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角の少女とふたつの竜  作者: 樹(いつき)
第三章 黒竜と白龍
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48.前夜

空をすっかり星が覆ってしまうほどに夜も更け、騒ぎ疲れてしまって落ち着いたみんなの前で、意を決したホルンが注目を集めた。


「今日はみんなに話しておくことがあります」


そう言って、ホルンは結っていた白い髪を解いた。

絹のように美しい髪が揺れ、その下から小さな純白の角が姿を現した。


「私の隠しごとを、教えようと思います。言葉で話す前に、見せた方が早いので、少し待ってくださいね」


ホルンの体が白く波打ち、皮膚が白く細かい鱗へと変わっていく。

胸の中心から、手足の先、そして、顔へと伝わっていく。


変化が終わると同時に、瞳は深い青から宝石のような赤へと色を変えた。


「ライオネルとマリアは会ったことがあるが、妾がこうして人前に出るのは初めてじゃな。妾はシロ。白龍によって作られたこの体を、ホルンと共に使っておる」


端的に、シロはそう説明した。

ホルンは心の中から見ていたが、目を背けたかった。


隠していたことを話そうと決意できたのは、アレクシアのおかげだ。

しかし、話したことでどう思われるか想像するのは難しくない。


騙していたことと、その内容は、とても簡単に受け入れてもらえるものではないはずだ。

たとえ否定されても、話しておかなければならないと思った。


動悸が激しくなる中、ホルンはじっとみんなの反応を伺った。

アレクシアは眉間にしわを寄せて、考え込んでいる。

サイも少し驚いた顔をしていたが、すぐにいつもの仏頂面に戻った。


「……あの、それって、どういうこと? 二重人格ってやつ?」


アレクシアがおずおずと聞く。


「少し違うが、外から見ればそうとれるじゃろうな。妾たちはひとつの器にふたつの魂が入っておる。完全な別人だと言った方が正確じゃ」

「シロさんは、黒竜と私たち、どっちの味方なの?」


単刀直入な質問に、シロはたじろいだ。


アレクシアはシロのことをほとんどまったく疑っていないようであった。


「……羨ましいのう」


シロは目を細めて言う。


「何の話?」

「いや、すまぬ。妾がどちら側であるかという話であったな。妾は間違いなくお主らの味方じゃ」

「それはなんで? 昔は黒竜と白龍が一緒に組んで人間と戦ったって、学校で習ったけど」


「そうじゃのう……。まず第一に妾には白龍の記憶が一切ない。第二に、黒竜のやり方が気に食わぬ。大きく述べるなら、そのふたつかのう。やつに味方する理由がないのじゃ」


アレクシアはその説明で納得したような反応をしたが、入れ替わるようにしてサイが質問をした。


「記憶がない? だったらなぜ自分が白龍によって作られたものだとわかるんだ?」

「それは、白龍から直接聞いたからじゃな。妾たちは白龍に会い、自分たちのことを知ったのじゃ」

「直接? 太古の龍に会ったっていうのか? 馬鹿げてるな。それに、本当に君が白龍の関係者であるなら、その手下である可能性だってある」

「主の言うことは理解できるが、妾が敵であったなら、お主らはあの時死んでおる」


そう言うと、サイは黙った。


「さて、そちらの三人から何か質問はあるかのう?」


マリアとライオネルは首を振った。

彼らとはすでに知り合いだからだろう。

マルセラも、アレクシアの判断に従う、の一点張りで、何も質問はしてこなかった。


シロは肩をすくめると、体をホルンに返した。

鱗が消え、元の透き通るような肌の色に戻る。


「それ、さっきもやってたけど、体は大丈夫なの?」


興味津々のアレクシアがホルンの腕を触るも、先程まで鱗があったことが嘘のように、柔らかくはずんだ。


「……ふたりとも、私のことが嫌いになった?」


ホルンがおずおずと聞く。

しっかり、言葉で聞きたかった。


「そんなこと、あるわけない。ホルンが隠し事をしていたのは知っていたし、それがこんなことだとは、思っていなかったけど……。むしろ、羨ましいくらいだわ。ずっとふたりでいられたら、寂しくないものね」


アレクシアはいつもと変わらない笑顔でそう言った。


「彼女はそう言っているが、僕はまだ君の中のもうひとりの存在を信じてはいない。だが、君が信用しているのなら、僕はそれを否定するつもりはない。僕が敬意を表しているのは、君だからね」

「こんな時でもひねくれたこと言うのね」

「うるさいぞ」


ふたりの言葉に、ホルンはあふれ出そうになる涙をこらえた。


(本当に、いい友人に出会えた……)


ホルンはふたりに深々と頭を下げる。


「……ありがとう」


そして、顔をあげると、今度は両親へ向き直った。


「もう少しだけ、我儘を許してください」


ホルンは、黒竜と戦うことを両親へ告げた。

狩りとは違い、死闘になるであろうことが予測されている。

生きて帰って来られる保証が、まったくないのだ。


ホルンは強い使命感のようなものを持っていた。

自分は、このために生まれてきたのかもしれない。

黒竜と同じ時代に出てきたことが、偶然だとは思えなかった。


両親はホルンの話を遮ることなく聞き、やがて優しい口調で言った。


「ホルン、あなたも頑固だから、一度やると決めたら絶対に曲げないでしょう。私たちだって、本当はあなたに行ってほしくない。でもね、賢いあなたがそんな私たちの気持ちを考えていないわけがない。きっと、苦しい選択だったでしょう」


マリアは涙を流していた。


「ひとつだけ約束して。必ず帰ってきて。お願い」

「うん、約束する。私だって死にに行くつもりは毛頭ない。ダメだったら、すぐ帰って来るくらいのことは考えてる」


ホルンは微かに震えるマリアと抱擁する。

ライオネルも険しい顔をしていたが、口調は穏やかであった。


「ホルン、おれもマリアと同じ意見だ。ただやるからには最後まできっちりとやってこい」

「うん、ありがとう」

「本当なら、ついていきたいところだが、おれももう年だからな。足手まといにしかなれなさそうだ」


悲しそうにうつむくライオネルを見て、マリアが笑った。


「お父さんね、あの猛獣に襲われてから、ずっと体鍛えてるのよ。次は勝てるようにって」

「呆れた。ほどほどにしときなよ」


ホルンはふたりの調子に安心してふっと微笑んだ。






「マルセラ。そういうわけで、私ももう少し無茶するわね」


アレクシアはホルンについていくことに決めている。

例え邪魔にしかならなくても、友達をひとりで向かわせることなどできない。

それはずっと決めていたことだ。


マルセラはアレクシアの頭を撫でた。


「ええ、私にはお嬢さまを止める権利はありません。しかし、それだけのことを成せば、きっとお父上にも――――」


言いかけた言葉を、アレクシアが指で遮る。


「それとこれとは関係ないわ。私がやりたいからやるのよ」

「……失礼しました。私が思うよりもずっと立派になっていらしたのですね」

「当たり前じゃない。もう二十歳なのよ?」

「そうでした、そうでした」


アレクシアは胸を張って、みんなに宣言した。


「私に任せなさい! ホルンも、シロさんも、サイも、四人で怪我ひとつなく帰って来るんだからね!」


根拠のない自信だが今はこんなものでも元気づけられる。

ホルンはクスクスと笑っている。

サイがため息をついて言った。


「君は……。いや、いい。それよりも、出発はいつにするんだ? 僕の準備は特にないが、君たちは必要だろう」

「そうね、明日まるまる準備時間にしましょう。そして、明後日、馬車を借りて、腐界へ向けて出発よ」


ちゃんとして計画を立てて、その日はおひらきとなった。

宿のないホルンとその両親には客室を使ってもらうように貸した。

サイはどこか行くところがあるようで、ふらっと屋敷から出て行った。


暖炉の前には、アレクシアとマルセラだけが残っていた。

すっかり静かになった部屋の中に、ぱちぱちと薪の燃える音だけが響く。


「……お嬢さま。このことはお父上には?」

「言わないわ。言えるわけないじゃない。あの人は、私に興味がないんだから」

「ですが、私は心配です」

「ありがとう、マルセラ。そう言ってもらえるだけで、嬉しいわ」

「実は今日、これをお渡しするために伺ったのです」


マルセラは懐から指輪をふたつ取り出した。


ひとつは今アレクシアが持っている指輪に似た、赤い魔法石のついた指輪。

もうひとつは、緑色の魔法石がつけられていた。


「緑は治癒魔法だっけ? あんまり得意じゃないけど、無いよりはいいわね。こっちの赤いのはもう持ってるわよ?」

「ええ、アレクシアお嬢さまは魔法を加減することが苦手だったので、今お使いになられている方は意図的に魔法が使いにくくしてあるのです。こちらに変えれば、魔法の規模は格段に上がるはずです」


比べてみると分かったが、魔法石の色がまるで鮮血のような深紅になっており、元の指輪がまるでくすんでみるほど美しい。


「きっと、必要になるでしょうから。これは私からの卒業祝いです」

「ありがとう。大事にするわ」


古い指輪を外し、新しいものへと付け替える。

たったそれだけのことで、アレクシアは何にも負けない力強さを感じた。






屋敷の客室で、ホルンと両親は向かい合って座っていた。

さっきはああ言ったが、すぐに納得できるものではないことを、ホルンもわかっている。


「どうしても行くのか?」


ライオネルが聞く。


「……うん」

「首長や他の人間に任せちゃダメなのか」

「……うん。これは私が、私たちがやらなきゃいけないことだから。それに今戦争になれば、たくさんの人が死ぬ。昔と違って魔術を使える人もいない。負けた先に待つのは支配……ううん、管理かな。優秀な人間をさらって材料にするようなやつに、そんなことさせちゃいけない」


ホルンはふたりを見据えて言った。


「本当のことを教えて。勝算はあるの?」


マリアが現実的なことを聞く。


「……ないわけじゃないって感じかな」


敵の戦力はフィリップがカビーノから得た情報でおおまかにわかっている。

異形の生まれる速度は遅く、その中でもとびきり優秀だったのが、カビーノだ。

しかしその優秀なカビーノでも、シロと比べれば赤子同然の戦力しか持っていない。

砦での異形と戦ったことも加味したうえで、カビーノ以下ならば、人間の手でも充分に戦えるはずであると考えたのだ。


ホルンはいつだって、しっかりと下調べをしたうえでものを言う。

マリアもそれを久しぶりに実感したようで、納得したような表情を浮かべていた。


ふたりはもうそれ以上言及はしてこなかった。

ホルンは絶対に無事に帰って来ることを誓って、ふたりと共に、眠りについた。



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