第十一章『桃源郷(六)』
青龍派の門人たちが出て行くと、入れ代わりに白虎派の弟子が部屋に入ってきて、何やら西王母に耳打ちを始めた。
「すまぬが、外せぬ用が出来た故、話は明日ゆるりと聞こう。そなたも食事を取って休むがよい」
凰華は西王母と話の続きをしたかったが、仕方なく、白虎派の弟子に案内され食堂に向かった。
食堂に入ると、奥の方で拓飛と蘇熊将が向かい合って席に座り、食事を取っているのが見えた。二人は今度は大食い対決でも始めたのか、卓の上には空になった器が堆く積まれている。
凰華が近づいてみると、二人の話し声が聞こえてきた。
「熊将、さっきの体当たりは効いたぜ。ありゃ、間合いを潰された時に使えるな!」
「ああ、あの技は間合いによって頭突きや肩や背中、腰など色々応用も効く。拓飛、今度教えてやろう」
なんと、先ほど立ち合っていた二人が、この短い間にお互いを名前で呼び合っている。本気で拳を交えた二人は、お互いの実力を認めあったのだろう。凰華は二人の関係がなんだか羨ましく思えた。
「おう、凰華。なにボーッと突っ立ってんだ? おめえも座って食えよ。まあまあイケるぜ、ここのメシ」
「あ、うん」
凰華が拓飛の隣の席に腰かけると、熊将が口を開いた。
「拓飛、石姑娘。明日の試合の取り決めを話しておこう。人数は双方五人ずつ、試合は一対一で行い、勝者が勝ち抜きで次の者と闘う。先に大将を討ち取った方が勝ちだ。試合は寸止めとする」
「えっ? 寸止めなんですか?」
「一応はな。だが実際には武器使用あり、急所攻撃あり、禁じ手なしの何でもござれだ。武器や拳に眼が付いている訳でなし、万が一、相手を殺してしまったとしても試合中の事故として処理される」
禁じ手なしと聞いて、凰華の顔が明らかに引きつった。
「心配するな。明日は俺が審判を務める。大事に至る前に俺が止めてやろう」
「お、お願いします……!」
「まあ、めんどくせえ事は考えずに相手をブチのめしゃあいいって事だな!」
凰華の心配をよそに、拓飛は豪快に笑い飛ばした。凰華は冷めた視線を拓飛に送ると、熊将に向き直り手を上げた。
「あの、青龍派ってどういう技を使うんでしょうか?」
「青龍派は武器術を主とする器械門派だ。白虎派にも武器を扱う者もいるが、彼らは己の氣を具現化させ妖怪を滅する。得物は使い手によって、剣や刀、槍など様々だがな」
拓飛は思わず龍悟に斬られた左腕を押さえた。
「……なるほど、ありゃ野郎の氣で造った剣だってワケかよ。タネが分かりゃ、もうもらわねえ……!」
「言うほど易しくはないぞ。俺は二年前の交流試合で青龍派の本拠に赴いたが、門人の質や量、統制、さらに本拠の規模、設備など、全て我が白虎派を凌駕していた」
「熊将、勝ったんだろうな?」
「いや、俺は辛くも引き分けたが、残りの者は全敗した」
「あっ、相手は柳って人ですね?」
凰華が口を挟むと、熊将は少し驚いたように顔を向けた。
「石姑娘、どこでその名を?」
「凰華でいいですよ。西王母さまから聞きました。今回は来られないけど、必ず埋め合わせはするって言っていたそうです」
「そうか……!」
この言葉に熊将の眼光が鋭くなった。
「にしてもよお、おめえ以外は全員負けって、なっさけねえな白虎派の連中も」
拓飛は鶏の腿をかじりながら呟いた。
「……以前はここまでの差は無かったのだが、十数年前に青龍派の掌門が現在の黄掌門に代わって彼らは急速に勢力を増し始めた。さらに同時期に岳師叔が姿を消したのが決定打になってしまった」
「岳のオッサンが?」
「そうだ。西王母さまの術は素晴らしいが、アレは教えて出来るというものではないからな。今、岳師叔がここにおられれば、我らを鍛えてくださったろうが……」
突然、凰華が手を叩いて声を上げた。
「それじゃあ拓飛が教えてあげればいいじゃない!」
「ああ? なんで俺が?」
「だって岳先生の弟子は拓飛だけなんでしょ? 適役だと思うけど」
「それはいい。是非そうしてくれ、頼む、拓飛」
熊将は立ち上がると、拓飛に頭を下げた。
拓飛は照れ臭そうに頭を掻くと、ぶっきら棒に言った。
「……しゃあねえな。めんどくせえから、熊将にだけ教えてやるよ。あの体当たりの代わりな」
拓飛は言い終わると、照れ隠しに手近の杯を掴み一気に飲み干した。
「おい、それは俺の酒————」
熊将が言うが早いか、拓飛は顔を真っ赤にすると、杯を持ったまま卓に突っ伏してしまった。ほどなくして寝息が聞こえてきた。凰華が苦笑いしながら説明する。
「拓飛、すっごくお酒に弱いんです……」
「……ふっ。酒に弱い虎など聞いた事もないぞ」
凰華は熊将の笑顔を初めて眼にした。
「こいつは俺が寝室に運ぼう。凰華、お前も女弟子に寝室に案内してもらうといい。明日は頑張れよ」
「はい。ありがとうございました!」
凰華が礼を言うと、熊将は拓飛を担いで、食堂を後にしていった。




