06.救出
森へ入ってしばらくすると、西の方で、木がなぎ倒されて、大きな音が辺りに響いた。
先程、異変のあった池へ向かっていたホルンは、進路を音のした方へと変えて、注意深く進んでいく。
襲った化け物のいるところに、ライオネルもいるはずだ、と思ったからだ。
速度を緩めて、物音を立てないよう、限界まで周囲を警戒して、前に進んだ。
集中力を研ぎ澄ますと、自分の周りにいる生き物の気配を感じ取れた。
それはホルンにも、ライオネルの使っていた探知眼が使えているということだった。
目から緑色の魔力が炎のように溢れ、自分の半径三メートル以内の生き物の姿が見えた。
ホルンにはぼやけて見えており、少しでも集中を切らせば見えなくなってしまう、弱い光だった。
たった三メートルの距離で生き物の気配を感じられても、使い物にはならないが、ないよりはいいと思い、過信せず気配を消して歩いた。
たった一度だけの、倒木の音を頼りに歩いていたホルンの歩みが正しかったことを証明するかのように、辺りに血の臭いが漂い始めた。
無意識に足の運びは早くなり、視界の先に現れた開けた土地では、灰色の巨大な獣と、ライオネルがにらみ合っていた。
獣の背後には、切り立った崖にぽっかりと空いた洞窟があって、そこがこの怪物の住処なのだろう、とホルンは思った。
怪物の前足と顔、胸には矢が突き刺さっており、血がとめどなく流れている。
比べて、ライオネルは無傷だったが、疲労しているようで、ホルンが近くにいることにも気がついていないようだった。
ホルンは、お父さんが勝っている、と一瞬だけ喜んだが、すぐに考えを改めた。
ライオネルの矢筒には、もう一本の矢も入っていなかったからだ。
その手に持った矢が最後の一本で、ライオネルの表情は強張っていた。
割って入ることなんて、できるはずもなかった。
ライオネルは大きく息を吸い、手負いの獣に向かって矢を番えた。
(お父さん、目を狙っているんだ……!)
ホルンは、ふたりの殺気にあてられて苦しくなる胸を、ぎゅっと手で握った。
互いに出方を伺っていた両者のうち、先に動いたのは、獣の方だった。
クワのように分厚く鋭い爪が、ライオネルへ襲い掛かる。
しかし、ライオネルもそれは読んでいたようで、体を少しだけひねって、爪を避けた。
そして、獣が体勢を整えるよりも早く、矢を放った。
悲痛な叫びが辺りにこだまする。
獣の左目を、矢はたしかに貫いていた。
だが、死んでいなかった。
怯んだ獣に追い打ちをかけようとしたのか、周囲を見回したライオネルは、そこでようやくホルンに気がついたようで、目を丸くした。
「ホルン!?」
驚いたあと、すぐに表情を変え、足元に落ちていた、太い木の棒を拾い上げた。
「ホルン! 返事はしなくていいから聞け!」
ゆっくりとホルンと獣の反対側へと回り込む。
「あの洞窟の中に、マリアがいる! 俺がこいつを引きつけているうちに、お前はマリアを連れて逃げろ!」
(そんな、お父さん、囮になるつもりだ……!)
「まだあいつはお前に気がついていない。俺がこの棒を投げつけたら、洞窟に走れ。……母さんを任せたぞ」
ホルンは深呼吸をして、覚悟を決めた。
ここで自分の判断をして、ライオネルの邪魔をすることだけは、絶対にしてはいけない。
獣が残った右目で、ライオネルの姿を睨みつけ、怒りの咆哮を放つ。
それと同時に、ライオネルは棒を投げつけて、森の中へと走り出した。
獣は木々をなぎ倒しながら、ライオネルを追って行く。
作戦は上手くいったようだが、これでは囮になったライオネルも長くはもたないはずだ。
ホルンは素早くマリアを助けて、ライオネルに自分の持っている残りの矢を届けることにした。
充分な矢さえあれば、こんな獣、すぐにやっつけてくれるはずだ。
今渡すことができれば良かったが、それを悔やんでも仕方がない。
薄暗い洞窟は、血と腐敗した肉の臭いが充満していて、鼻が曲がりそうだった。
外の光のおかげでかろうじて見える洞窟の中で、足にまとわりつく泥か肉か分からない、柔らかい感触を無視しながら、マリアを探した。
あまり奥行のない洞窟であったことが幸いして、マリアはすぐに見つかった。
「お母さん! 大丈夫!?」
返事はないが、ちゃんと呼吸はしている。
傷もそれほど深くはない。
これならすぐに手当てをすればなんとかなる。
出血を気にしながら、ホルンはマリアを背負って、家の方へ急いだ。




