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角の少女とふたつの竜  作者: 樹(いつき)
第二章 シルトクレーテ
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46.ともしび

学校へ帰ったホルンは、これまで通りの生活を続けた。

自分の出生や体質、いくつもの疑問が解決したものの、それは知識を得ただけにすぎず、実感としては何も変わらなかった。


自分が人間ではないと分かったことに対しても、ローリィとの一件以来、肉体的な正体が何であるか、ホルンにとってさほど大きな意味をもたなかった。

感覚が麻痺しているのだろう。


無理矢理おしつけられた魔術に関しては、特別触れることもしなかった。

白龍は黒竜に対抗するための手段として渡してきたのだが、そうなると、黒竜とは自分が戦わなくてはならない。


しかし、あの大昔の大戦を見たあとで、少しでも敵うと思っているのなら、それは自惚れが過ぎるというものだ。

人間の寿命すべてを訓練に捧げても、一矢報いることすらできないだろう。


だから何もしないのか。

ホルンが一番悩んでいるところはそこであった。

勝てないから、敵わないから何もしなくてもいいのか。


そう考えると、ホルンは本当に自分が人間ではなくなってしまうような気がした。

体は人間ではなくても、心は人間でありたい。


(人間なら、どうするんだろう)


ホルンはいつしかそう考えるようになっていた。

答えなど見つかるはずもなく、思い悩み続けて数日が過ぎた。


アレクシアたちと一緒にいてもどこか上の空で、勉強にも身が入らない。

そうやって、時間だけが過ぎていく。


流石に見かねたのか、ある日、アレクシアが声をかけた。


「どうしたの?」

「……え?」


ホルンは話しかけられたことにすら、すぐには気がつかなかった。

廊下のベンチに座ってすでに半日ほど経過していたのだが、それに気がつけないほど、意識は遠くへと行ってしまっていた。


「また様子がおかしくなってるわよ。何かあったの?」


また、とホルンは小さく呟いた。

言われるまで何の自覚もなかった。


「悩みがあるなら何でも話して、なんて言わないけど、やっぱり心配だからね」


聞かれたところで話さないということをよく知っているアレクシアは、困った顔でそう言った。

ホルンは少し思案して、言葉を口に出す。


「人間らしさって何だろう、と思って」

「哲学?」

「うん」


アレクシアは眉間にしわを寄せて考え始めた。


「……私はね、人間らしさって、そんなもの無いんじゃないかなって思う」

「無い?」

「だって、考え方や振る舞い方って、人それぞれじゃない。均一化された基準や定義があるなら別だけど、そんなものに従って生きるのって、人間らしいのかしら? 私は『人間らしさ』よりも『自分らしさ』の方が信じられるわ。だって、それは他の人と比べる必要のないもので、人間だけが持っているものでしょう?」


アレクシアにはアレクシアらしさがあり、ホルンにはホルンらしさがある。

それが大事なのだ、と彼女は言った。


ホルンの考えていた『人間だったら』とは、言い換えれば『自分だったら』に繋がる。

自分だったらどうするか。

そんなことは考えるまでもないことだった。


「……なんだか、いつもアレクシアは私が悩んでいることをすぐに解決してくれるね」

「役に立てているなら嬉しいわ」


アレクシアは満足気に言った。


ホルンはそれから、心機一転し、生活態度を改めた。

ホルンはホルンとして、黒竜と戦うために鍛錬を積むことにしたのだ。

動機も簡単で、あのような事件を起こす輩を放っておけないからだ。


魔法の練習に打ち込むアレクシアやサイとは違い、ホルンには魔法が使えない。

だから、体内の魔力をうまく循環させて身体能力を上げる、超人力魔法の基礎を、担当教員のピオ=オルティスから学んだ。


初めは全く加減がきかず、自分の魔力で筋肉や骨を痛めたりしていたが、一か月もするとなんとか形にはなっていた。


戦いが始まればシロに代わることも多いだろうが、今までの感覚から、彼女に代わっていられる時間はあまり長くないことを知っていた。

魔法や魔力に触れてわかったことだが、シロに代わっている間、体の中の魔力が大気へ漏れ出ているのだ。

立っているだけで疲弊し、やがて動けなくなってしまうだろう。


本当に必要な場面以外で頻繁に代わらなくてもいいように、ホルンでもある程度戦えなくてはならない。

だからホルンは、自分にできることはすべて、付け焼刃であったとしても、習得しておこうと様々な文献を調べた。


まず必要なものは近接武器だ。

魔法を使うふたりに対して、前衛となって敵へ切り込む役にならなくてはならない。

しかしこの学校は魔法学校であり、剣技を教えられる騎士などいない。

手引書とにらめっこして、独学で勉強するしかなかった。


それこそ、短期間で様々な武器を試した。

剣から始まり、槍、斧、メイス、フレイルとさわれるものはすべてさわった。

しかし、どれもしっくりこない。

ひとりで素振りをしているだけでは間合いを測ることに慣れないこともあるが、必ず起こるであろう多数の敵に囲まれた時の対処がてんでわからない。

長柄の武器であれば振り回せるだろうが、それだと近くに寄られた時にうまく対応できるだろうか。


ホルンは、その武器たちを入試の時にも貯蔵を管理していたヴェロニカ女史に借りた。

ホルンが武器を借りたいと言うと、大喜びで持っていたものをすべて貸してくれた。


彼女は収集家であったが、使い方はあまり詳しくないようであった。

ホルンが本を頼りに武器を振り回すさまを、感心して見ていた。


身体能力を強化すれば、力に任せて速さを出すことはできる。

しかし、技術面のことはどうしようもない。

そう考えて、ホルンは剣や槍を諦めて、ヴェロニカの持っていたなかで一番とり回しの利きそうな、鋼鉄の爪がついた籠手を選んだ。


トラの爪と呼ばれているらしいその武器は、肘から先をすべてすっぽりと覆い、先端には大きな爪が三本ついている。

本来はここに毒を塗って、暗殺に用いるようだ。


爪は手の甲についているため、これをつけたままでも弓が引ける。

しかし、今までの感覚ではまっすぐ飛ばない。

練習が必要だった。


卒業まであと三年。

ホルンは自分のやるべきことを見つけ出し、そしてただひたすらに己を磨く時間が始まった。


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