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【完結】暴虎馮河伝 〜続編あり〜  作者: 知己


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第十七章『赤燕(一)』

 夕陽色だった湖面が漆黒に染まる頃、船は月餅湖の中心に停泊していた。月が隠れる翌朝まで、ここで夜を明かすのである。

 

「ねえ、見て見て! 満月じゃないけど、三日月みかづきでも綺麗だよ!」


 凰華オウカが湖面に映った月を指差し、子供のようにはしゃぐが、拓飛タクヒセイは飲み食いに夢中で一切湖面を見ようとしない。

 

「腹が膨れるんなら、いくらでも拝んでやるんだけどなあ」

「酒があるんやったら、ナンボでも拝ませてもらうんやけどなあ」

 

 拓飛と斉は異口同音に口を開くが、再びその口に食べ物を詰め込んで閉じてしまった。

 

 やはりこの男どもは、風情や趣を解するという繊細な情緒などは持ち合わせていないようである。凰華は蔑んだ眼で二人を睨みつけた。

 

「それにしても白虎派か、ホンマに桃源郷なんかあるんか?」

「ああ、崑崙山のどっかにあるぜ。今からでも行って来いよ」

「めんどくさいわ。で、今は紅州のどこかにおる拓飛のお師匠はんを捜しとると……そんなん、どないして見つけんねん?」

「それ、あたしも聞きたい!」

 

 凰華が話しに割り込んだその時、拓飛の左腕が虎と化した。

 

「うぉおおおっ! なんやねん、お前その腕ぇ‼︎」

 

 斉が驚きの声を上げると、眠っていた船頭の老人が眼を覚ました。拓飛は無用の騒ぎを起こさないよう上着を左腕に巻いて隠す。

 

「拓飛!」

「近くに妖怪がいやがる!」

 

 拓飛と凰華が闇夜を見渡すと、遠くの方から毒々しい色の羽を持った鷲のような生き物がこちらに向かって飛来するのが見えた。

 

「どうするの拓飛!」

「どうするもこうするもねえだろ、向かって来るんならブチのめす!」

 

 焔星エンセイ桃花トウカも動揺したように鼻息を鳴らし、船の上は一転して緊迫感に包まれた。しかし、老人は妖怪が目前に迫っているというのに落ち着き払っている。

 

「心配いらんよ。座っとればええ」

 

 老人の言葉に再び妖怪へと眼を向けると、その背後に紅い翼を持った人のような姿が見えた。

 

「なにアレ! 人が空飛んでる!」

「ちょお待てや、どこからツッコめばええねん!」

「朱雀派の仙士せんしさまじゃ」

『朱雀派⁉︎』

 

 拓飛と凰華が同時に声を上げた時には、鳥型妖怪が船の真上に到達しようとしていた。

 

 その背後から朱雀派の仙士が攻撃を仕掛けるが、妖怪は急旋回して外してしまう。しかし、仙士の腰付近から伸びた尾羽がククッと動き出すと、その身体が空中で向きを変えて、逃げた妖怪の背に迫った。

 攻撃を躱し油断していた妖怪が振り返ると、仙士の手刀がその首を切断し、妖怪は声もなく消滅した。

 

「————すごい!」

「アレが朱雀派独自の軽功ってヤツか。しかし、いきなり朱雀派に出くわすたぁ正に渡りに船ってモンだぜ」

 

 二人が感想を漏らすと、仙士は音も無く船の帆柱に停まった。

 

「船頭、少し羽を休ませてもらうよ」

燕児エンジさま、ご苦労さまです。よろしければ水もございますぞ」

 

 燕児と呼ばれた女は返事の代わりにうっすらと微笑むと、その羽が闇に溶けるように消え去った。

 

(なるほど、あの羽は氣で出来てるっつうワケか。けど、まだ他にもタネがありそうだな)

 

 拓飛は朱雀派の軽功の正体を探ろうと、燕児の全身を仔細に眺めた。

 

 まず眼を引くのはその衣装で、赤いツヤツヤとした生地が身体の線が見えるほどピタッと肌に張り付いている。歳は二十歳くらいだろうか、鼻筋が通った整った顔立ちに褐色の肌をしており、どうやら生粋の神州人ではなさそうである。

 

「拓飛も斉もジッと見過ぎ。……いやらしい」

 

 凰華がまたしても蔑んだ眼を二人に向けた。拓飛が斉に顔を向けると、斉は燕児の身体を穴が空くほど凝視している。その口からは今にもよだれが落ちそうなほどである。

 

「おい、俺は違うぞ! この猿と一緒にすんな!」

 

 拓飛が弁解するが、凰華は眼を合わそうとしない。

 

「君は内功の心得があるようだね。よかったら朱雀派に入門しないか?」

 

 突然、燕児が穏やかに凰華に話しかけた。

 

「え? いや、あたしはその……」

 

 思わぬところで朱雀派の者と接触できたのは僥倖ぎょうこうだったが、なんと答えればいいかと凰華が思いあぐねていると、燕児の表情が一変した。

 

「————そこの白髪の男! 貴様、普通の人間じゃないな!」

 

 船上の全ての眼が拓飛に注がれる中、拓飛はゆっくりと口を開く。

 

「……なんの事だ? 朱雀派ってのは、人を見かけだけで妖怪呼ばわりすんのか?」

 

 普段の拓飛であれば、この数倍の罵詈雑言が口から飛び出すところであったが、相手が女であるからか幾分遠慮が見られた。

 

「とぼけても無駄だ。その左腕から凶々しい氣を感じるぞ」

 

 こうまでハッキリと指摘されては、ごまかせそうにはない。拓飛は軽く舌打ちすると、覚悟を決めたように言った。

 

「だったらどうするってんだよ?」

「もちろん退治する」

 

 燕児は静かに言うと、その背に再び紅い翼が広げられた。

 

「ちょっと拓飛、揉める気はないって言ってたじゃない!」

「しゃあねえだろ! 大体絡まれてるのは俺の方だ!」

 

 そう言うと拓飛はチラリと斉に視線を送った。しかし、斉は拓飛の視線に気付くと笑いながら手を振った。

 

「いや無理やで? ワイ、おネエちゃんには手ぇ出されへんねん。それにお前がナンボほど強うなったかも見てみたいしな」

「このクソ猴野郎……!」

 

 その間にも燕児は帆柱を蹴って、拓飛に向かって急降下した。

 

「……やれやれ、結局こうなんのかよ」

 

 拓飛は頭を掻きながら呟いた。

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