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【完結】暴虎馮河伝 〜続編あり〜  作者: 知己


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第二十九章『対決(四)』

 砂煙がようやく晴れてきた時、二つ目の戸口から姿を現したのは、左頬に深い刀傷を持つ大男であった。


「————オッサン!」


 拓飛タクヒが声を掛けると、大男————岳成虎ガクセイコは魅力的な笑みを浮かべながら悠然と歩み寄ってきた。


「やっぱ、練武場のアレはオッサンの仕業か」

「まあな。そこから迷っちまって、ちょいと時間を食っちまったが、なんとか最短距離でやって来れたぜ」

「なーにが、最短距離だよ。相変わらずやることが無茶苦茶だな、このオッサンは」


 壁面の一部分のみを砂状に変えるという離れわざに舌を巻きつつも悪態をつく弟子に、成虎はその肩をポンと叩いて応える。


「ま、気が向いたらいずれ教えてやるよっつうワケで、奴の相手は譲ってくれや」

「何が『つうワケ』なんだよ。野郎は俺が————」

「頼むわ、『拓飛』……!」

 

 笑みを浮かべていた成虎の表情が真顔になり、拓飛の肩を掴む腕に力が込もった。

 

「……わあったよ」

「悪いな」

 

 成虎は感謝するように拓飛の背中をポンポンと叩いて、旧敵の前へ立った。

 

「よお、志龍シリュウ。二十年ぶりくれえか。偉そうにヒゲなんか生やしやがって、一瞬誰だか分からなかったぜ」

「……フン、貴様こそ随分とシワが増えて老けたのではないか、成虎セイコよ」

「大人の魅力が増したと言ってくれや」

「減らず口を抜かしおって。年を食っても軽薄な所は変わらぬな」

「おめえも堅っ苦しい喋り方は変わってねえなあ」

 

 拓飛とセイは唖然とした。

 

 二人は二十年ぶりに再会した友人と旧交を温めるように言葉を交わしながら、攻撃を繰り出していたのである。そのどれもが必殺の手で、受けや目測を誤れば瞬時に命に届いてしまうだろう。

 

「貴様、修練は怠っていなかったようだな」

「さあて、どうだったかな」

「世俗と関わりを絶った貴様が、今さら姿を現して何のつもりだ?」

「なーに、昔馴染みの物騒な噂を小耳に挟んだモンで、ちょいと今どんなツラしてやがんのか拝んでやろうと思ってよ」

 

 志龍の払いを躱しながら、成虎が突きを合わせた。

 

「そうそう、おめえのせがれなら一命を取り留めたぜ」

「……余計な事をしおって」

「いやいや、俺はちょいと氣を送り込んでやっただけだ。なんつったっけな、青龍派のあの膏薬こうやくは大したモンだな」

「ワシが言っているのは、貴様があやつに吹き込んだ事だ」

 

 成虎の拳を外して、志龍は剣を斬り上げた。

 

「『死んだ技を振るうな』か。おめえも気付いていたはずだ」

「あやつは何も考えず、ワシの言う通りにしておれば良いのだ」

「あのニイちゃんはおめえの所有物モンじゃねえ。一人の男として認めてやれや」

「……黙れ……!」

 

 龍の爪と虎の牙が交差したが、あと一寸というところで双方の身体に突き立てる事は出来ずに、龍虎は距離を取った。

 

 神速の攻防を繰り広げた両者だったが、汗一つかかず、息を弾ませてもおらずに泰然としたものであった。

 

 成虎はチラリと玉座へ眼を向けた。

 

「やっぱ、あのお嬢ちゃんはおめえの娘だったか……」

「だとしたら何だと言うのだ」

「あんまり他人様ひとさまの家の事に口出しはしたかねえが、せっかく離れ離れになってた親娘おやこが揃ったんじゃねえの。優しく抱きしめてやったらどうよ?」

「…………」

 

 志龍の顔に暗い陰が落ちた。

 

「……貴様こそ、何故あの小妖怪を拾って飼い馴らしている?」

「妖怪? 俺は妖怪なんぞ拾った覚えはねえなあ」

 

 そう言うと、成虎は天を仰いで笑みを浮かべた。

 

「俺は何にもしちゃあいねえが、なかなか立派に育ってくれやがったぜ。誰に似たのか知らねえが、口汚ねえ上に喧嘩っ早えのが玉に瑕だがな」

 

 成虎の言葉に拓飛は思わず胸が熱くなった。

 

 成虎はゆっくりと顔を下げると、真っ直ぐに志龍を見据えた。

 

「だが、おめえは何だ? 弟子と倅を斬って、娘にはコレだ。いってえ何がしてえんだ?」

「……貴様には関係ない」

現在いまのおめえを見て、凰珠オウジュが喜んでると思うか……⁉︎」

「————貴様が、その名を口にするなァッ‼︎」

 

 突如、志龍は激昂して成虎に襲い掛かった。

 

「アレはワシの物だ! 貴様がアレの名を口にするのも————いや、想い浮かべる事すら許さん‼︎」

 

 激昂した志龍の剣は苛烈さを増して、成虎の肉体を蝕んでいった。

 

「……何をトチ狂ってやがる。アイツに選ばれたのはおめえだろ」

「黙れえッ‼︎」

 

 怒号と共に志龍の剣が、成虎の右肩に突き刺さった。

 

 その剣は鍔元つばもとまで深く食い込み、龍虎は額がぶつかるほど接近して睨み合った。

 

「……アレには分かっておったのだ。二十年前、あれ以上続けておれば敗れていたのはワシの方であったと……! アレは心優しい女だった。ワシが選ばれたのは、敗者を憐れんだに過ぎんのだ……‼︎」

「…………」

「————だが、今はどうだ! ワシはあれから研鑽を積み重ね、ついに貴様を超えた! ワシに勝てる者などおらんのだ‼︎」

 

 志龍は狂ったように高笑いを上げると、腕に力を込めて剣を強引に動かした。嫌な音と共に成虎の肉がえぐれ、飛び散った血が志龍の顔を赤く染めた。

 

「違う…………」

「何が違————」

 

 成虎の表情を見た志龍は何かを察知して、背後へ飛び退いた。

 

 志龍の手を離れた剣は程なくして消え失せ、成虎の傷口からドクドクと鮮血が流れ落ちる。

 

「……志龍、おめえの曲がった性根を俺が叩き直してやる……‼︎」

 

 成虎が静かに宣言すると、凄まじい重圧が周囲に溢れ出し、志龍は警戒の色を強めた。

 

 その様子を見ていた斉が不安そうに拓飛に話し掛ける。

 

「おおい、拓飛ぃ。ごっつい威圧感やけど、成虎のオッチャン、やばいんとちゃうか⁉︎」

 

 致命傷には至っていないが、成虎の右肩は大きく肉が抉れている。達人同士の闘いにおいては細部が勝敗を左右するのである。最早、先程までの均衡は崩れてしまった。

 

 しかし、拓飛は意外そうに聞き返す。


「なに言ってんだ、おめえ?」

「ハア?」

「俺の親父が、あんなヒゲに負けるワケねえだろ」


 拓飛は笑みを浮かべて力強く言い切った。

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