表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

2017年/短編まとめ

変な恋人たち

作者: 文崎 美生

寄せられた眉にキスをする。

細められた瞳にキスをする。

引きつった頬にキスをする。

結ばれた唇にキスをする。


ちゅ、ちゅ、と繰り返し控えめなリップ音を響かせれば、それに呼応するような唸り声がどんどん大きくなる。

眉が寄せられ、眉間にシワが出来ており、細められた瞳は俺を睨む。

引きつった頬に合わせて喉が引きつった音を出し、結ばれた唇は絶対に開かないと頑なだった。


(サク)ちゃん、好き」

「知ってる。でも、ボクはこれ、嫌」


小さく首を振る彼女――作ちゃんは、いつの間にか無表情に戻っており、そのまま倒れ込んでしまう。

ベッドのスプリングが小さく軋み、枕が作ちゃんの後頭部を受け止める。


「俺は作ちゃんにキスするの好き」

「……そう。ボクは糖尿病になりそう」


独特の言い回しで皮肉を吐いた作ちゃんは、べろりと舌を突き出した。

貧血気味なのか、薄い色をしている。


「つれないなぁ」

「釣り上げたいなら、もっと釣りやすい場所に行って釣り上げやすい獲物を見付けなよ」

「俺は作ちゃんがいいの」


年々作ちゃんの皮肉屋が強まっていくのを感じているが、当の本人はなんのこっちゃと言わんばかりに顔を歪める。

俺は釣った魚にもちゃんと餌をやるんだよ、と言ってみたところで、作ちゃんがお気に召すわけもない。

だが、キャッチ・アンド・リリースも出来ずに、作ちゃんに笑いかける。


作ちゃんと出会ったのは高校時代で、その頃から好意を抱いていたが受け入れられることはなく、大学に上がった頃、根負けしたかのように作ちゃんは俺の手を取った。

付き合い出してからは三年が経ち、作ちゃんの幼馴染みで俺にとっては友人の面々には「良く三年も持っているな」と言われたほどだ。


まあ、本来、作ちゃんは水槽で飼えるような魚ではないという認識だろう。

本人に言えばあからさまに嫌そうな顔をして「そもそもが人間だし」と言われること間違いなしだ。

言わなくていいこともある、と俺も口を噤む。


「……崎代(サキシロ)くんは、もう少しだけでも目を肥やした方が良いね」


伸びてきた白い腕が俺の首に回り、軽く力を込めて引き寄せられる。

かけっぱなしの眼鏡に、掠めるように作ちゃんの唇が寄せられた。

かちゃり、と控えめな音を立てて位置のズレた眼鏡に瞬けば、作ちゃんは再度後頭部を枕に沈める。


「……作ちゃん」

「何?」

「もう一回お願いします」


手早く眼鏡を外せば、鼻から息を抜くような笑い声を上げる作ちゃん。

駄目、と言い切る言葉には、付け入る余地がない。


「眼鏡外しておけばよかった……」溜息と共に出る言葉に、作ちゃんはまるで今思い付いたように「いっそのこと、もうずっと掛けなければ良いのに」と言う。

ナイトテーブルに置いた眼鏡は、赤い縁で長年愛用している伊達眼鏡だ。

目が悪いわけでもなく、単純に顔をジロジロ見られるのが好きではなくて、一枚壁を挟むイメージで使っているものだった。


それを知っていながらいっそ外せばいいという作ちゃんに、迷い混じりの唸り声を上げる。

今更外しても違和感があるのだ。

そんな俺を前に作ちゃんは「視力下がるよ」と進言する。

もちろん、皮肉混じりなのは理解していた。


馬乗り状態のまま「作ちゃんはさぁ……」寝転がる作ちゃんを見下ろす。

長いまつ毛が何用かと揺れた。


「俺が他の子がいいって言ったら、簡単に手を離しちゃうんだろうね」


疑問を投げかけるのではなく、断定的に。

作ちゃんが動揺することもなく、時間をかけて瞬きを一つすれば、抑揚のない声で「そうだね」と思い描いた肯定が返る。


片思いをしていようが、恋人になろうが、作ちゃんの基本スタンスは変わらない。

来るもの拒まず去るもの追わず、もちろん来るもの拒まずといっても相手にするかは別で、去るもの追わずは縋らないという意味になる。

良くも悪くも身軽なのだ、作ちゃんは。


「まぁ、俺、作ちゃんのそういうところも好き」

「奇特だね」

「うん。ふふっ、でもいつか離れたくないって言ってくれたら嬉しいなぁ」


上げられた眉にキスをする。

丸くなった瞳にキスをする。

緩んだ頬にキスをする。

開いた唇にキスをする。


ちゅ、ちゅ、と繰り返し控えめなリップ音を響かせれば、それに呼応するような溜息が大きくなる。

上げられた眉と丸くなった瞳は、その日初めて大きな表情の変化を生み出す。

緩んだ頬に合わせて唇が開き、油断したと強く噛み締められるのを俺は知っていた。


シーツを掴んだ指を解いて絡め取れば、細く薄い肩が跳ね上がり、予想通り唇を噛み締める。

今日一番の苦々しい顔に、俺は笑みを浮かべて倒れ込む。

俺の体を受け止めきれない作ちゃんは、呻き声を上げて、きっと数秒後には「重い」と文句を言う。

俺は、それを知っている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ