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角の少女とふたつの竜  作者: 樹(いつき)
第一章 狩人の森
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05.災厄襲来

季節はめぐり、落葉の季節が訪れた。

山の木々は色づいて、子孫を残すために実を結ぶ。

ホルンたちもまた、生きていくために、その実の恩恵にあずかる。


ホルンは毎年この時期になると山へ入り、果実の収穫を行う。

この山に住む獣と争奪戦になることが多いものの、本日の戦績は程よく快調で、夕方になる前には、背負ったカゴの中身はほとんどいっぱいに溜まっていた。


「一回帰っておろしてこようかな……」


この調子でこの辺りの木の実をとってしまいたい。

しかし、今から帰ると、戻って来るころには夕暮れになっているかもしれない。


日が落ちて暗くなると、森は一気に危険が増す。

生い茂る木々のせいで、月明かり程度では、足元など全く見えない。

歩きなれていても怪我をすることがあるため、夜に森の中へは入らないよう、ライオネルからきつく言われていた。


この先には、たくさんの木の実がなっている場所がある。

そこが獣に食べられているかどうかだけ確認して、カゴに入り切らないようであれば、また明日来ればいいか、とホルンは考えた。


獣道を進むと、小さな池が見えて来た。

動物たちの水飲み場でもあるここの周辺には、果実をつける樹木が群生している。

今日あっても明日もあるとは限らないのが自然の果実だが、それはそれで仕方がない。


「あれ、おかしいな」


いつもなら赤い木の実が鈴なりになっているはずなのだが、今日はその美しい姿が見られない。

場所を間違えたとも考えにくい、と周辺を調べると、植物はちゃんとあるものの、枝葉が根こそぎ食べられていた。


「食べられちゃったのかな?」


ホルンはまだこの周辺の動物を知り尽くしていると言えるほど詳しくない。

だから、木の実を枝ごと食べるような豪快な動物がいても、おかしくはないと思った。

そう、その臭いが鼻をつくまでは。


「何、この臭い……」


鼻の奥をつくような刺激臭。

それは、茂みの奥から漂っていた。

手で草木をかき分け、辿りついた先にあった光景に、ホルンは絶句した。


辺り一面が、赤黒く染まっていた。

あれから、ライオネルと一緒に何度も狩りに出かけたから、それが何であるか、すぐに分かってしまった。


「血だ……」


明らかに、致死量の血液が、その一帯を覆っていた。

血は完全に乾いていて、ハエがたかっていることからも、かなり時間の経っていることが分かる。


引き返そうとしたが、おかしなことに気がついて、周囲をよく見回した。


肉食動物の食事風景を実際に見たことはない。

ライオネルから話を聞いたことがあるくらいだ。

でも、この光景におかしなところがあることは分かる。


それは、何も残っていないこと。

ここにあるのは、血だけだ。

そう、本来なら、肉と臓物を綺麗に食べきったとしても、骨や皮は必ず残る。

それすら残っていないということは、とてつもなく強い顎と食欲を持った、怪物であるに違いない。


ホルンは、無意識に腰につけた弓矢を握っていた。

戦おうと思ったわけではない。

ただ、何かを掴んでいないと、不安で仕方なかった。


血をまき散らしながら全てを腹におさめた怪物の様子を想像するだけで、心臓を鷲掴みにされたように胸が痛み、この場から走って逃げだしたくなった。

ホルンは両手を胸の前でぎゅっと握って、荒くなった呼吸を整えた。


白く飛びそうになった視界をなんとか留める。


「冷静に、冷静に……」


こういう時こそ冷静にならなければ。


まず、ここに来るまでにおかしな臭いや、物音は聞かなかったのだから、家までは安全に帰られるだろう。

早く家に帰って、この恐ろしい現場をライオネルに伝えなければならない。


ホルンはふたりに伝えることを頭の中で考えながら、この周辺に他の民家がなくてよかった、と思っていた。

それは、ホルンが無意識に、ふたりは大丈夫だと思っていたからにほかならない。


「お父さん、お母さん!」


だから、ホルンが呼んでも、何の返事もなかった時、背筋に冷たいものが走った。

しかし、まだ認めたくなくて、家の中を探し回った。

ふたりの姿はどこにもなく、暖炉の火はついたままだ。


辺りを見ると、道具置き場の扉は開け放たれ、中にあったはずの狩りの道具一式がなくなっていることに気がついた。


ライオネルが狩りへ行くのは珍しくない。

しかし、それだと、マリアがいないことの説明がつかない。

いや、辻褄を合わせたくない。


そして、ホルンは微かに異臭を感じた。

それは、干し肉を保管している辺りからだ。


「なんで……」


方々に散らばった干し肉と、地面をえぐる巨大な爪痕。

それに少量の飛び散った鮮血。


ホルンはへたり込みそうになるところを踏ん張って、頭を働かせた。


(誰が襲われたかなんて、そんなこと、決まってる!)


自問自答と同時に、ホルンはライオネルがいない理由を理解した。

マリアが襲われたのだろう。

生きているのか、死んでいるのか、ここの状況だけではわからない。


ホルンはさすがに冷静ではいられず、弓と少しの矢だけを持って、森の中へと飛び込んでいた。

ただひたすらに、ふたりの無事を祈った。


マリアが連れ去られたとしても、どこへ行ったかなどわからない。

血の跡はすぐに途切れて、足跡も残っていなかった。


ホルンは、ただがむしゃらに、森の中へと入って行った。

その動物を見つけてどうするか、など考えていない。

こんなに直情的な行動に出たのは、初めてだった。







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