変な恋人たち
寄せられた眉にキスをする。
細められた瞳にキスをする。
引きつった頬にキスをする。
結ばれた唇にキスをする。
ちゅ、ちゅ、と繰り返し控えめなリップ音を響かせれば、それに呼応するような唸り声がどんどん大きくなる。
眉が寄せられ、眉間にシワが出来ており、細められた瞳は俺を睨む。
引きつった頬に合わせて喉が引きつった音を出し、結ばれた唇は絶対に開かないと頑なだった。
「作ちゃん、好き」
「知ってる。でも、ボクはこれ、嫌」
小さく首を振る彼女――作ちゃんは、いつの間にか無表情に戻っており、そのまま倒れ込んでしまう。
ベッドのスプリングが小さく軋み、枕が作ちゃんの後頭部を受け止める。
「俺は作ちゃんにキスするの好き」
「……そう。ボクは糖尿病になりそう」
独特の言い回しで皮肉を吐いた作ちゃんは、べろりと舌を突き出した。
貧血気味なのか、薄い色をしている。
「つれないなぁ」
「釣り上げたいなら、もっと釣りやすい場所に行って釣り上げやすい獲物を見付けなよ」
「俺は作ちゃんがいいの」
年々作ちゃんの皮肉屋が強まっていくのを感じているが、当の本人はなんのこっちゃと言わんばかりに顔を歪める。
俺は釣った魚にもちゃんと餌をやるんだよ、と言ってみたところで、作ちゃんがお気に召すわけもない。
だが、キャッチ・アンド・リリースも出来ずに、作ちゃんに笑いかける。
作ちゃんと出会ったのは高校時代で、その頃から好意を抱いていたが受け入れられることはなく、大学に上がった頃、根負けしたかのように作ちゃんは俺の手を取った。
付き合い出してからは三年が経ち、作ちゃんの幼馴染みで俺にとっては友人の面々には「良く三年も持っているな」と言われたほどだ。
まあ、本来、作ちゃんは水槽で飼えるような魚ではないという認識だろう。
本人に言えばあからさまに嫌そうな顔をして「そもそもが人間だし」と言われること間違いなしだ。
言わなくていいこともある、と俺も口を噤む。
「……崎代くんは、もう少しだけでも目を肥やした方が良いね」
伸びてきた白い腕が俺の首に回り、軽く力を込めて引き寄せられる。
かけっぱなしの眼鏡に、掠めるように作ちゃんの唇が寄せられた。
かちゃり、と控えめな音を立てて位置のズレた眼鏡に瞬けば、作ちゃんは再度後頭部を枕に沈める。
「……作ちゃん」
「何?」
「もう一回お願いします」
手早く眼鏡を外せば、鼻から息を抜くような笑い声を上げる作ちゃん。
駄目、と言い切る言葉には、付け入る余地がない。
「眼鏡外しておけばよかった……」溜息と共に出る言葉に、作ちゃんはまるで今思い付いたように「いっそのこと、もうずっと掛けなければ良いのに」と言う。
ナイトテーブルに置いた眼鏡は、赤い縁で長年愛用している伊達眼鏡だ。
目が悪いわけでもなく、単純に顔をジロジロ見られるのが好きではなくて、一枚壁を挟むイメージで使っているものだった。
それを知っていながらいっそ外せばいいという作ちゃんに、迷い混じりの唸り声を上げる。
今更外しても違和感があるのだ。
そんな俺を前に作ちゃんは「視力下がるよ」と進言する。
もちろん、皮肉混じりなのは理解していた。
馬乗り状態のまま「作ちゃんはさぁ……」寝転がる作ちゃんを見下ろす。
長いまつ毛が何用かと揺れた。
「俺が他の子がいいって言ったら、簡単に手を離しちゃうんだろうね」
疑問を投げかけるのではなく、断定的に。
作ちゃんが動揺することもなく、時間をかけて瞬きを一つすれば、抑揚のない声で「そうだね」と思い描いた肯定が返る。
片思いをしていようが、恋人になろうが、作ちゃんの基本スタンスは変わらない。
来るもの拒まず去るもの追わず、もちろん来るもの拒まずといっても相手にするかは別で、去るもの追わずは縋らないという意味になる。
良くも悪くも身軽なのだ、作ちゃんは。
「まぁ、俺、作ちゃんのそういうところも好き」
「奇特だね」
「うん。ふふっ、でもいつか離れたくないって言ってくれたら嬉しいなぁ」
上げられた眉にキスをする。
丸くなった瞳にキスをする。
緩んだ頬にキスをする。
開いた唇にキスをする。
ちゅ、ちゅ、と繰り返し控えめなリップ音を響かせれば、それに呼応するような溜息が大きくなる。
上げられた眉と丸くなった瞳は、その日初めて大きな表情の変化を生み出す。
緩んだ頬に合わせて唇が開き、油断したと強く噛み締められるのを俺は知っていた。
シーツを掴んだ指を解いて絡め取れば、細く薄い肩が跳ね上がり、予想通り唇を噛み締める。
今日一番の苦々しい顔に、俺は笑みを浮かべて倒れ込む。
俺の体を受け止めきれない作ちゃんは、呻き声を上げて、きっと数秒後には「重い」と文句を言う。
俺は、それを知っている。