがその大きさは通常の猪の数倍はあり、毛並みは毒々しい緑色をしている。さらに額から大きな角が前方に向かって伸びており、これに貫かれようものなら間違いなく命は無いだろう。


(————コイツが猪に似た妖怪!?)


 凰華が構えを取ると同時に妖怪が猛烈な速さで突進してきた。間一髪、凰華が体を入れ替えて躱すと、妖怪はそのまま下り坂を転がり落ちると思われたが、なんと返しの付いた銛のような形状の尻尾を地面に突き刺し、その巨体を止めてしまった。


 ゆっくりと振り返る妖怪と眼が合った凰華はゾッとした。その眼は爬虫類のような縦長の瞳孔をしていたのである。猪のような風貌に、無機質な爬虫類の瞳が取り合わせられると、得も言われぬ不気味さを醸し出していた。


拓飛タクヒ……)


 凰華は拓飛の姿を探すが、その姿はどこにも見当たらない。すでに山を降りてしまったのだろうか。


 その時、妖怪の後ろ脚が地面を蹴り、再び凰華に向かって突進した。



(……ふーん、あれがこの山の妖怪か。確かに話は通じなさそうだな)


 大木の枝に座り、頭上から凰華と妖怪の様子を窺っているのは拓飛である。


 妖怪の二撃目の突進をなんとか躱した凰華だったが、その体捌きを見る限り、平地ならともかく足場の悪い山道で何度も躱すのは難しそうだ。


(このままビビって逃げ出してくれるなら、それでよし。俺を呼んで助けを求めてくるんなら、二度と付いてこねえように約束させた後、俺が妖怪をブチのめして終わりってワケだ)


 第三撃、第四撃の妖怪の突進を凰華は躱したが、息が上がり、樹を背にしてなんとか立っていた。


(……おめえが悪いんだぜ。俺に付いてくるってことは、命がいくつあっても足りねえってことだ)


 だが、凰華は逃げ出すでもなく、かといって助けを呼ぶ様子も無い。拓飛はイライラしてきた。


(何やってんだよ。早く逃げ出すか、俺を呼ぶか、なんとかしやがれ!)


 妖怪は獲物の動きが鈍っていると見て、しっかりと力を溜めて渾身の突進を繰り出した。凰華は妖怪が迫っても躱す素振りを見せない。拓飛は迷っている内に動くのが遅れてしまった。

 雷が落ちたような轟音と共に樹齢数百年かと思われる大木がメキメキと音を立てて倒れる。しかし、そこに凰華の姿は無かった。


「ハアアアアアアァッ!」


 掛け声と共に数発の打撃音がどこからか聞こえてきた。直後、妖怪の腹の下からゴロゴロと転がりながら凰華が姿を現す。


「ハァ、ハァ…獣はお腹が弱点って聞くけど、やっぱり氣が籠もってないと妖怪には通じないみたいね」


 凰華は妖怪の鼻先が迫った瞬間、妖怪の腹の下に滑り込んで突きを五発叩き込んだのだが、妖怪には全く効いている様子は無い。


「……やっばい、なんかすっごい怒ってらっしゃる」


 妖怪がゆっくりと旋回し、凰華の姿を正面に捉える。鼻息が凄まじく、先程の攻撃はかえって怒りを増幅させてしまっただけのようだった。

 妖怪が再び突進を繰り出す。凰華は構えを取るが、もはや躱す体力は残っていなかった。今度こそ万事休すかと思われたが、またもや上空から白い流星が降ってきて、眼前に迫った妖怪を押しつぶしてしまった。


「拓飛!」


 目の前では拓飛が妖怪の上にのしかかり、ものすごい形相をしている。


「おめえ、何考えてんだ!」

「え?」

「内功が使えねえと妖怪は倒せねえって知ってんだろ!」

「う、うん」

「だったら何で逃げるか、俺に助けを求めねえんだ!?」

「え……あ! 拓飛!」


 怒る拓飛の後ろで、妖怪がゆっくりと立ち上がり口を大きく開け出した。


「てめえはすっ込んでろ!」


 拓飛は振り向きもせず、裏拳を妖怪に叩き込む。妖怪は数丈先に吹っ飛び、いくらか痙攣した後、動かなくなった。


「す、凄い……! あんな軽く振ったのに」

「おい! 訊いてんだぞ! さっさと答えやがれ!」

「あ、うん。きっと拓飛はあたしを試してるんだと思ったの。あたしが逃げたり、助けを求めたら、拓飛に見限られると思って」


 これを聞いた拓飛は開いた口が塞がらなかった。この女はおめでたくも、勝手に自分が試されていると思っていたらしい。途端にさっきまでの自分の企みが、ひどく下卑た考えだったと感じられ、拓飛は少し後ろめたい気持ちになった。


「……馬鹿かおめえは。それでてめえが死んじまったら元も子もねえだろ」

「うーん、でもあの妖怪を退治しないと茶屋のおじさんや旅人が困るだろうし、それにきっと拓飛なら文句は言いながら助けてくれるかなって」


 言いながら苦笑いを浮かべる凰華の表情に嘘は無い。拓飛はため息をつくと、無言で背を向け山を降りだした。


「こんな山にもう用はねえ。行くぞ」

「え? 行くって、付いて行っていいの?」

「俺にはもう、おめえを諦めさせる手が浮かばねえ。好きにしろ。ただし覚悟しとけよ? 俺に付いてくるってことは毎回こんな感じだからな」

「うん!」


 凰華は満面の笑みを浮かべ、拓飛の後を追い掛けた。


                                (第三章に続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ