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角の少女とふたつの竜  作者: 樹(いつき)
第三章 黒竜と白龍
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52.帰還

シロはしばらく休憩したあと、主の居なくなった湖の跡地で血を落とした。

滝から流れる水が行き場を失ってその場に大きな水たまりを作っている。

水源がどこにあるかはわからないが、止まる様子はない。


シロの出血はすぐに止まっていたが、内臓への負担が大きいのか、ふらふらとしている。


『代わりましょうか?』


ホルンは優しく声をかけた。

戦いは終わったのだから、中で休んでもらおうと思ったのだ。



(頼みたいところじゃが、まだやめておいた方がいい。お主が思っている以上にぼろぼろなのじゃ)

『そうなんですか?』

(情けないことに、今すぐにでも倒れそうじゃ)


シロはそう言って、自嘲するように笑った。


戦闘が止んで、静寂が続いたことで、待機していたふたりもやってきた。

奥に転がる黒い竜の残骸を見ると、少し緊張した面持ちになる。


「アレクシア、サイ。お主らの魔法のおかげで勝てた。本当に感謝する」

「いえ、そんな……。そうだ、私の治癒魔法でシロさんの怪我を治しましょう」


アレクシアの提案に、シロは首を振った。


「気持ちは嬉しいが、それはできぬ。すでに治せる部分は自分で治したのでな。これ以上は体に負担がかかりすぎる」

「そうですか……」

「その代わりにじゃが、少しやってみてほしいことがある。黒竜を、治してやれぬか?」

「……どういう意味ですか?」

「異形のことを思い出してな。記憶は表皮にも宿る。黒竜の残った鱗と、まだ空気に還っていない生命力をかき集めて、やつを甦らせてほしいのじゃ」


アレクシアは少し考えて、言った。


「断ったら、どうしますか?」

「嫌か?」

「ええ。この竜は悪逆非道な行いをたくさん重ねてきました。そんな彼を甦らせるなんて……」


アレクシアの信じる正義に反することなのだろう。

シロは悩んだ。

ここで強情に意見を通しては、まるで黒竜の肩を持つようで、それはこれから先、彼らとの間に溝を作りかねない。

しかし、上手く解決する説得方法が思い浮かばなかった。


『代わりますよ』

(すまぬ……)


鱗が反転して、皮膚がホルンのものへと変化する。


「ホルンが相手でも、ダメなものはダメだからね」

「少し聞いてほしいの。私は白龍に作られた。白龍はまだ生きていたから、そういうことができたの。でも、黒竜はここにはいない。彼は誰が作ったのか、知らずに済ませてもいいのかな」

「黒竜が誰かに作られた? だって、彼は黒竜でしょ? 作る側であっても、作られるなんてこと……」


アレクシアがぶつぶつと呟くなか、サイは何かに気がついたように言った。


「そうか、つまり、君が言いたいのは、彼にも記憶がなかったと?」


ホルンは頷く。


「彼は形が違うだけで、私と同じ魔力結晶体なの」

「魔力結晶体……。魔法石と同じだと言うのか? それで、魔法石を必要とする魔法が使えなかったのか。魔法石はふたつ同時には使えない法則が常に働いているとは信じられないが、そうとしか説明がつかない……」


サイの推理はほとんど正解であった。

ホルンもシロも、自分の体では魔法が使えないのではなく、魔法石が使えないことに、気がついていた。


「とにかく、彼から話を聞かないことには、出生がわからない。だから、やってほしいの。おねがい」


アレクシアはまた悩んでいたが、やがて折れた。


「……仕方ないわね。たしかに、話を聞かないままこれで終わりというのも、しっくりこないし。でも、生命を鱗で包むなんてこと、できるの?」

「魔法は発想だって、アレクシアが言ったんじゃない」

「言ったような気はするけど……。あんまり期待しないでね」


アレクシアは黒竜の鱗に手をあて、緑色の指輪を光らせた。

周囲にある鱗がねじ曲がり、どこからか沸き出た光の塊を、丸く何重にも包み込んでいく。


それほど時間がかからず、真っ黒な球体ができあがった。

その中心には小さな金色の目がある。

口や手足は作らず、何もさせないようにしたようだ。


「器用だな。これって人間でもできるのか?」


サイが素朴な疑問を漏らす。


「やるべきじゃないってことしか言えない」


ホルンはそう言いながら、アレクシアの作った黒い球体を手に取った。

意識はちゃんとあるようで、目が動き、ホルンを見る。


「話をしましょう。あなたはなぜ人間を恨んでいるの?」

「……人間は、おれたちから世界を奪ったからだ」


空気を魔力で震わせて、黒竜は言った。


「どこで知ったの?」

「人間が言っていた」

「人間が?」

「竜がどのようにして世界を支配していたか。どのようにして人間と戦い、敗れたか。おれは聞いた。愚かな人間から世界を取り戻さなければならなかった」


「記憶がない状態で、人間から間違った話を吹き込まれたから、竜が自ら人間に世界を譲り渡したことを知らなかったのね」

「人間と戦うために、兵士が必要だった。人間を捕えて実験を繰り返して、異形を作った」


黒竜は異形を作り、彼らが暮らしていく場として腐界を作ったらしい。

そのうちで上手くいったものを人間の中に忍ばせた。


「しかし、あの人型がやられたこともあり、人間の中に紛れ込ませていた異形は引き上げさせた」

「カビーノのことね。でもなぜ引き上げさせたの?」

「人間に計画が露見することを恐れたのだ。一度敗れている相手に、今の段階で知られることは好ましくない。もっと準備が必要だった」


黒竜はそう言って、黙った。

結局は彼の恐れていた通り、人間に負けてしまったのだ。


「事の顛末はだいたいわかったけど、あなたはどこから来たの? どこで生まれたの?」

「おれの一番古い記憶は、巨大なうねりの中をただよっていたところだ。生命の流れが地上に吹き出して、おれはそこで生まれた」

「偶然生まれたってこと?」


アレクシアが驚いて言う。


「ありえるよ。生命力の分解は難しい。塊のまま流れに還ってしまったのなら、記憶は保てなくても、生物としての情報は保存されたまま生まれるかもしれない。それも、普通の生き物じゃなくて、竜だしね」

「でもそれって、こいつを、その、生命の流れってところには還せないってことよね?」

「うん。また生まれられても困るから。だから、こいつは殺せない」


ホルンがはっきりと言うと、アレクシアは複雑な表情を浮かべたが、見なかったふりをした。

このままなら、生命の維持に魔力を回さなくてはならないため、魔法も魔術も使えない。

黒竜は文字通り手も足も出ないのだ。


「こいつのことは、これくらいにしておこう。学校へ帰ればフィリップが不必要なことまで調べてしまうはずだ」


サイがそう言ったため、ホルンたちはそれ以上の追及をやめた。






三人は歩いて砦まで戻り、そこで馬車を呼んでシルトクレーテへ帰った。

竜人たちの中に生き残りがいないか調べたが、全員が砂に変わっており、遺体すらも残っていなかった。

滝から溢れた水で、やがて谷は満たされるだろう。

彼らのことは、永遠に葬り去られるのだ。


学校へ帰ると、黒竜を連れたまま、まっすぐにフィリップの元へ向かった。


「フィリップさん、今戻りました」


ホルンが声をかけると、司書室からフィリップが顔を出した。

昼食をとっていたらしく、口元にパンくずがついている。


「おおお、その様子だと、生きて帰られたみたいだな」

「なんで勝ったとは言わないんですか」

「え? 勝ったのか?」

「……負けると思っていたんですね」

「そりゃあ、相手は竜だ。対して君たちは魔術も使えない。勝てると思う方がおかしいだろう」

「いえ、もういいです」


ホルンは呆れてそう言い、黒竜だった黒い球を彼に渡す。


「おや、可愛らしい姿になってしまって」


フィリップは彼を手に取って眺めた。

感心したように、くるくると回しながら見つめている。


「よくできている。継ぎ目もない。これなら半永久的に生きていられるだろう。誰がこれを?」

「あ、はい、私です」

「君か、アレクシア・ハブリカ。なかなかうまいぞ。才能がある」

「ありがとうございます。あの、彼をどうするんですか?」

「おれが大切に保管しておくよ。それじゃ不満か?」

「いえ、聞きたかっただけなので」


渡すとも言っていないのだが、彼は譲り受ける気であった。


『ホルン、妾もやつに話がある』

(話? いいよ)


ホルンは代わりたがっているシロに体を渡した。


「そういうふうに出てくるのか!」


ホルンからシロへ代わる様子を見て、フィリップは興奮気味に言う。


「うるさいぞ。お主に言っておきたいことが山ほどあるのじゃが、それをすべて言っては、時が何百年あっても足りぬ。だから、とりあえずはこれで済ませてやる」


シロは右手の中指を曲げ、親指でおさえる。

そして、その手をフィリップの額へ持っていく。


『ちょ、ちょっとシロさん!?』

「妾が怒っているということを思い知れ」


シロはそう言って、フィリップを弾いた。

まるで金槌で岩を叩いたような、鈍い音が響く。

誰もが、フィリップの頭部が吹き飛んだと思っただろう。

人間が相手であれば、頭蓋骨が陥没するよりも早く、脊髄ごと引っこ抜けて壁にぶつかり、脳漿を弾けさせていたであろう威力である。


しかしフィリップはよろよろと三歩後ずさったものの、額を手でおさえる程度で済んでいた。


「え? あれって……」


アレクシアが言うのと同時に、サイも小さく目を見開く。

シロの打ったところに、黒い鱗が浮かんでいる。


「ふん、やはりな」

「お前、少し加減して……」


フィリップは驚いた顔をするアレクシアたちに気がついたのか、急に悟った顔をする。


「あーっと、違う、違う。そうだな、いらん邪推をされる前に、自分で話すから。すまないが、戸締りを確認してくれ。これを見られると怒られてしまう」


司書室の出入口を閉めると、フィリップは落ち着いた顔で言う。


「誰にも言うなよ?」


みるみるうちに、フィリップは若返っていく。

歳は二十代後半といったところだろう。

幼さすら残るその顔には、金色の瞳が輝いていた。


「おれは、おれの正体は、黒竜の魔力結晶体だ」

「え? じゃあ、こっちは?」


アレクシアが黒い球を指さす。


「それを説明するには、何があったのかから話さないといけない。白龍と黒竜が世界を譲り渡した、そのあとからな」


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