狂い出す歯車
同時刻。
とある神域にて。
「せんぱーい」
「…なんだ」
「私すんごく暇です〜」
「じゃあ働け」
「んもー。せんぱいのケチー」
「……」
白い壁に四方を囲まれた部屋。
その真ん中には4人用の大きな長机が置かれている。
部屋はその机を幾百ほど並べても床が埋まらないほど広い。
だが床も、大きな机も、遠くに見える壁もが全て白で統一されていて一切の混じり気のない純白を演出している。
その部屋にいる神は三柱。
1人は黒い髪をオールバックにした、四角い眼鏡をかけているスーツ姿の男。
目の前の机に置いた分厚い本をめくりながら、
横に置いた白い羊皮紙に向かって死に物狂いで羽根ペンを走らせている。
その必死の形相故に痩身の男は実際の年齢より老けて見える。
もう1人は、おでこを晒すほどの短髪でその白い髪の上に小さなベレッタ帽を被っている若い男。
その男は丈の長い白い神父服に身を包み、落ち着き払った様子で手に持つ本を読んでいる。
口元にはいつも薄い笑みが浮かんでいるようで、左に座る男よりも随分と穏やかに見える。
最後の1人は並んで座る彼ら2人の対面にて、両腕を突っ伏しながらだらけている、薄いピンク色のショートヘアが特徴の暇そうな女だ。
何冊かの分厚い本を重ねてその上から上体の体重をかけている彼女は、目の前で忙しそうにする男とは違い、彼女の周りだけ時間の進みがゆったりと進行するようである。
「そもそもだなぁ。俺が忙しいのはどなたのおかげだと思っていらっしゃるんだ!?」
「ん? わたしのせいですよ?」
「ならばなぜ貴女様は自らが創り出した仕事をおこなしにならないのでしょうか???」
「めんどうだからに決まってるじゃないですか」
いったい彼は何を言っているのでしょうか。
そんなことを言わんばかりに、本当に困惑しているような表情をする彼女。
「そもそも仕事なんて下級神にでもやらせとけばいいじゃないですかぁ。
何であなたが手伝ってるんですか?」
「手下にだけ仕事を押し付けて俺らが仕事をしないわけにはいかないでしょうが!
それに、貴女様がやらない分までこちらにまわってくるんですよ!!」
元といえばあんたがこのプロジェクトをやり始めたんだろうが!
そう言いかけて我慢する。
男にとって彼女は年下ながらも序列的には上司であるので、敬語を使う必要がある。
女神からせんぱい呼びをされる男だが、過去のちょっとした事件のせいで序列が逆転してしまったのだ。
まあ彼の使う敬語はめちゃくちゃであるが。
「第13位!お前もさっきから本ばかり読んでないで仕事したらどうだ!?」
その男は、突然に椅子を後ろに倒しながら立ち上がる。
先程から怒鳴り散らすかのように話す男のイラつきの矛先は、神父姿で座っているとなりの男に向けられた。
「私は規定の仕事をすでに終わらせたので」
「手伝ったりはしてくれないのか?」
「私は規定の仕事をすでに終わらせたので」
「………」
はあ。肩を落としてため息をつく痩身の男。
倒れた椅子を直し、再び座ってから仕事を再開した。
と、そこで。
「うえっ!!え!?」
信じられないものを見たかのように急に変な叫びをあげる黒いスーツの男。
「せんぱいどうしましたー?」
前からずいっと身を乗り出して男の手元にある本を見ようとする女神。
「だから俺を先輩と呼ぶな!!」
「ん?」
「いえ!なんでもないでありますよ!我らが麗しき第8位様!!」
「敬語が変になってるぞ第15位」
「そんなことはどうでもいい!!
とにかくこれを見てくれ!!」
痩身の男が神父の男に本を押しつけるように差し出す。
それを一通り眺めてから、男は少し考えたのちに結論を出した。
「…これは他世界からの干渉が起きてますね」
「やはりか!!」
「どーゆうことですかー?私にも分かりやすいように説明してください」
その本から顔を上げる女。
どうやら本を読んでも理解できなかったようだ。
「つまりだな、箱庭にまだ実装されてない種族のキャラクターが現れたのだ。
普通はそんなこと有り得ないはずなのだが…」
「それってやばいんですか?」
「結構やばい。我々神が構築したシステムに横槍を入れられたようなもんだ。
これからもその世界から干渉されるかも知れん」
目頭を指で揉みながら疲れたように言う。
「…しかも月ときたものだ。こればかりは我々が深く介入できる場所でもない」
「何とかならないの?」
「今のところは様子見だな。何か問題を起こしたら即座に排除するが」
三人の神は横に並んで本のページを眺める。
そこで。
「「えっ」」
「えっ?どうしたんですか?」
背の高い方の男が食い入るかのように本を見つめる。
彼女の言葉は二人には届いていない。
「月兎の契約、だと…。よりによってムーンアルミラージか…」
「あの戦闘民族ですか。面倒ですね」
「あいつらはみな筋金入りの脳筋だからな」
「幸いにして契約者は箱庭のプレイヤーみたいですね」
「ならそのプレイヤーに監視させるのがちょうどいいか?」
「私が今度試しに彼と会ってみますよ」
「いいのか?ついでに月兎の調査も頼む」
「了解した」
純白の神父はそう答えると虚空に消えた。
残された男は椅子に座って不貞腐れている女に尋ねる。
「システムに何か余計なことをしたのか?」
「…わたしはシステムに何の関与もしてないわ」
「そうか。ならよかった」
そう言うと男は何事もなかったかのように仕事を再開した。
この件は信頼する友が処理してくれる。
ならば私は目の前に山積みされた問題を片付けるだけだ。
仕事をこなさなければならないという義務感。
箱庭世界を最後に支えているのは自分であるという自尊心。
そして、頼れる友が一人存在するという安心感。
男は黙々と仕事をこなし続ける。
さっきまでこの部屋にいた女神が、すでにどこかへ消えてしまったことに気づくのは当分先のことであった。
「そこの貴方」
「はい。なんでしょうか」
その女はとある部屋の前で足を止めて、その場に立つ神兵に話しかけた。
「第3位様にお目通り願えるかしら」
「かしこまりました。
第8位様の名前をもって伝えておきます」
「ええ。よろしく頼むわね」
扉をあけて中に入る2人の神兵。
誰もいない廊下で彼女はくすりと笑う。
「これはせんぱいのためにするんだから」
仕事を増やすことが"せんぱい"のためになるのだろうか。
誰もが考えてもそうは思わないはずだが、この女神は違った。
彼女の目には理性的な光の一切が見えない。
2人の男女の関係は、神であっても長い年月をかけて拗れていくのであった。
「せんぱいがわたしに構ってくれないのが悪いの。だからこれはしょうがないことだわ」
女神の訪れた部屋はとある神の居住。
その部屋の主神は、天界随一の武力を誇る神として誰もが知るところであった。
「さて、第3位様は私にどなたを貸してくれるでしょうか?」
彼女はほくそ笑む。
これもせんぱいのため。
たったひとりのプレイヤーが消えるくらい誰も気にしないわ。
彼女にとって、自分よりも気を引く人間の存在は無性に腹が立つものであった。
勝手な思い込みが彼女の嫉妬を加速させる。
せんぱいは今まで私が問題を起こせば全て後始末をしてくれた。
今回もそうに違いない。
きっと違いないわ。
だってせんぱいは私のことが好きだから。




