表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】暴虎馮河伝 〜続編あり〜  作者: 知己


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/120

第十二章『交流試合(五)』

 凰華オウカの顔には一点の迷いもなく、その瞳に映る男の勝利を信じて疑っていないようである。その横顔は輝きに満ち、得も言われぬ美しさを放っていた。

 

 人は心から信じられる誰かがいる事で、これほどまでに気高く美しくなるものかと、西王母セイオウボの心に微かな羨望の気持ちが芽生えた。

 

「……よかろう。そなたがそこまで申すならわらわはもう止めぬ」

 

 そう言うと西王母は扇子を横に振り、熊将ユウショウに合図を送った。その意図を察した熊将は無言でうなずき、静かに二人から距離を取った。

 

 拓飛タクヒはフーッと大きく息を吐くと、異様に両腕を前方に突き出した構えを取った。

 

 龍悟リュウゴも熊将もこのような構えは初めて眼にするものだった。これでは滑らかに攻撃に移れないし、何よりまず腕を斬ってくださいと言わんばかりである。

 

コウ師兄! そんな構えは虚仮威しに過ぎません! 妖虎はもう一太刀で終わりです! さあ止めを!」

 

 青龍派の弟子から檄が飛んだ。

 

 しかし、これが単なる虚仮威しや、追い詰められた故の錯乱によるものではない事は拓飛の眼が物語っていた。

 

「……いいだろう。改めてその腕を斬ってあげようじゃないか……!」

 

 言葉が途切れる前に龍悟の一閃が拓飛の左腕に迫り、肉を切る音と共に再び血しぶきが舞うと思われたが、一同が耳にしたのはガキッという金属音にも似た乾いた音だった。

 

「……痛ってえ……が、止めたぜ……!」

 

 龍悟の剣は拓飛の手の甲で受け止められており、力を込めても薄皮を傷つけ、血が滲むばかりで、これ以上刃が通らなかった。

 

「————龍悟!」

 

 驚愕した龍悟の胸に拓飛の右拳が迫るが、ケイの声に我に返ると、後ろへ飛びすさり外した。

 

 間合いを空けた龍悟が拓飛を睨みつける。

 

「貴様、まさか……!」

「へへっ、鎧がダメなら手甲はどうよってなあ」

 

 再び拓飛は両腕を前に突き出し、龍悟ににじり寄った。

 

 この様子を眺める西王母が甲高い声を上げた。

 

「ホッホッホ! そう来たか。まこと面白い奴じゃ!」

「西王母さま! どうして急に拓飛の硬氣功が強くなったんですか⁉︎」

「氣の総量が増した訳ではない。拓飛めは全身に回しておった氣を両の手首から先に集めておるのじゃ」

「それって、つまり……」

「そうじゃ。先程までとは氣の密度が桁違いになる。相手の刃を通してしまう鎧なぞ枷になるだけじゃからのう」

「すごい! これなら……!」

 

 凰華の顔がパッと輝くが、西王母の表情は逆に厳しくなった。

 

「しかし、これは文字通り諸刃の剣じゃぞ。例えば今、軽くでも腹を蹴られれば拓飛のドテッ腹に風穴が空く」

「え……⁉︎」

「言うたじゃろう。全ての氣を手首の先に集中させたと。今、拓飛は手首の先以外は生身の人間と同じじゃ。それほどの犠牲を払わねば目の前の相手には勝てぬと、奴は覚悟を決めたのじゃ」

「…………!」


 

 その時、練武場の中央からギィンッと言う金属音が響いて来た。凰華が視線を戻すと、龍悟の嵐のような剣舞を拓飛が捌いているのが見えた。

 

 龍悟は拓飛の正面で足を止め、双剣を懸命に繰り出すが、その全てを拓飛は冷静に受け流していく。一太刀でも受けをしくじれば終わりという緊張感が集中力を極限まで高める。その緊張感が拓飛を高揚させ、思わず顔を綻ばせた。

 

「龍悟! 意地を張らずに体術を使いなさい!」

 

 慶が攻めあぐむ龍悟に助言を送るが、龍悟はギッと歯を食いしばり、なお双剣を振るうのを止めない。

 

「腕は立っても青いのう。じゃが、それが若さというものか……」

 

 西王母が呟くと、凰華が疑問を口にする。

 

「どういう事ですか? 西王母さま」

「うむ、もし妾が青龍派の小僧なら、まず拓飛の脚を蹴り動きを止めるじゃろう。李姑娘リクーニャンはそうせよと申しておる」

「たしかに、今の拓飛が脚を蹴られれば一溜まりもないですね。でも、どうしてそうしないのかしら……⁉︎」

「それが若さゆえよ。いや、男ゆえと言うた方が良いかも知れぬな」

 

 西王母の指摘通り、龍悟の胸中には『誇り』という一念のみが渦巻いていた。

 

(一度剣を抜いた以上、青龍派の誇りに懸けて必ずこの男を斬って見せる……‼︎)

 

 突如、龍悟は剣舞を止めると、右剣を颯颯颯さつさつさつと三度突き出し、拓飛を仰け反らせると同時に左剣が影のように、拓飛の右脚を払いに掛かった。

 

 ————青龍派の秘技『地龍排尾チリュウハイビ』である。

 

 しかし、拓飛はまるで三連突きの後に下段斬りが来るのを予知していたかのように、右脚を上げて回避した。

 

 得意技を外された龍悟は驚愕を隠せない。だが、躱した拓飛の胸中の驚きはそれ以上であった。

 

(————この技は……‼︎)

 

 龍悟は気を落ち着けると、青龍派の技を次々に繰り出した。

 

 それらは実の中に虚が、虚の中に実が含まれた絶技であったが、拓飛は初見であるはずの剣技をことごとく外していく。この光景に青龍派の弟子たちは皆一様に青ざめた。

 

 一方、拓飛の脳裏には修行の日々が蘇っていた。龍悟の放つ青龍派の技は全て師父、岳成虎ガクセイコが稽古の中で自分に繰り出していたものと同じだったのである。

 

 素手と剣の違いはあるが、踏み込み、角度、速度、氣の込め具合、全てが瓜二つで、自然と身体が反応したのだった。

 

 当時は、普段の師父のものとは違う系統の技を覚えて何になるのかと思っていたものだったが、今にしてその真意が分かった。

 師父は、いつか自分が青龍派の者と相対する事を予見していたのだ。

 

(……あのクソおっさん、余計なマネしやがって……!)

 

 動揺で龍悟の剣筋が鈍った所を見逃さず、拓飛の右拳が突き刺さった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ