第四章『斉天大聖(四)』
拓飛が広間に戻ると案の定、凰華が張豊貴の用心棒たちに取り囲まれていた。
「あっ、拓飛!」
凰華は拓飛の姿を認めると嬉しそうに声を掛けてきた。拓飛は凰華に一瞥をくれると面倒臭そうに口を開く。
「悪いな。その女、俺の連れなんだ」
用心棒たちは、つい先ほど拓飛の腕前を見ているだけに顔を見合わせると、主人の張豊貴に伺いの視線を送る。
「構わん」
張豊貴がサッと手を振るうと、用心棒たちは凰華の包囲網を解いた。
拓飛は張豊貴の姿を改めてマジマジと眺めた。張豊貴は背が低く恐ろしく太っており、歳は四十くらいだろうか。大きな玉の付いた頭巾を被り、両の指には大きな翡翠や琥珀の指輪をはめ、派手な模様の入った錦織の着物を着ている。その姿は絵に描いたような成金の姿そのものだった。
「ほらよ」
拓飛は懐から紙つぶてを取り出すと、張豊貴に向かって放った。張豊貴が開いてみると、中にはあの瑪瑙の首飾りが包まれていた。
「おおっ!」
張豊貴は大層喜んだが、拓飛はクイッと顎を上げてみせる。
「喜ぶのは早えぜ、おっさん」
張豊貴が包み紙をよく見てみると、その表情は一変した。その紙にはこう書かれていたのである。
『明日の夜 今一度参上す 拝 斉天大聖』
「行くぞ、凰華」
「えっ? う、うん」
拓飛は足早に去ろうとするが、張豊貴が慌てて呼び止める。
「まっ、待ってくれ! いや、お待ちくだされ、先生!」
「明日の夜にはまた来るから心配すんなよ。あの猴野郎には俺も借りがあるからな」
「では是非、今夜は私の屋敷に泊まっていってくだされ!」
懇願する張豊貴を見向きもせず拓飛は答える。
「悪いな。あんたの屋敷は趣味じゃねえんだ」
呆然とする張豊貴を尻目に拓飛は玄関へ歩き出し、凰華は名残惜しそうに拓飛の後について行った。
張豊貴の屋敷を出た後、なんとか見つけた安宿で凰華が残念そうに口を開いた。
「ねえ、なんで、あの人の屋敷に泊まらせてもらわなかったの? きっと大きなお風呂にフカフカの寝台で寝られたのに……」
「うるせえな、だったら今からでも行ってこいよ。別に俺に無理に付き合うことはねえんだぜ?」
不機嫌そうに答える拓飛の様子を見て、凰華は笑いながら言った。
「あ、分かった! 拓飛、あんな大きな屋敷じゃ落ち着かないんでしょ?」
「そんなんじゃねえよ。おめえと一緒にすんな」
「はいはい、それじゃ明日の朝またね。おやすみ」
凰華は笑顔でそう言うと、自分の部屋に入ろうとする。
「おう。あ、この前みてえに急に入ってくるんじゃねえぞ」
「うん、分かった。内功の鍛錬をするのね」
「……おめえなあ、でけえ声で言ってんじゃねえよ」
拓飛が露骨に嫌そうな顔をすると、凰華は一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに慌てて口を手で覆った。
「ご、ごめんなさい! おやすみ!」
逃げるようにバタンと扉を閉めた凰華を横目に拓飛は呆れるように口を開いた。
「騒がしい女だぜ」
自分の部屋に入った拓飛は荷物から緑色の丸薬を取り出し口に含むと、寝台の上で胡座を組んだ。この丸薬は師父の元から飛び出した時にかっぱらってきた師父特製の丹薬である。内功の鍛錬の際に身体に取り入れることで、消耗した氣を増進させる働きがある。
少し経つと丹田から熱が湧き上がって来るのを感じ、拓飛は眼を瞑って精神を集中させた。程なくして爪先から頭の天辺まで氣が巡り、全身がフワフワするような心地いい感覚に包まれていった。
(第五章に続く)




