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角の少女とふたつの竜  作者: 上辻樹
第二章 シルトクレーテ
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45.白龍

見渡す限りすべてが白い世界で、ホルンとシロは立っていた。


「ホルン!」

「ええ、ここは精神の世界ですね……」


シロの姿が見えるということは、そういうことだ。


「やつの姿がない……」


ホルンは探知眼を使うも、この世界すべてに生命の反応があり、何もわからない。

ふたりは何が飛んできてもいいように、体勢を低くして身構えていた。


やがて、白い光が薄れていく。

その霧の幕の向こうに、鎌首を持ち上げた巨大な生き物がいた。


体は白い鱗に覆われ、赤い瞳をしており、頭部には小さな角が生えている。

湖の底に眠っていた大きなヘビがそこにいて、こちらを見下ろしていた。


「あなたは、誰なんですか?」

「妾が誰か、知らぬわけはあるまい」


聞いたことのある声と喋り方で、彼女は言った。


「白龍……?」

「左様。妾が白き龍よ」


白龍は赤い目を細めた。

明らかにシロを一瞥し、鼻を鳴らす。


「なるほど。失敗したようじゃのう」

「失敗?」

「うむ。人間になるための方法だったはずじゃが、うまくいかなかったようじゃ。そっちの妾を見ればわかる。と言うより、そちらもわかっておるのじゃろう? 自分が白龍であるという自覚のないところが、まさに失敗であることの表れ」


シロは黙って眉をぴくりと動かし、尻尾で地面を打ちつける。

失敗と言われて、内心穏やかではないのだろう。

しかし、ここは耐えてもらわなければならない。

シロの代わりに、ホルンが口を開く。


「あの、失敗って何ですか? あなたは一体、何をしようとしているんですか?」

「妾は人間になるために、その器を作ったのじゃ。しかし、生命力の量に手違いがあったようでのう。そのせいで、人格がふたつに別れてしまった。それが主らふたりというわけじゃ」

「なぜ、人間になろうとしたんですか?」


それを聞くと、白龍は意外そうな顔をした。


「ふむ。妾たちの話は、人間の世界には伝わっておらぬのか。まあ、良い。少し昔の話を見せよう。そっちの妾も興味があるじゃろう」


霧が濃くなり、地平線まで続く荒野が、浮かび上がるようにして現れた。

空は暗雲が立ち込め、稲妻が鳴り始めている。


地の果てに、蜃気楼のようにゆらめく大軍が姿を現した。

様々な鎧や武器を持った兵士たちだ。

その中には、ホルンも文献でしか見たことのない、エルフやドワーフもいる。


「これは最終決戦、人類の存亡をかけた終末の風景じゃ」


白龍がそう言うと、人間たちと向かい合うようにして、分厚い雲の中から、黒く雄々しい姿をした竜と、白く流麗な姿をした龍が舞い降りた。


「あれが、白龍と黒竜……」

「多少は知っておるようじゃな。あれが、妾と黒き竜の姿じゃ」


突如、黒竜が大きな翼を広げ、息吹を放った。

大地をえぐり、凍らせ、風圧で何もかもを吹き飛ばす氷の息吹はまっすぐに人間たちへと向かう。


しかし彼らの前で、その息吹は固まって停止した。


「何が起こっているんですか?」

「時間を止める魔術で黒き竜の魔術を止めたのじゃ」


時間を止める魔術、と白龍は簡単に言ったが、ホルンにはうまく理解ができない。

人間と竜たちとの戦いは凄まじいものであった。

大規模な魔術と魔術がぶつかり合い、時間の流れが乱れ、景色の色は変わり、荒野が突然大海に変わったかと思えば、草原へと姿を変える。

黒竜が攻撃をやめ、ふっと笑った。


「ここまで使いこなすようなっていたか、人間!」


そのとなりで、過去の白龍も笑う。


「妾たちの子にしては、よく成長したものじゃ」

「そいつらがこうして命を投げ出す覚悟までして反抗してくれているんだ。応えてやらねばな」


次の瞬間、黒竜が吠えた。

ただの幻覚であるにも関わらず、ホルンは命をわしづかみにされたように感じ、たまらず耳を塞いだ。


「聞いた者の命を奪う死の咆哮、幻覚であっても本能が拒否を示すか」


白龍は楽しそうに言った。

聞いただけで死ぬ咆哮であることを疑う余地もなく、ホルンは耳を塞いだまま、人間たちの方を見た。


彼らは魔術の防壁を張り、声を防いでいるようであった。

死の咆哮がやむと、人間たちの魔術により、魔力で構成された巨大な獣が四つ現れた。

象、熊、獅子、亀の魔獣は、体格ではそれぞれが竜と同じほどにある。


「見るがいい。あれは人間たちが妾たちに対抗して独自に編み出した魔術じゃ。妾たちのものであった魔術を研究し、改良して持ってきたことは、褒めるべきところじゃのう」


白龍の解説とは裏腹に、過去の竜たちの反応は無慈悲なものであった。


白龍はその美しい姿を見せつけるように舞った。

暗雲の中で星のような光がきらめく。


「雷ではないぞ。命の光じゃ」


人間すべてに届くほど広い範囲に、白い光が真っ直ぐ降り注いだ。

それを察していたのか、亀の魔獣の甲羅が広がり、一匹でその光を受け止める。

耐えられるかに見えた白龍の魔術は、それだけでは終わらず、光の放射は三日三晩続いた。


やっと白龍が攻撃をやめたころには、人間たちの体力は限界を迎えていた。

亀の魔獣は姿を保てなくなり、霧散する。


盾を失った焦りからか、魔獣たちはいっせいに竜へ飛びかかった。

二匹の竜はあざけるように尾で彼らを跳ね飛ばし、翼で扇ぎ、体力が尽きるまで遊び続けた。


人間たちを守る魔獣は消え、魔術の防壁も割られ、丸裸となってしまう。


「さて、人間よ、そろそろ諦めて死ぬか?」


白龍の言葉に逆らえるほどの体力が残っていない人間は、死を覚悟したかのように、竜たちを睨みつけている。


「そう悲愴な顔をするな。おれたちは人間を高く評価している」

「うむ。すでに自分たちの力だけで新しい魔術を作り出せるほどに勤勉であることはわかった。この世界を託すに相応しいと言えるじゃろう」


元からそのつもりだったとでも言うように、二匹は言った。

竜たちの使った魔術は、その場にいた人間たちを包み込んでいく。

その光が消えた時、すでに竜たちの姿はここにはなかった。

ホルンたちの見ていた過去の出来事は、そこで終わり、元の白い空間に戻ってきていた。


「これはな、人間たちに竜から世界を勝ち取ったという暗示をかけたのじゃ。このあとのことはよく知らぬ。妾たちは死ぬことのできぬ生命体であったため、黒竜との相談のうえで、人間になることにしたのじゃ」


ホルンは呆気にとられ、言葉を失った。

あまりにも話が壮大で、何を聞けばいいのかわからない。


「……それで、妾たちにこんなものを見せて、何が目的じゃ?」


シロが苛立ちながら言う。

我慢の限界が近づいているようであった。


「ふむ。いやなに、その体、魔力結晶体がどうなっているのか気になってな」

「魔力結晶体、じゃと?」

「魔力を物理的に固めることで、魔法石ができる。主たちの体は、それよりももっと高密度で高性能なものじゃ。とは言っても、普通の人間とさほど変わりないがのう。頭などはかなりいじっておるが、何かおかしなことを感じたことはなかったか?」


そう言われてみると、異常な学習能力や記憶容量の大きさが思い当たる。


「本当に、ただ人間になるだけのことが目的じゃったのか?」

「そう疑るな。妾と主らはすでに別の個体。妾が何を企んでいようと、もはや関係はあるまい。それに、すでに妾の肉体は朽ちておる。そちらに精神を移したことで、不死性が失われたのじゃろうな」


多すぎる生命力によって保たれていた永遠が、ふたつに別れたことで断ち切れ、大地に還り始めているのだと、彼女は言う。


「そういえば、主らの名を聞いておらぬな」

「私がホルンで、こっちが、シロです」

「うむ、ならば、シロよ。主は妾の持つ魔術を受け継げ。ホルンの方は体の制御が苦手なようじゃからのう。妾が主らをここに呼んだのは、それが目的じゃ」


シロは不快そうに尾を動かす。


「断ったら?」

「断れぬよ。ここがどういう空間なのかわかっておるじゃろう? 妾とて、円満に終わらせたいのじゃ。精神の保存は成らずとも、魔術だけは残しておかねばならぬ」

「それって、黒竜の魔術とは違うんですか?」

「やつを知っておるか。あれとはまったく別のものじゃ。妾は、やつに相対する魔術を持っておる。もし、黒竜の魔術を覚えて使うような人間が現れたら、主らが止めねばならぬ。魔術は相対するものでなければ止められぬからのう」


「……言っていることはわかります。でも、この先私たちが悪人になることだってありますよ」

「構わぬ。主らをこの目で見て、渡してもいいと妾が思ったのだ。この先どう使おうとも、主らの自由だ」


白龍はそう言い切った。

それと同時に、白い空間にヒビが入り、剥がれ始めた。


「そろそろ、時間がないようじゃのう」

「そんな、まだ聞きたいことがあるんです!」

「ふふっ、妾は意地が悪いのじゃ。知りたければ自分で調べるが良い」


白龍は問答無用とばかりに、青白い光の球を、シロへと押し込めた。


「うっ、頭が……」

「シロさん、大丈夫?」

「良い。これで自分と同じ声を二度と聞かなくて済むのであれば、これくらいのこと……」


強がりを言うところは珍しいが、それだけ堪えているのだろう。


「白龍さん、ありがとうございました」

「礼を言われることはしておらぬ。妾は妾の目的のために主らを呼んだだけじゃ。さあ、早く帰るが良い。取り残されては面倒じゃぞ」


白龍に急かされ、ホルンたちは空間の割れ目から外に出された。

魔力を使ったせいか、泡の膜も消え、水中に投げ出されたシロは、すぐに水面を目指して泳いだ。





「……して、主はどういうつもりじゃ?」


白龍はふたりが去ったあとの空間に向かって問う。

そこには一枚の羽根が落ちていた。

羽根はひとりでに浮かび上がり、声を発した。


「上手く隠れているつもりだったが、見つかったか」

「それで隠れているつもりなのがおかしいのじゃ」

「まさか追い出されるなんてね」

「あの娘の精神に忍び込んだつもりだったのじゃな? くだらぬ真似をしおって。主のこと、信用してもらえぬぞ」

「好奇心を優先させすぎたからね。おれのことはすでに信用してもらえていないさ」

「……阿呆じゃのう」

「構わないさ。それでも、人間は悪くない」

「そう思うのなら、もっと真摯に生きよ」


白龍がそう言うと、羽根はぼっと燃えて消えた。

誰もいなくなった空間で、白龍は崩れていき、やがて無明の闇と一体となった。

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