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兎は舞い降りた


どれほどの時間が経っただろうか。


意識がようやく戻ってきて、身体の感覚も通常に復してきた。



それと同時に今の自分が草原に寝っ転がっていて、何か柔らかいものを枕に敷いていることに気づいた。



「ん…?」



俺は今どんな状況に置かれているのか。



確かすごいスピードで突っ込んできた相手に遠くまで吹っ飛ばされたんだっけ。



気絶する前までの記憶は確かに脳内に存在する訳だが、それだけでは今の自分が生き長らえた理由が分からない。



そんなことを漠然と考えながら、だからといって身体を動かす気力もなく、ただそのままの体勢で俺はゆっくりしていた。



そこで、俺の頭を優しく撫でている存在に気づいた。



「…目覚めたのか?」



「……ああ」




返事を返す。


首を少し左に反らすと、そこには俺を吹き飛ばした張本人である少女の顔があった。



そこでようやく自分の置かれている状況をはっきりと理解した。



どうやら俺は彼女に膝枕されているようだ。



つまり今後頭部に直に感じている、この張りのある適度な硬さと、布越しに味わう確かな柔らかさを兼ね備えたものは、彼女の太ももであるということだ。


女子の太ももだと意識すると、急にエロく感じる様になる不思議。






「すまなかった」


「…」


目線を上に向けて、彼女の目を見る。



「あの時の私は動揺していた」


「…どうして?」


「月から追放されたのだ」


「…月から?」


「ああ。私は月に住む兎。人間は私たちをムーンアルミラージと呼ぶそうだ」


聞き覚えはないか?と呟く彼女。




「私は禁忌を犯した。それ故に月を追われたのだ」


「…そうなのか」


「満月の日、つまり今日だな。

その夜のちょうど12時に私は裁かれた。

そして、その場で追放が決定された。」



伏し目がちになって俯く彼女。



「出ていった後は何処にでも行けばいい。

お前の顔なんて二度と見たくない。

みんなが、前日までは仲良く遊んでた友達も。

最後には私の父親までもがそう言ったんだ」



彼女の体は細かく震えている。



膝枕の上からでは、彼女の顔は影に遮られて見ることができない。



「父に言われてようやく私も理解した…。

私の味方になってくれる人は、もう…、いないんだって……」



ぽつり。ぽつり。


俺の額に暖かい水玉が垂れてきた。



彼女の目元から涙がはらはらと崩れて、光の糸を曳きながら流れている。



「私は……。私は名前も知りさえしないこの世界で、たったひとり淋しく生き絶えるんだなって。

そう思うと辛くて。

哀しくて仕方がなくて」


「…」



彼女は堪えていた嗚咽が洩れるのも厭わずに、一息吸うと立て続けに言った。


「でもこの世界に来てから空を見上げたら、そこには綺麗な月があって!!


すぐ目の前にあるのに!

私の手に届く距離にあるのに!!

私はそこに居ることを許されない!!


もう私は月の世界とは決別したのに!!

月を憎むべき存在のはずなのに!!


輝く月を見るとこの身はまたいつか戻れるかもしれないなんて叶うはずのない願望を抱いて!!」



そこで彼女は一旦言葉を止めた。


そして顔をあげて。



「……私はありもしない幻想にいつまでも固執するただの兎よ……



ねえあなた。




私を殺してくれる?」




月の光がちょうど雲の切れ間から射し込んだ。




照らされた彼女の顔は絶望的なまでに美しかった。









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