第十六章『再会(二)』
街道の茶屋を出た拓飛と凰華が南へ馬を走らせると、数里ほどで白州——紅州間の関所に差し掛かった。
以前、黄州や白州の関所を通り掛かった時は余計な詮索を避けるため、拓飛だけ軽功を使ってすり抜けたものだが、今回は徒歩ではなく馬に乗っているため、そうした手は使えない。
関所の役人たちは拓飛の風体を眼にすると一瞬ギョッとした様子だったが、凰華が白虎牌を見せると、目を見合わせて何やらヒソヒソ話した後、
「ご苦労様です」
一礼すると、何事もないように通過させてくれた。
関所を通り抜けると、凰華が驚いたように笑って言った。
「西王母さまの言っていた通りだったね」
「ああ」
通常、関所の役人というのは、やれ何処に行くだの、やれ荷物を見せろだのと横柄な態度な者が多いのだが、白虎牌の御威光たるや絶大である。
「それで、紅州に入ったはいいけど、これからどうするの?」
常歩のまま凰華が問いかけた。
「そうだな、とりあえず人がいるとこに行かねえと始まらねえ」
「へ? 人が寄り付かない山奥とか、密林の中に住んでるワケじゃないんだ?」
「あたりめえだ。暮らしにきいだろ、そんなとこ」
「だって拓飛の修行話を聞いてたら、山に置き去りにされたとか、そんな話ばっかりだったじゃない」
「俺はな。岳のおっさんは普通に人間らしい生活をしてやがったぜ」
拓飛はそう言うと手綱を絞って駆け出した。慌てて凰華が追いかける。
その後二人は馬を休ませながら街道を進んで行くが、鎮や集落などは見当たらないまま夕方になった。
凰華がふと街道の脇に眼をやると、遠くの木々の間に湖らしきものが見えた。凰華は前を行く拓飛に並んで声を掛ける。
「拓飛、見て。あっちに湖があるわ。焔星と桃花に水を飲ませてあげましょ」
「そうだな」
街道を逸れて凰華の指差した方へ近づいていくと、海かと見まごうほどの巨大な湖が姿を現した。付近には大きな船も停泊している。
「わあーっ! おっきな湖! ね、これってもしかして『月餅湖』じゃない?」
「なんでえ、そのゲッペイコってのぁ?」
眼を輝かせる凰華とは対照的に、拓飛は冷めた表情で質問した。
「知らないの? 神州で一番大きな湖よ。月餅湖の名前には由来があってね、満月の夜には湖面にまん丸なお月さまが映って、まるで月餅のように見えるから、その名前が付けられたのよ」
「へーえ……」
凰華は腰に手を当てて得意げな様子だが、拓飛はサッパリ興味が無いのか、おざなりな返事を返すのみである。
「そうとも姑娘、ここが月餅湖じゃよ」
二人が声のした方を振り向くと、停泊している船の脇で煙草を吹かしている老人が見えた。
「お二人さん、紅州の者じゃないね。今夜は満月ではないが、遊覧ついでにワシの船で向こう岸へ渡ってみんかね?」
「爺さん、そりゃあカネを取んのか?」
「ハッハ、そりゃあ勿論いただくさ。それがワシの食い扶持なモンでな」
拓飛の質問に老人は笑って返答する。
「そんじゃあいらねえや。わざわざカネ払って湖を渡る必要はねえ。馬もいるんだし、街道を行く」
この言葉に凰華の表情が沈んだ事は言うまでもない。
「ふうむ、街道を行かれるか。それもよかろうが、残念ながら先日の土砂崩れで、この先の峡谷が通行止めになっていると聞いたなあ」
「通行止めだあ? 船に乗せるためにフカシこいてんじゃねえだろうな?」
「これは怖い。無駄足を踏んでも構わんなら、行って確認して来たらいかがかな?」
こうまで言うということは、土砂崩れというのは嘘ではないだろう。拓飛と凰華は顔を見合わせた。
「お上に届けは出ているようじゃが、いつ撤去されるかは分からん。悪い事は言わんでな、乗って行かれるがええ」
「お爺さん、でも、あたしたち馬が……」
「なーに、心配いらんよ。ワシの船なら馬の二頭くらいなんて事はないわい。今日は客が一人だけなんじゃ、特別に安うするぞい?」
脈ありと見た老人はここぞとばかりに畳み掛けてくる。凰華はエサをねだる子犬のような眼を拓飛に向けた。
「拓飛……」
「……わあーったよ! その眼で見んのはやめろ!」
拓飛が根負けしたその時、船の船倉から男の声が響いて来た。
「おーい、爺ちゃん! いつまで待たせんねん? 前金なら払ったやろ!」
「すまんのう、お兄さん。今ようやく商談がまとまったところじゃ。二人と馬二頭の相乗りになるぞい」
「ちゅうと、渡し賃も三等分になるワケやな?」
「なるワケあるまいが」
「冗談やがな。ほな、はよ出してえや」
男の訛りは南方のものではないようであった。
「ねえ拓飛、あの訛り何処かで聞いた覚えない?」
「そうか?」
凰華が小声で話しかけるが、拓飛は心当たりが無いのか素っ気なく返事する。
「————た、たたたたた拓飛やとぉ⁉︎」
凰華の発した声はごく小さなものだったが、突如、男は驚いた様子で船倉から顔を覗かせた。




