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角の少女とふたつの竜  作者: 樹(いつき)
第三章 黒竜と白龍
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51.竜殺し

シロは、魔力と闘争心が体に満ち溢れるのを感じていた。

戦う理由は充分で、それができるだけの力もある。

それに、生まれて初めて全力を出すのだ。

昂りを感じずにはいられなかった。


「さて、躾の時間じゃ。黒いの、覚悟するが良いぞ」


赤い瞳がらんらんと輝く。

シロは深く体を沈めた。

次の瞬間、その姿が消えた。


後方で魔法の準備をしているふたりへ衝撃波が伝わるよりも早く、シロは黒竜の頭部へと到達していた。

まずは小手調べと言わんばかりに、直線的に大きく振りかぶって、殴りつける。

しかし、その拳は見えない壁に阻まれた。

黒竜は視線を動かすだけで、何もしていないように見えた。


反動で宙を舞いながら、シロは歯噛みした。


(魔法か魔術か、さっぱりわからぬが、厄介な盾じゃのう)


思案しながら空中で体勢を立て直し、崖の壁面へと足をつける。

すると、それを追いかけるようにして、黒竜の吐いた零度の息吹が迫っていた。


シロは舌打ちをして、壁面を思い切り蹴る。

目隠しと盾を兼ねた岩雪崩を起こしたのだが、同時にシロの時間が、通常の時間の流れから外され、ゆっくりと流れる。


黒竜が時間の流れを変える魔術を使ったのだ、と理解したものの、体が動かない。

意識だけが時間の流れに逆らって、岩を纏いながら近づく突風を見つめている。


直後、まるで濁流のように、氷の息吹はシロのいた場所を吹き流した。

岩が壁面へ突き刺さり、その上を息吹が凍らせて白いもやを生む。


「わ、私、何を見ているのかしら……」

「気をしっかりもて。僕らが相手にしているのはそういう連中だ」


サイが風でもやを払った。

岩の中にシロの姿はない。


シロは黒竜の脇に立って、拳を振りかぶっていた。

自身の時間を早める魔術を使ったのだ。

黒竜の死角へ回り込み、横っ腹を殴りつける。


黒竜は衝撃でうめきながら揺らいだ。

拳で鱗が割れ、その中に手を突っ込んだまま、シロは魔力を流し込んだ。


黒竜の悲痛な叫びが谷に響く。


「魔術や魔法ではないが、妾の得意技じゃ」


普通の生物であれば一撃で消滅するほどの魔力であったが、さすがにそれくらいでは死には至らない。

黒竜がのたうち回っているうちに、サイが風の魔法を使う。


「これもくらってみろ!」


凍てつく息吹によって凍った湖を巻き上げる、凄まじい風の渦が黒竜を包む。


「この程度でおれを倒せるか!」


黒竜は怒りながら、風の渦を遮るように体を動かした。

体に氷塊が当たるくらいでは、まったく平気なのだろう。

いかに無意味な攻撃であるか教えるための行動であったのかもしれないが、渦を断ち切った黒竜の眼前には小さな火球が浮かんでいた。


「何だこれは……」


黒竜は呆気にとられたように、動きを一瞬止めた。

その小さな火球が膨張するとは思わなかったのだろう。

超高熱の火球は黒竜のいた湖ごと包み込み、氷も岩も、一瞬で飲み込んだ。


「はあ、はあ、全力の一撃よ」


アレクシアは息を切らせながら手を降ろした。

丸く溶かされた地面の中心で、黒竜は丸まって耐えていた。

その鱗は焦げついているように見えたが、ゆっくりと上げた顔には、たしかに殺意が浮かんでいた。


「許さぬ、許さぬぞ人間ども! この場で全員殺してやる!」

「まずい!」


シロはまた時間を早め、サイとアレクシアを抱えて谷を全速力で駆けた。

道に立っている竜人たちが、シロの後方で黒竜の咆哮にさらされ、砂に変わる。


谷底を走り抜け、音が届く範囲から出たシロは、汗だくになりながらふたりを降ろした。


「な、何だったの、あれ」

「黒竜の死の咆哮じゃ。聞いたものは死ぬ」


端的な説明をしながら、シロは体力の回復をするために座った。


「……竜人たちは?」


サイが聞く。

シロは何も答えなかった。

咆哮から逃げる手段のない竜人たちがどうなったか、想像に難くない。


「やつは追って来ないの?」

「妾が戻って来ることをわかっておる。追ってはこまいよ。しかし、妾も逃げるわけにはいかぬ。ふたりはここで待っておれ。妾だけで行く」


立ち上がって谷へ向かおうとするシロを、サイが止める。


「待て。やつの声は防げるかもしれない」

「なに?」

「風の魔法で音を完全に遮断する。どれだけ耐えられるかわからないけど、実験では爆発物くらいなら無音にできる」

「うむ、助かる。妾も先程の一戦で半分以上の魔力を消費してしまった。これではもうやつの声を防ぐ方に魔力を使えぬ。アレクシア、何か火で武器を作ってはくれぬか?」

「え? 私にできるものなんて、サイほど立派なものではありませんが……」

「あれほどの魔法を使っておいて立派でないなどと言うものではない」


シロの言葉にアレクシアは恥ずかしそうにしながらも、細長い火の矢を作り出した。

矢として使うには長すぎる、ほとんど槍のようなものだ。


「うむ、良い槍じゃ」

「あの、大丈夫ですか? 私の手を離れると熱の調整が……」

「この手は魔法の熱では焼けぬ」


火の槍をシロはぶんぶんと振り回した。

実体のない火の槍でありながら、どれだけ振っても形が崩れることがない。


「よく鍛錬したな。ここまで作りこめれば、一人前じゃろう」


サイに防音の魔法をかけてもらうと、すべてが静寂に包まれた。

シロはふたりに頷いて別れを告げる。


遮るもののない谷底へ足を踏み入れると、すぐに氷の息吹が正面から吹きつける。

先程よりも威力の落ちているようで、シロは意に介さず歩を進めた。


(やつも限界が近いか)


消耗したのが自分だけではないと思うと、勝算が見えてきた。

あの咆哮も多大な魔力を消費するに違いなく、使えてあと一度だろう。


シロは駆け出した。

正面にて黒竜がこちらを見据え、金色の瞳に怒りの色を浮かばせている。


「威力が落ちておるのう。もはや氷の息では妾を止められぬぞ」

「やかましい!」


黒竜は丸太のような尻尾を振り回し、シロを狙った。

シロは充分避けられるだけの余裕があったにも関わらず、片腕を曲げて受け止める。

凄まじい衝撃が体を突き抜けるが、吹き飛ばされることなく、シロは踏ん張っていた。


「殴り合いなら、妾の分野じゃ!」


掴んだ尻尾を叩きつけ、間合いを詰めようとしたところで、また時間の流れが遅くなる。

顔を上げると、黒竜が氷の息吹を放った。


「無意味なことを!」



効果の薄い攻撃を気に留めず身に受ける。

氷はたいしたことがないのだが、周囲がもやに包まれてしまった。


そして次の瞬間、死角から勢いよく迫った尻尾に吹き飛ばされ、壁面に叩きつけられた。


防御の姿勢が間に合わなかったため、もろに受けた衝撃が、内臓を潰し、シロの口の中に血の味が広がる。

満足に立ち上がれないシロに向かって、黒竜は全身の鱗を逆立てた。






「借りを返すぞ!」


鱗のトゲを、シロに向けて放った。

動かなくさせれば、こっちのものである。

ここで倒しきれなくては、またあの魔力による耐え難い痛みが襲うだろう。


黒竜は、満身創痍であった。

この好機を逃すわけにはいかない。


鱗を撃ち尽くし、土煙が晴れると、ぐったりとした白龍が地面に倒れていた。

その体には何か所か鱗が刺さっており、おびただしい量の出血もしている。


「勝った……! おれの勝ちだ! くくく、お前の四肢を裂いて、新しい眷属を作ってやる! 黒竜と白龍の混血であれば、今までになく強力な兵士ができるはずだ」


黒竜は無警戒に倒れた白龍へ近づいた。

すると、不意に跳ね起きて、手にした火の槍で黒竜を切りつけた。


「まだ動けたか!」


しかし、頭部からの出血で目は塞がれている。

この程度の攻撃しかできないのならば、警戒するまでもない。


「とどめを刺してやろう」


黒竜が魔力を高めていると、彼女は叫んだ。


「ホルン!!」


白龍の鱗が消え、人間の姿に戻る。

その瞬間、緑色の魔力が溢れ、彼女は空中へ飛んだ。


黒竜は高めた魔力を咆哮へ当てた。

空中で身動きの出来ない彼女に向けて、命を奪う死の咆哮を放つ。


大音量の叫び声は、たしかに彼女を通過した。

しかし、彼女は死ななかった。


「なんだと!?」


なぜ死なない、何をするつもりだ、と多数の質問が同時に黒竜の頭を支配する。

その一瞬だけ、黒竜の動きが完全に止まった。






ホルンは手にした火の槍を構え、目を閉じたまま、正確に黒竜の位置へ迫った。

咆哮の直後なら、いかなる魔術を用いるにも、魔力を高める時間が足りない。


(どんなに強固な身体を持つものでも、共通する弱点……!)


昔、ライオネルに習った言葉を頭の中で反復させる。


「うわあああああああ!!」


ホルンは雄叫びをあげ、力いっぱい、火の槍を黒竜の右目に突き刺した。

そして間髪いれず、槍を握ったままシロへ代わる。

シロは黒竜の時間を遅くし、槍を抜く時間を与えない。


シロの手から槍へと、そして黒竜の内部へ、膨大な量の魔力とそれに伴って増加した火炎が流れ込む。

体のうちから焼かれた黒竜は、苦しみのあまり、暴れ回った。


シロは残った力を振り絞って黒竜の巻き添えにならないように、遠くへ離れた。

時の流れを遅くする魔術が切れ、黒竜の時間が元へ戻る。

やがて、ホルンたちの見ている前で、黒竜は甲殻だけを残し、完全に蒸発した。



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